勇者の兄、勇者見習いを説得する
ふへぇ。と勇者の顔をしていた彼方は勇者の顔から見慣れた俺の妹のような顔に戻ると緊張に包まれていた俺の心にも余裕が生まれた。
ほんの一瞬の事のように時間は過去へとなっていく。
緊迫し真面目そうなあの顔は当分頭から消えることはないだろうと乾笑した。
「……ん?」
対して俺の隣に立ち、袖を掴んでくる魔王は悲しげな顔をしている。
何故だろうか。
その彼女の横顔をして欲しくないと思った。
空いている彼女の右手が遠く感じる。近くにあるのになぜだろうか。
もやもやとした気持ちがグルグルと渦巻いてどうにかなりそうな気持ち悪さだった。
「あー、くそわけわかんねぇ」
ボソリと呟いた。
スカートの土埃を掌で払いながら歩み寄ってきた彼方はこちらを見てくる。
「……」
「ん? どうしたの? 魔王ちゃん。私は怪我なんてしてないよ」
「いえ、さっきの、言葉を考えて……いまして」
さっきの言葉とはゼクスとやらが魔王を倒すべきだろうか。
「私は……本当にここにいて、いいのでしょうか……?」
いていい……かぁ。
俺は何もいえなかった。その質問は十七歳の高校生が答える資格がなかった。
むしろ十七の男性ならどう答えるのが正しいのか教えて欲しいくらいだ……わからないとでもいえばいいのか。
しかしそれでは舞麻の答えにはならない。
舞麻も俯いたまま何も言わなかった。
「いいとおもうよ?」
なんも考えなしに十六になる女子高生の彼方は軽々しく言う。
その言葉に舞麻は頭から白い煙が出た。
「彼方は……簡単に言う!」
「えー? だって私がここに連れてきたんだし、私が守るっていったじゃん」
耳を小指で穿ったあとふっと息を吐き耳についた耳垢を吹き飛ばす。別にそれは重要ではないでしょうと言わんばかりの態度だった。
いや、そう言う意味じゃないとおもうんだけどなぁ。と俺は呟く。
そして彼方はえっへんとわざとらしく咳払いをした後、右手を握り拳をつくり胸を叩いた。
「この勇者が言うんだから、大丈夫だよ。私の全てをかけて言う。魔王ちゃん、君はこの世界にいてもいい。いやいるべきだと思うんだなー」
「……」
すっごい押し付けだなぁ。
呆れるような顔をした俺は手を挙げると、はい! にいやん! と指差してくる。
「どうしたんだい、兄ぃ」
「彼方、舞麻はこれ以上この世界に迷惑をかけていいのかと言ってるんだよ」
「へ? なんで?」
なんでって、お前……。
「なんでって、今起きたかの惨状がわかるだろ?」
今回は彼方がいたから全て元通りになったが、これからこう言うことが起きるかもしれない。
異世界からいろんな人たちが攻め込むかもしれないし、舞麻を狙うものをいるかもしれない。
さまざまな事が起きるその渦中には魔王がいるのだ。
そしてこれからもそのさまざまなことが起きる。それは一目瞭然だ。
「舞麻は、そのこれからの事を思ってここにいていいのかと言ってるんだよ」
「だからここにいていいって言ってるんじゃん」
はっきりと、考えないように彼方は答えた。
「私は勇者だよ? 世界の均衡を保ち抑止力として存在しているのさ。私は魔王ちゃんが魔王ちゃんとして存在しなくていいように私がするんだからそれでいいじゃない」
「……」
なんだろうなぁ。このすごい適当感。私がなんとかするからそのままでいてよ。というのは無理難題すぎる。
ましてやその勇者が救い出そうとしているのは人間ではなく、魔王なのだ。
その問題すら歯牙にも掛けないのは勇者たる所以なのだろうか。
いや、きっと彼方だから。がつくのだろう。
「だから魔王ちゃんは安心して人生を謳歌するのだ! わっはっはー!」
「……はい」
舞麻も押し切られる形で言いくるめられると、納得はできない様子ではあったがそれ以上何も言わなかった。
「ところでこいつどうすんだ?」
「ん? あぁこいつね」
こいつとは彼方の隣で寝転がっているゼクスである。
全力で挑んだのにビンタ? の一撃でノックアウトされた奴だが……。
「本当だったら兄ぃに刃を向けた罪で殺しちゃうんだけど……」
「おい、物騒な事を言うんじゃない」
年頃の女の子が殺すなんて言っちゃダメでしょう。
そう言うと思ったという顔をした彼方は髪を手櫛をした後。
「ぬっころす」
「それも同じ意味だからな」
言葉を変えて同じ事をしようとしたので俺は即不承した。
「ぶー……」
「最悪異世界に送り返すとかはダメなのか?」
「多分、しないほうがいいかも?」
と彼方は俺の提案を取り下げようとする。
なぜ? という顔をすると、彼方は人差し指で頬を掻いた後ゼクスを指差した。
「だって、こいつを倒したの私だし。魔王がいるってことバレたし」
「……あー」
つまりゼクスを異世界に送り返すと魔王がいることが広められ、そしてこっちに大軍が押し寄せる可能性があるということか。
「だから安易には送り返すことはできないなー」
「送っても面倒、ここにいても面倒ってやつか。ほんっと面倒くさいなぁ。魔王と勇者って」
「うぅ、すいません」
涙目になりながら謝る舞麻。
「別に謝ることではないけど、そういう立場っていうか面倒だよなって思うんだよ」
「そうなんだよ兄ぃ。あっちの世界の人間って融通きかないんだよね。魔族だからっていって相手の気持ちもわからずに処刑するし、これじゃあ人間が魔族に捕まって殺されても何も言えないよ」
人呪えば穴二つ……というところか。
魔族を殺せば自分も殺される。それは人間同士でもある事なのに。
「でもそれってこっちでもそうだよな」
「うっ……! でもこっちよりあっちの方が頭固いよ!?」
はぁー。と思わずため息をついた。
そんな頭固い連中ならば魔族を根絶やしにするまでずっと戦い続ける事だろう。そしてここで伸びている奴もそうに違いない。
「お互い理解して落とし所つければいいのにな」
と俺は真っ暗な空を眺めて呟いた。
「……それだよ!」
閃いたかのように彼方は大声を上げ、飛び上がる。
それを見ていた俺は変な顔をしているだろう。
「それだよって何がだよ」
「落とし所を作る。それが解決策じゃないかって思ったの!」
「……ごめんちょっと意味わかんない」
「兄ぃ、自分で言っておいてわかんないって兄ぃの頭おかしいんじゃないかって思っちゃうよ」
うっせお前に言われたかねーよ。
◇
「ん……ここは……」
「あ、目が覚めた?」
本日二度目の目覚めのゼクスに俺は軽く声をかけた。ちなみに場所は公園でゼクスはベンチで横になり俺はゼクスが起きるのをじっと見ていた。
野郎の顔を見るのは性分ではないが用事があるから目が醒めるまでいなきゃいけないし仕方ないと心に言い聞かせる。
「お前は……! な、槍は……」
正気に戻り、手探りで槍を探すが見当たらずそしてバランスが取れずベンチから落ちた。
腰を打ち付けしばらくの間悶絶していたので落ち着くまで様子を見たあと話しかける。
「悪いけど俺の妹に預かってもらってる。これ以上暴れて俺たちの世界がめちゃくちゃになるのはごめんだからな」
「くっ、魔族め」
見下した目で俺を睨んでくる。地べたに座っている奴にそんな目をされても困るんだけどなぁ。
どうとでも。と俺は受け流すように答える。
「改めて自己紹介だ。俺は夢乃紡。お前たちの世界にいた勇者カナタの兄だけど」
「なっ……!?」
あー、初耳って感じだね。さては彼方のやつ兄がいると言わなかったんだな。
ゼクスは後ずさりながら右人差し指を立て俺を指差しているし……少しだけだが揺れているのを確認できた。
多分勇者の兄って言葉に驚いていたのだろう。誰でも思うだろう? 勇者の兄は勇者以上に強いかもしれないと。そして勇者の父は先代勇者かもしれないと。おそらくそれを想像したのだろう。
指先に焦点を合わせてからまた彼の方へと見ると冷や汗をかいていた。
「あ、あの時は」
「あぁ、俺を貫いた話? すんごい痛かったぞ? マジで死ぬと思った」
にやにやと笑いながら話し傷を負った感想を述べる。一般人からすれば不快な気持ちになるだろう。致命傷を負ったのにも関わらず死なずそして怪我の感想を述べるなんて。
いや実際死にかけていたし、彼方がくれた物がないとあの世行きだったけど。
そういえば彼方が俺にくれたやつなんだったのか聞き忘れたな。あとで聞こうっと。
「まぁ、それについては別に怒ってない……いや痛くて謝罪して欲しいくらいなんだけどそれはあとでいいか。ゼクス。お前に選択肢をあげようと思う」
「選択肢……?」
ゼクスが答えた。とりあえず座ろう? と声かけると割と素直にベンチに座る。そして俺もやや離れた所に座った。
そして左手で三つ指を出し、そして右人差し指で一本目に触れる。
「一つ、このままお前がいた世界に帰る。彼方とは一通り話をつけているからこのままお前がいた世界に送り返すことができる」
「……」
続けろという沈黙だろうか? 最初は反論とかするだろうと思ったが……。
そして二本目の指に触れる。
「二つ、魔王討伐のためにこの世界に溶け込む。魔王をこれからも遅い続けるのならば俺たちも黙っていない。全力で阻止妨害する」
「……」
そう、この二つはどちらも俺たちにとっては不利益なことだった。
あっちの世界に帰ることに記憶の消去について述べていないし、二つ目はゼクスが持っていた槍を返却するとは言っていないが結果的に言えばゼクスにとっては有益なことだ。
だが、ゼクスはそれを理解しているだろうか。その二つの選択肢は結末が見えており全てが俺たちに敵対するという行為だと忠告をしていた。
もちろんそれに対してもゼクスは何も答えなかった。
「そして最後、魔王を襲わずあっちの世界にも帰らないことだ」
「その三つ目の選択肢には俺になんのメリットがある」
やっぱり口出すよなぁ。どちらでもない選択肢なんてそれは選択と言えるのかわからないものだし。
「ない。そして俺たちにもない」
魔王を見逃せばいつかくるゼクスのいう魔王の支配が訪れるかもしれない。
それは俺たち人間にとってデメリットだ。
「だが、平和に暮らせるという保証はしよう」
「ふざけるな。そんなのただの偽善者だ」
ゼクスは批判した。
「世界が平和になる? そんなのは嘘だ。お前たちは世界の平和に見せかけ、魔王を生かそうとしているじゃねぇか。勇者もそうしているのだろう」
「……」
「魔王は、俺たち人類の敵だ。お前たちが生かそうとしても俺は何度もお前たちを襲いかかる」
断言する。
「……そうか。じゃあ」
俺は立ち上がり手を上にあげ右左に振るった、
ゼクスは不思議そうな顔をして俺をみている。
するとヒュンと風を引き裂く音が鳴り響き、そして舗装された歩道のアスファルトに何かが突き刺さる。
それはゼクスが持っていた槍だった。
「この槍は返すよ」
「な……」
ゼクスは驚いた顔をした。
「なぜ返すのかという顔をしたな。この槍を返せば魔王と、俺と、勇者の俺の妹を襲う可能性もあるというのに?」
「お前……、勇者の力を頼るのか……!」
「いや、そうでもないさ」
俺は答えた。
「俺の妹の信条を支持するだけだ。魔族も魔王も人類も全て平等だと」
遺憾なことではあるのだが……。
「彼方は、俺たちは平和的な解決を求めている。そこには不本意な事にお前も救うという項目が入っているんだ」
「……」
人類と魔族の平和。そこに勇者という存在も入っている。
彼方は彼の心も救いたいと願っている。
「本当考えていることとか、思っていることとか世界規模すぎるんだよ。あのバカは」
「……なぜそこまでしてその無謀な願いに加担するのか」
ゼクスの問いかけに俺は考える余地もなかった。
「俺はあいつの兄だから」
俺は、勇者の兄はそう答えた。




