p.26[一人だけど一人じゃない]
冷や汗を流しながら俺から視線を逸らすカゼノさん。
「すいません。用事を思い出しました。『飛行』」
「ちょ、おい!・・・カゼノさん、魔法使えたのか」
魔法を唱えて空へと飛び立つカゼノさん。
明日には帰って来るんだろうな、彼女さん・・・。
「俺も今度あの魔法使ってみようかな」
既に点のような大きさになってしまったカゼノさんを見て俺も今度使ってみようかなと考える。
そういえばカゼノさんが居ない状態でも魔法って使えるんだろうか。一人で魔法を使おうとか考えたことが無かった、というか基本カゼノさんと一緒だったからな。
「『飛行』」
魔力線が光るでも魔法陣が出るような事も無かったが、『浮遊剣』を使った時の様に薄っすらと体の輪郭が光を帯び、俺の体が浮き上がる。
軽い脱力感が襲って来た。だが、一人で魔法を使えた嬉しさでそんな些細な事も気にならない。
「ハハハ、やったぞ!」
空中でバランスを取るのが少し大変だがコレは中々楽しいな。
ℓを書く様に体を逸らして一回転。アクロバット飛行、曲芸飛行をしばらく楽しんでいると月の光の中人が近づいてくるのを感じて地上に降りる。
誰だ?こんな時間に。
「カゼノさん?帰って来たのか?」
月明りで顔が見えないが、こんな時間に俺に用事があるのはカゼノさんぐらいだろうと声を掛ける。
「ツバサ様」
「え、アリシア、さん?どうして・・・」
だがそこに居たのはカゼノさんでは無くアリシアさんだった。
「兄さんからお話を聞いて参りました。とても彼は追い詰められている、と」
「何の話だ。そんな事は身に覚えが無いが」
エイデンさんから話を聞いてわざわざ来たのか。
「ですがその前に、気になることが出来ました」
「気になる事?」
「・・・カゼノさん、とは何処の女ですか?私がいるんですよ?」
声を掛けた時のアレか。流してくれると思っていたが、そう上手くはいかないようだ。
「お前は勘違いをしている」
「では、説明をしてください」
ズイッ!と俺に近寄り、逃がさないぞとばかりに俺の目を見てくる彼女に何も悪い事をしていないのに冷や汗が出てきた。
「カゼノさんは、アネモイ様が俺をサポートするための人員として寄こした人だ。正確には人じゃなくて魔導書なんだが・・・なんて言えばいいんだろうか。人に成れる魔導書?だ」
「どうして?をつけるんですか。意味がわかりません」
「俺も分かってる訳じゃ無いし・・・」
アリシアさんの尋問にしどろもどろしながら答えるが、自分でも分からない事を人に説明するのは難しい物で彼女が納得してくれるような答えを出せる気がしない。
「何時から一緒にいるんですか?」
「何時からって言われると、最初からってなるんだけど・・・。俺がこの世界に来た時から今までずっと。今はどっか行ったんだけど」
「私と結婚するっている話のときもですか?」
「そうなる。・・・さっきも言ったが彼女は魔導書だけど人なんだ」
「そうですか」軽い溜息を吐くともう一度質問を投げてきた。
「私が部屋から出て行った後、話していたのがその、カゼノさんですか」
「そうだ」
「・・・悪い方では無いようですね」
今の間は何だったのだろうか。凄い気になる。
きっと女性同士でしか分からない事があるのだろう。
「では、話を戻します」
「俺からアリシアさんに話すことは無い。申し訳ないが帰ってくれ」
さっきのでカゼノさんの話は終わったのだろう。今度は、アリシアさんが神殿にいる俺に会いに来た理由。エイデンさんに言った愚痴の話に移った。
この話は彼女に言いたくない。俺のささやかな自尊心の為に何も言わないと強く意思を持つ。
「どうして・・・どうしてそんなに強がるんですか」
「・・・」
目尻に涙をためて俺を見つめる。涙が月明りを反射した。
「別にアリシアさんが居ても逃げたりなんかしない。だから、」
「だから別れよう。ですか?嫌です。嫌に決まっています!」
どうして分かってくれないのだろうか。彼女ほどの人間が俺の気持ちが分からないとは思わない。
エイデンさんに話を聞いたなら尚更だ。
「戦うのが怖いんですか?死ぬのが怖いんですか?」
「・・・」
怖いに決まってる。元はただの一般人だ。
「逃げたくてしょうがないんですよね」
「・・・」
もちろん逃げたいさ。だけど立場が許してくれない。
申し訳なさそうに俺に頼み込むアネモイ様の顔が浮かんでは俺の心を縛る。
俺を信じてくれた人に傷ついて欲しくない。悲しませたくない。
「私にもそういう時期がありました。周りからの視線に、親の威厳に潰されそうになる。でも期待を裏切る事が出来ないんですよね・・・。愛してるから、大切から」
一歩ずつ俺に近づいてくるアリシアさん。悲しそうに微笑みを浮かべる彼女に圧倒される。
ダメだ。ダメだダメだダメだ。
「来ないでくれ・・・、頼むから」
お願いだからこないでくれ。
彼女が一歩踏み出す度に俺も一歩後ずさる。
「ツバサ様、あなたの気持ち、私に教えてくれませんか?」
「や、・・・嫌だ、くるな」
何の力を持たない筈の彼女が怖い。俺よりも小さい筈のアリシアさんがとても大きく感じる
「くっ!」
後ろに下がる足がもつれて転んでしまう。急いで顔を上げるが、彼女はすでに目の前にいた。
「安心できる場所を作ってあげないと人は潰れてしまいます。私では役不足でしょうか?」
こけてしまった俺に視線を視線を合わせる様にしゃがみこんで首を傾げるアリシアさんを見ていると自然に涙があふれ出てきた。
そんな俺の様子を見た彼女が両手を広げて俺を包み込む。
・・・ダメだ、もう我慢出来ない。
「うぁ、ぅぅ」
「我慢しなくてもいいんですよ」
「ぅ、うわぁぁぁーー」
アリシアさんに抱かれて惨めに泣いた。
こんなの反則だ。・・・カゼノさんが居ないのが唯一の救いか。




