第1話 事は発端、好奇心
ある日、その『男』は一人の友人を訪ねて、あるバーに足を踏み入れた。
薄暗く、バーの主人が趣味で集めているアンティーク調のテーブルやソファーで他の客たちが談笑しているのを横目に、その男は真っすぐとカウンターテーブルへと近づいていく。
やがて、そこに陣取る背中の丸まった中肉中背の男の姿を認識すると、男は躊躇いなくその男の横の席に腰を下ろした。
突然隣に座ってきた人物に、コーヒーを飲んで考え事をしていた先客の彼が驚いて隣に視線を向けたが、それはすぐに安堵と溜め息に変わり、再び彼はコーヒーに口をつける。
「………ジェイ。せめて、隣に座るんならひと言声かけてくんないか?」
「こういう店あんまり入ったことなくて緊張して」
「あ、入ったことないの?」
「俺、大体ファミレスで済むもん。ドリア食いたいし」
「コーヒーとか飲まないんだっけ?」
「飲むけど、格式高いじゃん、やっぱこういう店だと……」
ジェイ、と呼ばれた男はカウンター越しの店主に聞こえないように、友人であろう男に耳打ちするように言った。
「あ、そう。」とだけそれに答えた彼の友人は、また一口コーヒーを飲む。
「………で、ジェイ。俺に話があって来たんじゃないの? それならそれで、電話かなんかで呼べばよかったじゃんか」
「いや、そうなんだけどさぁ。うん。用があるのはそうなんだけど、そうじゃないっていうかね」
「何だ、今日は歯切れが悪いな」
「こう、説明がしがたい」
「ほう……。……と、いうと?」
「暇」
「なおさら電話で呼べよ」
「いやだからそうなんだけどぉ!」
「分かった分かった、いつもの思い付きなのは何となく分かったから言ってみろ。何が聞きたいんだ」
「え、ホントに支離滅裂なこと言うよ、俺。持つべきものは創作家テラーズだな。言ってみるもんだな。」
「おいお前作家をなんだと思ってる?」
「………テラーズ?」
「怒られろ全国からシンプルに!」
「とりあえず聞いてくれる?」
「………まぁいいよ、聞くよ。何が聞きたいんだ?」
「面白い話ない?」
「面白い話?」
「面白い話。」
「随分と範囲の広いこと要求してきたな」
「って言っても、俺の語彙力じゃ表現できないんだよ」
「面白い話ねぇ……。でもどうせ君のことだから、聞いて面白い話じゃないほうがいいんだろ?」
「いや聞いて面白い話でもいいけど」
「何だよ!」
「待って待って待って半分ウソ半分ウソ!」
「半分って何だよそこはわざわざ来たんだから十であれよ!」
「これから十になる……」
「俺の匙加減かよ!!」
そこで、テラーズという男は盛大なため息を吐いた。
「………まぁ、実際ないこともないんだけど」
「え、ホント?」
「ちょうど、今……ネタ探しの時期でな。編集さんから、次の題材になりそうなもんでも探してこいって言われてて」
「ああ、ちょうど完全な休みの期間なんだ」
「そうそう、管巻いてるわけじゃないの今は。言うて、別に休みにしてるわけでもないけど」
「仕事してるもんね実質」
「そうそう。………ってわけで、いろいろ取材をしてるわけだけど。ちょっとネタとして使えるか怪しい話を聞いちゃってさ」
「え? 普通怪しい話ならネタにならない?」
「…………社会政治ネタはちょっと俺の作風に合わないんだよなぁと」
「……あー……。」
「ただ、その怪しいがなんかその、そういう意味でも怪しいんだが……ぶっちゃけ事件でもあるんだよ。それ事件じゃね? って思ってんだけど」
「うん? そりゃどういうこったい?」
「……………『神隠し』だよ」
「……………。…………おいおい、ホントに事件じゃん」
「でしょ?」
「それで政治?」
「どっかしらの商社ビルが絡んでる」
「うわっ……」
「ちなみに、件のビルは今、完全に関係者以外立ち入り禁止。その周辺も厳重に警備が動いてるレベル。近くの公園にいた子どもとかも、ある日から突然帰ってこなくなったんだと」
「…………それ、面白い話というか……本当に題材的には面白い話って範疇だなー……」
「逆に言うとそれ以外が眉唾すぎて話すこと無いんだよね」
「だって実害だもんな」
「そう、実害、実害。さらにいうと警備も一人消えてるらしい」
「えぇ……」
「面白かったか?」
「えぇ!? いや、うん、まぁ……確かに聞いてる分には面白かったけど、話してるのがテラーズじゃなかったら俺はどうしようか悩んだよ」
「でしょうね。倫理観ヤバいと思われるでしょ」
「ヤバいねぇ……。………いやしかし、何でそんな事件が?」
「それがわかったらそれこそネタにしてるよ。正しく怪奇事件だもん。ミイラ取りがミイラになる話なんてなかなか無い」
「誘拐とかなら普通は警戒するもんな。………無差別なのか?」
「ほぅ、何のために?」
「性癖が老若男女に広いとか」
「面白くないから却下」
「酷ッ!?」
「それに、現実的じゃあない。子どもならともかく、体を鍛えてるだろう人間まで誰にも気が付かれずに攫えるなんてあるか? 昏倒させたとして、いくら抱えられる体格や腕力があっても、行動自体は鈍くなるはずだ」
「…………そこなんだよなぁ。マージで不思議。」
「いっそ本当に神隠しだったら、俺も題材にできるんだけどなぁ。」
「…………………。」
「…………………。」
二人の間に少しの静寂が訪れる。
二人の耳には、店主がコーヒーを入れるコポコポという音と、僅かな人のざわめきだけが届く。
「………だったらさ………、俺たちで調べてみねぇか?」
テラーズは隣で聞こえた声に驚くようにして顔を上げた。
「………俺たちで調べる? 本気で言ってんの?」
「君もどうせネタが見つからなければ暇、俺も暇。同じ暇なら、ちょっとくらい散歩みたいな感じで、調べてみても良いんじゃあないのか?」
「それくらいは俺にも構わないが……本末転倒は流石の俺でもごめんだぞ?」
「それは俺も同じだよ。でもテラーズ、あんた、この街を離れてない。それこそ『わざわざ』来たんだ。手ぶらは嫌だろ?」
「………まあ、言われてみれば。そもそも、面白い話だと言ったのは俺だしな」
「そうだろ。」
「………で、そう言うからには、何か当てがあるんだろうな? ジェイ」
「ああ。実は、この辺りに俺の友人が住んでたりするんだ。もしかしたら、何か知ってるかもしれない。」
「友人? この辺りに住んでるというと……この間君が話してた『大学時代の友人』というやつか?」
「あれ、その話してたっけ」
「なんかで聞いた。何だったかは忘れた」
「あ、そう。でも話は早いな。そう、その友人。引っ越したって話は聞いてないから、行ったらいるんじゃないかな」
「……でも、平日だぞ今日。」
「あー、在宅勤務とかのタイプの仕事をしてるんだよ。だから、運が悪くなければ家には確実にいる」
「お、おう。じゃあ、……会いに行ってみるか? その友人とやらに」
「そうしてみよう」
二人は顔を見合わせた。
何とも後ろ暗い話がありそうな話であったのだが、二人ともどこか口角は小さく上げていた。
まるで、新しい秘密基地でも見つけて、内緒にしようと約束を交わした子供のように、二人はなぜか薄く笑っていたのだ。
あまり、そのことには気が付いていないまま、二人は勘定を済ませるとそのバーを後にした。
◇
ジェイとテラーズはある家の前に立っていた。
平屋であまり広くない敷地とはいえ、一軒家ではあるその家のインターホンを、ジェイは人差し指を立てて押す。
ピーンポーン、という音が小さく鳴った。
「おーい! レイト! いるかー?」
ジェイがそう声を上げると、程なくしてトントントン、という足音が金属製の扉の向こうから聞こえてきた。
鍵の開く軽快な音がして、ゆっくりと控えめに戸が開く。
その向こうに覗いたのは童顔の青年である。
童顔の青年は来客者たちの顔を交互に見て、一瞬知らない顔があることに驚くも、もう一人はよく知っている人物であるからか、困ったような、呆れたような、それとも諦めたような、複雑な顔で苦笑いした。
「………あのー、普通さ……僕がインターホンを取ったら応答するもんじゃない……?」
「すまん、つい気が逸ったもんで」
「逸りすぎだから、ここ中世とかじゃないから! 文明の利器は使って!?」
ふう……と、レイトと呼ばれた青年は息を吐くと、完全に扉を開けて二人の来客を出迎える。そしてもう一度、二人の顔を交互に見た。
「……で、今日はどうしたの、ジェイ。こっちの方は誰?」
「ちょっと今日はお前に聞きたいことがあったもんでな。こっちはテラーズ。前に話したことなかったっけ、作家の友人だ」
「…………。……ああ! もしかして、ジェイの前の職場にいて、途中で作家に転向したって人?」
「そうそう。その人」
「え、なんでうちに? ま、まあいいか。えっと、初めまして。僕、レイトです」
「テラーズです。急に訪ねてしまって申し訳ない」
「ああ、いえいえ。どうせ、ジェイに何か案内されてきたんですよね。お茶くらいしか出せないですけど、上がってってくださいよ。どうせジェイのことですから、長い話なんでしょう?」
「……よくお分かりで。……なあ、ジェイ。お前……大学時代からそんななのか?」
「そんなって何だそんなって」
「ジェイはいっつも思い付きでしか行動しないからね」
「失礼な! 俺だって考えて行動してるよ!」
「じゃあ電話してから来ればよかったじゃん! 僕がいなかったらどうする気だったの!」
「電話する」
「二度手間だよ!!」
そんなやり取りをしながら、レイトは二人を家の中に案内した。
一人暮らし用の家であるからか、男三人が入ればそれなりのスペースを使うことにはなった程度には手狭ではあったが、不便と思うほどではなかった。
明らかに一人か二人用が限界と言えるであろう小さなテーブルの前に腰かけた二人の前に、レイトが茶の入ったペットボトルと三つのコップを持ってきて、テーブルの上に並べ終えたあたりで、レイトが口を開いた。
「……それで、ジェイ。さっき言ってた、僕に聞きたいことって何?」
「そのことなんだけどさ。レイトは、最近この辺りで起こってるらしい『神隠し』について知っていたりしないか?」
「……『神隠し』ぃ?」
ジェイの問いかけに、レイトは首を傾げる。
「……うーんと、アレのこと? なんか、どっかのビルの人が消えたりとか、その周辺を歩いてた人が消えたとか……」
「そうそれ」
「そりゃ、知ってるよ。近所……とは言わないけど、近いからね。僕の家にも警察の人が外出に注意するように呼び掛けてきたくらいだもん。ここら辺の人はみんなそういう注意を受けてると思うよ」
「そんなに有名な話なのか?」
「有名……っていうと微妙だなぁ。新聞に載ってたり、ネットにあったりする話じゃないからね。っていうか、ネットのほうだともう、ただの都市伝説扱いだよ。みんなネタとしてしか見てない。『そんなことがあったら、とっくにニュースになってる』っていうことで見向きもされてない程度の話だよ。」
「実際に被害者が出てるのに?」
「見てないものを信じないってやつじゃない? 当事者じゃなきゃ、そういうもんだと思うけどなあ。」
「まあ、それは分かんなくはないな」
「……で、どうしてそんなこと気にしてるの? ジェイってこっち引っ越してくる予定とかあったっけ。それともテラーズさん?」
「いや、俺たち、その事件について、ちょっと調べてるんだ」
「ええっ? なんで!?」
「いやあ、『なんで!?』って言われても……ねえ?」
「なんでそこで俺を見るんだよ」
「テラーズなら良い言い訳を思いついてくれないかなーって」
「そこを人任せにしてどうすんの」
「ちょっと!? 今、言い訳って言ったよね!? ジェイ、君またなんか変なことに人を巻き込もうとしてない!?」
「まあ、変なことではあるよな。」
「分かってるならこういうのは警察の動きを待ったりして真相が暴かれるのを待った方がいいって……第一、ジェイとテラーズさんはそれ知ってどうするのさ?」
「んー……暇つぶしになる?」
「世の中の娯楽は他にもたくさんあるよジェイ!?」
「まーまーまぁ。レイト。世の中には好奇心ってやつに抗えない人種というのがいてだな」
「いや知ってるけど!! 君がその類なのは俺はよく知ってるけどぉ! え、だって神隠しだよ!? 人がいなくなってるんだよ!?」
「うん。」
「うんって何ぃ?!」
「だって、その話しに来たんだから、その話で進めるじゃん」
「そうだけどぉ!! ………ええ、ほんとに調べてるの?」
「だからこうして知ってそうなお前に会いに来たんじゃないか」
「……って、言ったって……。僕だってあんまりよく知らないんだけど……」
そう言って唸りだしたレイトを見ながら、テラーズは『さっきこいつ、自分のことを「俺」って言ったな』と思いつつ、思考を巡らせた。
「ええっと。レイトさん、だっけ……?」
「あ、はい。僕、レイトです。呼び捨てで大丈夫ですよ、ジェイの友人なら、僕ともそんなに年齢変わらないでしょう?」
「ああ、じゃあレイトって呼ばせてもらうよ。俺のこともテラーズでいい。それで、レイト。さっき君は、警察が外出について注意喚起をしてきたって話をしてたね。それは、いつの話?」
「ええー……いつだったかなあ。確か、そんな前じゃなかったはずですよ。あーでも、一週間くらい前だったかなあ。確かねえ、僕、その時仕事を受けて、それの資料を作ってて……ああ、うん、実際ここ一週間くらいの話だと思います、少なくとも資料を提出したのは三日前だから、作ってた時ならその前になりますよね」
「なるほど。……じゃあ、俺が聞いた警備員の話と照らし合わせると、警備員が失踪したのもそれくらいだから、失踪タイミングで周囲の住人にも注意喚起をした、とかなのかねえ」
「ああー、それ聞きました。子供が消えたタイミングで対策を強くしたけど、どうにもって話で。話に来た人も困った顔してましたね」
「まあ、実際、話したところで近隣住民が自分で対処できるとも思わないもんなあ」
ジェイはそう言うと、自分のコップに注いだお茶を一口飲む。
その隣で、レイトとテラーズは二人して腕を組んで考え事をしていた。
「……で、僕から言えることはこれくらいしかないんだけど……これ参考になる? テラーズは殆ど知ってるみたいだけど」
「んー、まあ、俺としては聞いてた話の真偽の材料が増えたからそれはそれでいいかなとは」
テラーズはポリポリと頭を掻きながらそう返答した。
「あ、そういうものなんだ……。さ、参考になったならいいかな」
「ってわけでだ、レイト」
「へ?」
がしり、という音でもしそうな勢いで、ジェイはレイトの両肩を掴んだ。
レイトはその勢いに若干引きつつ、そして頭の中を過る嫌な予感に冷や汗を少しだけ流す。
「えっと、何が『ってわけでだ』なの……?」
「お前も一緒に来ないか!?」
「やっぱりそういう話かーーー!!!」
レイトは大袈裟なくらいの動作で頭を抱える。
「いやいやいやいや、確かに仕事的には今ちょっと余裕はあるけど、あるけども! だからってなんでそんな怪奇事件に自ら関わんないといけないの!」
「えっと……暇つぶし?」
「普通にヤだよ仕事で過労死したほうがまだマシな暇つぶしとか!!」
「えー、イヤ?」
「ヤダ!」
「でも……ちょっと真相とか気になったりしない?」
「…………それは……………」
レイトは自分が断るに一番肝心なところで言い淀んでしまっているのを自覚しながら、ジェイのほうをじっと見た。
彼もまた、このジェイという男と友人になるような男である。
彼の齎した大学時代の思い出は、言えないような悪いことこそないものの、内容自体は破天荒で突発的であるものが多かった。
しかしながら、そんな思い出があるのは、レイト自身、最後にはついて行ってしまったのがあるからである。
そう、端的に言えば、『面白そう』だという気持ちが、必ずどこかにあったからだ。
そんなことを思いながら、レイトはテラーズを見た。
完全な初対面であるのだが、ジェイからこの男についても何度か聞いている。
だから、分かるのだ。
この男も、何かしらで抗えない気持ちがどこかにあって、理由がどうであれ、何かに引き寄せられるように足が同じ方向に向くタイプなのだろう。
だからこそここにいる────そう考えるのが、レイトには自然に近かった。
「──────ってわけで、行くぞレイト!!」
「ちょっ、アッハハハ!! なんでぇ!? あああああ」
レイトはそんな考え事をしているうちに、何かを確信したらしいジェイに腕を掴まれると、玄関のほうに引き摺られていく。
その一部始終を見ていたテラーズは、ぼんやりと出されたお茶を飲み干しながら思った。
「…………あの子、連れてくって話してたっけ………?」
そんな疑問が過ったのだが、まぁ人手が多いに越したことは別にないか、と納得したテラーズは、ゆっくりと立ち上がると二人の後を追いかけた。
◇
「──────で、これからどうするの?」
「うーん」
恐らく目的地のほうへ歩きながら、どこまで話が進んでいるかもあまり知らされていないレイトは何となく『何も進んでないんだろうなぁ〜』なんて考えながら、そんなふうに二人に声をかければ、案の定ジェイはただ腕を組んで唸るだけだった。
すると、それまで黙っていたテラーズが控えめに片手を上げた。
「………あのー、ここまで来たら二人に提案なんだけどさぁ」
「提案?」
「提案。確認なんだけど、二人って腕っぷしとかに自信ある?」
「腕っぷしぃ?」
レイトはテラーズの質問に答えながら、自分の腕を見やり、その後ジェイの身体を見た。
レイトの視界の端でもジェイが自身の身体を見ているのが見える。
そんな二人の様子を見ながら、『うん』とテラーズは頷いてみせる。
「その様子だとなさそうだね」
「はっきり言って、自信はないな」
「僕も基本、普段運動とかは取り立ててしないからなぁ……」
「ちなみに俺も自信は全くない。じゃなかったら腹回りこんなんじゃないし。そこで提案なんだけど……体力のあるやつを仲間にしておかないか? と思って」
「おぉ」
テラーズの提案に、ジェイが感嘆のような声を上げる。
「そう言うからには、何かアテがあるんだな? テラーズ」
「おう。君がレイトを連れ出すのを提案した時、そういえば俺も大学時代の友人に呼べそうな奴が一人いるなってずっと考えててさ」
「………もしかして僕が連れ出される時に殆ど何も喋ってなかったのって」
「すまん、別にいいかで考え事に没頭してた」
「うわーーーー!!」
「まぁまぁまぁまぁまぁ」
「何が『まぁ』だよ殆ど何も考えてないだろジェイは!」
「まぁとにかくだレイト。俺たちが体力に自身が無いのは事実な訳だし、そのテラーズの友人とやらにも協力を頼んでみないか?」
「…………うーん、でも、四人もいて目立たない? それに、その人を呼んだからって付いてきてくれるかどうかもわかんないし……」
「確かに、付いてきてくれるかはテラーズの友人とやら次第だが……目立つか目立たないなら、むしろ目立ったほうがいいんじゃあないか?」
「え、どゆこと?」
「単純に、もし俺たちの誰かが神隠しに遭っても、対処をできる人間が一人増える。」
「それはそうだけど、神隠しに遭うかもしれない前提で話されてもちょっと困るよ、ジェイ。付いてきてくれなくなっちゃうかもよ」
「おーん、それもそうか……」
「あー、それについてならあんま気にしなくてもいいと思うぞ」
「おん?」
「え? なんで?」
テラーズの一声に、ジェイとレイトは彼の方を見ながら首を傾げる。
そんな二人を気にもせず、彼はスマートフォンで何かをしながら再び口を開く。
「あいつ、あんま細かいこと気にできる性格じゃあないから」
「そうなの?」
「えぇ…?」
「ってわけで、なんか今、家にいるっぽいからちょっと行ってみないか?」
「えっ、その人この辺に住んでるの?」
「ああ。何かたまたま、最近この辺に仕事の関係で引っ越してきた的なことを前に言ってたなって思ったから、連絡取ってみたらまだしばらくここらの仕事があるってんでまだ住んでるって」
「えぇ、仕事の関係とはいえ何度も引っ越してるなんてお金持ちなんだねぇ」
「あー、いや。そういうわけじゃあないよ。会社が各地に社員寮を建ててるらしくて、それを転々としてるんだ。地方までにはよっぽどのことがないと飛ばされないらしいから、下手に自分で部屋を借りるより良いって話を聞いた」
「あぁ~……なるほどねぇ」
レイトは一通りテラーズからの話を聞いて頷いた。
「ちなみに、名前は『タカシロ』。さっきも言ったけど家にいるって」
「よし、じゃあその、タカシロさんとやらに会いに行ってみようじゃないか」
「うーん、ホントに協力してくれるのかなぁ」
「まぁ、行って話してみればわかるだろ」
「それもそうだね」
そうして三人は、『タカシロ』という人物の家を目指して歩き出した。
レイトはその道中、ちょっとだけ『なんで僕の時には連絡するって手段取らなかったのかなぁ』と疑問には思ったものの、聞いても碌な答えは返ってこないだろうと思い、胸中からその考えを消すことにした。
◇
三人は、割と綺麗に整備されたアパートの一室の前に立っていた。
『三○一』と書かれた表札のすぐ下のインターホンをテラーズがゆっくりと押すと、ピンポーン、と小さく鳴る。
程なくして『は〜い、どなたですかぁ?』と、少し機械音声気味の男の声がインターホンのスピーカー部分から響いた。
それにテラーズは顔を近づける。
「久しぶり、タカシロ。テラーズだ」
『あ! テラーズ!? 今開けるからちょっと待ってね〜』
スピーカーからカチャン、という受話器を戻す音が聞こえたかと思うと、中から足音がする。
カチャリ、という小さな音と共に扉が開き、それなりにガタイの良い男がその扉の向こうから姿を現した。
恐らくタカシロであるその男は、テラーズの姿を認めると笑顔になった。
「おお〜! テラーズ久しぶり。今日はどうしたってんだい、急に『時間ある?』なんて連絡してくるから何かと思ったじゃないの」
「突然連絡してすまんかったな。んで、タカシロ。今、何か暇だったりしない?」
「暇ではあるよぉ、大きめの仕事が終わって暫く休んでいいって長めのお休みが貰えてさぁ。何にもなくてどうしようかとか思ってたんだよねぇ」
「そうか。それならちょっと、俺たちに付き合ってくんないかな?」
「おお、何だい藪からスティックに。……ところで、後ろのお二人はテラーズのご友人かい?」
「俺はジェイだ」
「あ、僕、レイトです。テラーズさんとは初対面です」
「あぁご丁寧にどうも、タカシロです。…………えっと……こりゃどういう集まりだい?」
「話せば長くなるんだが」
「うーん、まぁとりあえず聞こうか。ちょっと狭いけど入ってってよ」
「上がらせてもらうねぇ」
「上がらせてもらおう」
「お邪魔しま~す。」
三人はタカシロに促され、部屋の中に入っていく。
『四人も入るかなぁ?』なんて言いながら、タカシロがいそいそと押し入れから座布団を持ってきて、小さな丸テーブルの周りに設置したり、広げていた布団を畳んだりしているのを三人は待った。
やがて来客を迎える準備が整ったタカシロは四つ用意したコップに麦茶を注ぎながら『どうぞ〜』と三人を促す。
三人はそれぞれ用意された座布団に陣取ると、タカシロが腰を落ち着けるまで再び待った。
「………それで、お三方は一体どういう集まりなんだ? テラーズ」
「どういう集まりなんだ、と言われると何だろうって感じなんだけど……時にタカシロ、最近この辺りで『神隠し』の話があるのは聞いたことあるかい?」
「ああ、なんかどこかのビル周辺で人が居なくなるとかなんとか」
「そう、それ。」
「あーそれ! あーそうそう、その『神隠し』、俺の会社も困ってるもんでさぁ。それもあって長期休暇になっちまったのよ。…………え、それと三人に何の関係が?」
「実はそれについてちょっと調べようかと思ってて」
「おぉ!?」
「ちょっとそれに付き合ってみないかなーって」
「おぉ……? いやまぁ、俺は構わないんだけど……そういうのって警察とかの案件じゃないのかぁ?」
「別に本格的に探偵的なことをやろうって話じゃなくってな、俺のネタ探しに付き合う感覚で良いから手伝って欲しいって話よ」
「あー、そういうこと!? そういうことなら良いよぉ、暇だし」
「えぇ? そんな簡単に決めて大丈夫ですか……?」
あっけらかんと答えるタカシロに、思わず背筋を伸ばしながらレイトが聞くと、タカシロは『んー』と腕を組みながら天井の方を向いた。
「まぁ……その『神隠し』の件について、正直……気になってないかと言われると実際、ちょっと気になっててねぇ………」
「何かあったのかい?」
テラーズがそう聞くと、タカシロはなおも考える素振りを見せた。
三人の目にはそれぞれ、タカシロが何か言い淀んでいるように見えた。
テラーズには、言ってもいいのか微妙な話を持っていそうだというふうに見えていたが。
「…………………………社内の話だから、あんまり言って良いのか分かんないんだけど」
長い時間をかけて、小さな声でぽつり、とタカシロが言った言葉に、三人は少しだけ身を固くした。
「…………社外に言っちゃいけないなら聞かないけど」
「………いや、言うよ。でもここ以外で他の人に言わないでね。…………皆どこまで話を知ってるの?」
「…………僕は結構、ここから遠くないところに住んでるので……警備員が消えたって話までは聞いてます」
「俺は、ネタ探しをしてる時に住民の人からそこまで聞いた」
「あ、そうなんだ………。あれ、そっちの人は?」
「俺はテラーズから直接話を聞いて」
「そうなんだ?」
「こいつだけ、今日俺から初めて話を聞いたの」
テラーズがジェイを指差しながらそう言うと、何故かジェイは両手でピースサインをした。
なぜか無意識にタカシロはそのピースサインを真似しながら、口を開く。
「今日知って今日から調べ物してるってこと?」
「まぁそういうこと」
「フットワーク軽い人なんだねぇ」
「軽いってレベルじゃないと思うんですけど……」
「…………それで、タカシロの会社の話ってのは?」
「あぁ…………。じゃあ、三人とも、公園で子供がいなくなったって話は聞いてるんだよね」
「聞いてる。それで公園にも警備が入ったってね」
「うん………。その、子供っていうのが……。………その一人が、実は同僚の人の子でね」
「それ、……マジ?」
「そんなのウソついてどうすんのよ」
「ああ、悪い悪い。まさかそんな身近な話だと思わなくて」
「まぁ、そういう話なんだよ。だから気になってはいてね。もう一週間は経ってる。同僚さんの気持ちを考えると、何とも言えなくってな。かと言って、俺がなんかできるわけじゃあないし……」
「それは………もどかしい話ですね」
「そうなんですよ、分かってもらえます? えっと……」
「レイトです」
「あぁ、レイトさん」
「あ、レイトで良いですよ。」
「じゃあ、レイトで。あ、タメ口で良いですからね」
「あ、ああ。じゃあ僕もタメ口で大丈夫だよ」
「じゃあ、そうさせてもらおうかなぁ。………えっと、そっちは……ジェイさんでしたっけ」
「ジェイだ、よろしくお願いする」
「改めて、タカシロだ。よろしくお願いする」
「………いやどういうノリ?」
レイトは変なポーズを取りながら再度の自己紹介をする二人を交互に見ながら苦笑いする。
「………相性良いかも、と思ったけどやっぱりかぁ」
「テラーズ、もしかしてさっき呼べば来るかもって言ってたのって」
「半分こいつらなら仲良くなるんじゃないかって」
「………あぁ………」
なぜか目の前で変なポーズ対決を続けるジェイとタカシロを見ながら、レイトは何となしに納得するしか無かった。
「お前、話がめちゃくちゃ分かるじゃねぇかタカシロ!」
「君もめちゃくちゃ話がわかるじゃないかジェイ!」
「何の話もしてなかったよ二人とも!? 何が聞こえてるの!?」
「ハッハッハ」
腕を絡めるようにしてガッツポーズをし始めた二人に、思わずツッコミを飛ばすレイトを見ながら、テラーズは笑った。
「さて……三人とも。これで役者は揃った……と言ってもいいんじゃないかね?」
「ああ、なんかイケる気がしてきた」
「ジェイは何を根拠に言ってるの……」
「まぁ、なるようになるよ」
「タカシロぉ!? 君まで! 何となくわかってたけどぉ!!」
「まぁまぁまぁまぁ」
「『まぁ』じゃなーい!」
「…………………とりあえずどこから調べるか、みんなで話さない?」
かくして、よく分からない経緯で集まったこの四人組が、街を覆う怪異を追うべく、動き始めたのだった。
(つづく)




