p.39[力の使い方]
徐々に体温が下がっていくカメーリアさんを抱きしめる。
このままじゃ良くないのは分かっているが何をしたらいいのか分からない。
[狂気の酒杯]の効果は既に切った。それでも状況は変わらない。
「『聖域』!『不死鳥の抱擁!』」
口から出たのは魔法。すでに魔力は無いに等しいが使わずにはいられなかった。
魔法ならどうにか出来るんじゃないか?そう思ったからだ。
足元に現れた白い魔法陣と体表を覆う炎を見れば魔法が発動されているのは確認できる。
回復出来て強力そうな物を思いつくままに発動させたが、それも気休め程度にしかならないようだった。
「とりあえず場所を変えなきゃ...」
ここは雨の影響で温度も幾らか下がっている。
カメーリアさん自身は濡れていないが、これもヘリオス様の剣が雨を蒸発させていたのだろう。
向かうとするならどこに行くべきか。
アビーさんの館か?シルフィック家か?ヘリオス様の神殿か?
シルフィック家は論外。
そもそも俺たちの一件とは無関係だ。
そうなるとアビーさんの館かヘリオス様の神殿。
[狂気の酒杯]は神から貰ったスキル。医療に精通している人物がいたとしても神に勝るとは思えない。
ならばヘリオス様の神殿か?実際に剣を持っている間は無事だったんだ。可能性は高い。
「『飛行』」
となれば行くしかない。迷っている時間は無い。
門を無視して、道を無視して、人を無視してヘリオス様の神殿へと飛んだ。
眼下で兵士であろう者たちが騒いでいたが今は気にもならない。
ヘリオス様の神殿に到着した。
神殿内部に入ると、切ってもいないのに『飛行』の効力が無くなっていくのを感じる。
自分の城で好き勝手はさせない。と言われているようで腹立たしかったが、その力でカメーリアさんが助かるのならば俺は何もいう事は無い。
神殿の警備をしているのだろう。鎧を着た人達が出てきたが、俺とカメーリアさんの姿を確認すると道を譲ってくれた。
彼女はヘリオス様の神殿でお世話になっていると聞く。ならば顔ぐらいは知っていて当然か。
奥へと走る俺と並走して一人の人物が声を掛けてきた。
「神殿警備統括長、コーディー=ルーフスだ。貴殿が抱えているのはカメーリア譲と確認した。そうなった経緯を聞きたいが今はそれどころじゃなさそうだ。ついて来てくれ」
「すまない助かる!俺の名前はツバサ タチバナだ」
先行するコーディーの後を追い、神殿を駆け抜ける。
途中、コーディーが兵士たちに指示を出していたが、俺には分からない単語が出てきたので彼らに任すしかない。
案内されたのは礼拝堂の更にその奥。棺の様な、人一人が余裕で入れる大きさの四角い箱だけがポツンと置かれた部屋だった。
箱の中には赤い水飴のような液体が入っており、現在進行形で入れられていた。
「この中に彼女を!」
「分かった!」
俺の知らない液体に不安を感じるがせっかく用意してくれたんだ。疑う余地は無い。
何より、カメーリアさんは声こそ上げなくなったが、体の震えが止まらず。大量の汗と共に体温を無くしていっていたのだ。
箱の中に彼女をゆっくりと下ろしていく。頼むからコレで助かってくれよ。
勿論、ヘリオス様の剣は持たせたままだ。コーディーもその事については何も言わないので助かった。
「タチバナ殿、話を伺っても構わないかな?」
「...もちろんです」
一息つくとコーディーが話しかけてきた。
後ろに数名の兵士を連れていることから警戒されているようだ。
「以上です」
カメーリアさんと私闘した事。
戦闘中に俺のスキルが彼女に作用を起こしていたが神具のおかげでその効果を抑えられていたであろう事。
戦っていた理由や、話しにくい神具の事はぼやかしながらも何とか説明を終えることが出来た。
因みにカメーリアさんが寝ている部屋とは別の部屋だ。
話を聞いていた兵士たちは俺がカメーリアさんを倒したと聞くと驚いていたが、それも一瞬の事だった。
その事を不思議に思い質問してみると意外な返答が返って来た。
「カメーリア譲が言ってたんすよ、私よりも強いお方が居るって」
「そうそう。訓練でカメーリア譲にしごかれてた俺達としたら堪ったもんじゃないけどな」
「あー、後なんだっけ?素晴らしいお方?だっけ?そんな事言ってたよな」
口々に話し出す兵士達。
そうか、カメーリアさんがそんな事を。
「すいません。用事が出来たので少し失礼します」
兵士達に会釈をしてその場を後にする。
向かうのはカメーリアさんが居る部屋だ。
「......」
剣を胸に抱え、液体の中に沈むカメーリアさん。
息は続くのかを聞いたところ、魔法がなんちゃらー、とか言ってたので大丈夫だと思う。
ココから見た感じ、眠っているだけのように見える。
眠り姫ってか。
...腰の魔導書から運命の神モイライ様のローブを取り出し、カメーリアさんに被せる。謎の液体の中に手を突っ込むことになるが必要な事だ。
運命の神のローブ。運命の糸と呼ばれるもので作られていて、身に着けていると選択に強くなったり、運命に導かれる事がある。
アネモイ様の説明ではこう言っていた。
運命の糸とは人の寿命や死、生命によって長さが変わる糸で、糸が切れたらローブの効力が切れるとも言われた。
糸が切れる、とは死んだとき、という解釈でいいのだろうか。つまりは死ななければ効力は続く。
死ぬ運命。生きる運命。この二つの運命の中でカメーリアさんが生きる運命を歩いてくれることを信じてこのローブを出した。
「次はディオニューソス様の神殿か...」
豊穣と葡萄酒と酩酊の神ディオニューソス。
[狂気の酒杯]の持ち主。彼か彼女か知らないが、俺はディオニューソス様を恨んではいない。
効果も分からず使ったのは俺だ。それをお前が悪い!と怒り狂うのはお門違いだろう。
兵士にローブを外さないように声を掛けてヘリオス様の神殿を後にした。
...ディオニューソス様の神殿ってどこだっけ? 助けて、カゼエモーン。




