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p.40[豊穣と葡萄酒と酩酊の神ディオニソース]

 ディオニューソス様の神殿の礼拝堂。

 周りの信者も引くようにひたすらに祈っている者がいた。

 勿論、俺である。

 日本古来より続く最上級の謝罪のポーズ、土下座をかましているのである。


 「頼む。救ってくれ...お願いだ」


 こんなことをブツブツ呟いて居るものだからさらに人が寄り付かない。

 しかし今はそんな事も気にならない。プライドは古来より投げ捨てるものだと相場が決まっている。古事記にもそう書いてあるじゃろ?


 「あ、あの...」


 あまりにも見かねた誰かが声を掛けてくれたが、俺がその言葉を返すことは出来なかった。

 神殿内部に居た筈なのに今は何故か葡萄ぶどう畑の中に立っていたからだ。

 状況から考えてディオニューソス様の空間に招かれたのだろう。


 「やあ、よく来たね」


 声を掛けてきたのは中性的的な顔立ちをした人物だった。声の方も中性的的なので男か女か分からない。

 これはアレか、男の娘的な。


 「随分と余裕そうだね」

 「そんなまさか。お会いできて光栄です。ディオニューソス様」

 「あー、敬語とか使わなくていいよ、めんどくさいし。因みに僕、男だから」


 俺の挨拶を手を横に振りながら流すディオニューソス様。


 「それで、どうして僕の神殿に来たかなんだけど、戦闘は見てたから説明はしなくていいよ」

 「では俺が来た理由も分かってらっしゃると思うのですが...可能ですか?」


 戦闘を見ていたと言われてビックリしたが、見ていたのなら話は速い。

 俺が聞きたいのはカメーリアさんの容体についてだ。


 「今のままだと軽く後遺症が残るぐらいじゃないかな?完全に治せない事も無いけど」

 「その方法は!?」

 「まあまあ、少し落ち着いてよ。焦ったってどうしようもないよ?」


 ディオニューソス様は一息ついて勿体ぶる様に話し出した。


 「完全に治す方法はね、僕が直接治してあげる事。簡単でしょ?...でもタダじゃ治してあげない。[狂気の酒杯]を使ったのは君だ。僕は彼女とは関係ないからね」

 「勿論分かっています」

 「じゃあ、治してあげる代わりに条件を飲んでよ」

 「...分かりました」


 ディオニューソス様の口が裂け、目は大きく見開き、瞳を爛々と輝かせながら条件を言った。


 「君の片腕を頂戴?」


 首を傾げ、笑う彼に狂気を感じた。豹変した中性的な顔立ちは既にそこには無く、獣か化け物と言った方が今の彼にはシックリきそうだ。

 裂けた口元からは顎を伝って血が流れ落ち地面に赤黒い斑点を付けていく。


 「分かりました。彼女が助かるのならば俺の片腕、持って行って下さい」


 だが俺が断る訳にはいかない。守るために戦って、その結果傷つけては本末転倒もいいところだ。


 俺が答えるとディオニューソス様の表情が元の中世的な顔立ちに戻った。


 「...つまらない」


 ディオニューソス様が小さく呟くが、俺はそれに何かを返す事は無い。

 彼は俺を一瞥すると手を横に振った。


 「コレで治った筈だ。後は知らない」


 俺に背を向けて歩き出す彼に困惑を抱いた。

 治ったのはいいが、代償は?

 治ったのなら何でもいいか。そう思った時だった。


 「ぁぁあああああ!!!」


 左腕に激痛。視線を移せばそこには一匹の豹が左手首に噛みついていた。

 いや、豹だけじゃない。虎や蛇、牡鹿や狐と言った他の動物たちも近くに現れていた。

 それぞれが執拗に左腕だけに牙をむく。

 皮を突き破り、その歯を肉の中へと埋め込んでは削り取っていく。


 ガリ ガリ ガリ


 耳元に不快な音が聞こえては、段々と音量を落とし、別の場所で新たに音が鳴る。

 俺の悲鳴もその音に紛れてどこにも届いて行かないのではないだろうか。


 惨めに地面に這いつくばる俺を押さえつけて動物たちの食事は続く。

 俺の血で汚れた動物たちの顔は何処か愉悦に浸っているようで、俺の恐怖をさらに強い物へと昇華していった。





 どれだけ時間が経ったのだろうか。

 案外短い時間だったのかもしれない。

 今の俺は地面に仰向けに寝そべり、血を垂れ流していた。左肩から先をガッツリと削り取られ、今まであった筈の物が無くなったという喪失感と共にカメーリアさんを助けられて良かったという達成感も感じていた。


 「おーい、大丈夫かい?」


 頭上に影が現れると同時に嘲笑の混じった声が聞こえてきた。


 「これは随分とやられたね~。まぁ?僕が命令したんだけど?」


 また笑い声だ。

 声の主の影が動いたと思ったら左肩に焼かれるような痛みが走った。


 「がぁああああああーー!」

 「あぁ~、暴れないでよ。せっかく僕が傷口を治してあげようってのに」


 痛みで覚醒した頭で彼を見てみれば一升瓶らしきものを持っていた。

 アルコール消毒のつもりなのだろうが、高所からタダ垂れ流しているだけで効果があるとは思えない。

 実際に、彼の口元には歪んだ笑みが浮かんでいたのだから。

 気絶と覚醒を繰り返し、痛覚も仕事をサボり始めた頃、それは唐突な終りを迎えた。


「もういいよ、君。つまんないし」


 その一言と共に俺の意識は途切れた。





「はぁ...!はぁ...!」


まさしく ガタッ と言うのが正しいだろう。

ディオニソース様の空間から帰ってきた途端に体制が崩れた。

先程まで感じていた鈍い痛みは微塵も感じないが、体制を立て直そうと左手を出してそのまま倒れてしまったので、夢では無いのは確定だ。


 (ちゃんと利き手じゃない方を選んであげたんだよ?感謝して欲しいよね)


 脳内にディオニューソス様の笑い声が響いた気がしたが、頭を振って声をかき消す。


 左肩から綺麗さっぱり無くなった左腕。傷口を触ってみると瘡蓋かさぶたにでも触っているかのようなヒリヒリとした感覚が返って来た。


 立ち上がろうとして何度かふらつくが踏ん張って何とか耐える。

 左腕が無くなってバランスが悪くなっただけじゃない。スキル、魔法の副作用に魔力量も限界に近いのも俺の今の状態を後押ししていた。


 フラフラと危ない足取りで神殿を出れば、腰を叩く魔導書。

 留め具を外して眼前に出してみれば、魔導書は人の形を取り俺の見知った人物へと変わる。

 カゼノさんは何も言う事は無く俺の右側に立ち体を支えてくれた。


 「ありがと」

 「何言ってるんですか。早くコレを魔とってください」


 カゼノさんが取り出したのは黒い布地のローブ。

 装飾は一切無いはずなのに夜空を切り取ったかのように淡い発光をしていた。


 片腕でゴソゴソと上手く着れないでいるとカゼノさんが手伝ってくれた。

 俺の体格より大きめの物だったようで多少ダボついているが無くなった左腕をいい感じに隠せているのでこのローブを選んだのはナイスチョイスだろう。

 俺はこのローブがある事自体忘れていたのでカゼノさんが居て助かった。

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