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第2楽章

亮太はメールを開いて読んでみる。

思わず口元がゆるむ。


送り主は——パン屋の店主。


読み上げる。


『最近パンが売れないんです。

近くに大型ベーカリーが出来て

お客がそっちに流れているのです。

音楽でお店の前を

賑やかにしてもらえませんか?』


亮太は顔を上げて


「じゃあ店の前で演奏しよう」


「パン食べながら?」

圭一が笑う。


「仕事だから」

ゆり子がピシャリと言い返す。


「でも匂いすごそうだな」

浩平が鼻をひくひくさせる。


その様子を見ていた

いずみが

「お腹すきそうだねぇ」


そのとき——

和馬が立ち上がった。


譜面棚の前で足を止めると、

一枚の楽譜を静かに引き抜くと

机の上に置く。


駿

身を乗り出す。

「お、軽そうな曲」


圭一

譜面を覗きながら

「テンポ速いな

なんか...朝からバタバタしてる感じ」


その言葉に浩平がうなずく。


亮太が

ニャと笑う。

「トラベリング・オーケストラ、

次の演目は——」


楽譜を掲げた。


「トルコ行進曲!」


圭一

吹き出す。

「パン屋で行進曲かよ」


ゆり子

肩をすくめながら

「目立つにはいいんじゃない」


仁が一言。

「悪くない」


亮太

手を叩いた。

「よし、決まり!」


腕を組んだまま

「で、いつ?」


亮太

「一週間後」


一斉に声が上がる。


「オッケー」

「問題ない」

「大丈夫」


亮太、壁の時計を見ながら

「じゃあ——四時にここ集合な!」


全員が固まる。


そして——


「は?」


空気が止まる。


「四時?」

「……朝の?」

「マジで?」


亮太は満面の笑みでうなずく。


「そう」


ゆり子が

即座に

「無理」


亮太は

ニコニコしたまま続ける。


「車で五時間かかるんだ…

準備もあるしスタートの一時間前には

現地に着いておきたい」


沈黙。


次の瞬間——

全員が頭を抱えた。


いずみ

ぼそっと

「……パン屋って遠いねぇ」


「パンのために早起きかよ」

圭一がつぶやく。


浩平

苦笑しながら

「いい匂いで目覚めるしかないな」


仁は

小さくため息をついて

「……了解」


亮太

満足そうに頷きながら

「よし、今日は解散!」



一週間後。


倉庫スタジオの前。


亮太がシャッターを開けていると、


「おはよー」


後ろから声がした。


振り向くと、駿が手を上げて歩いてくる。


「おはよう、駿」


その後ろから、


大きな欠伸をしながら浩平が来た。


「ふあぁ……」


隣には、圭一が眠そうにしてる。


「こんな早起きしたの何年ぶりだよ…」


浩平

のんびりと

「まだ夜って感じするねぇ」


そこへ、ゆり子が現れた。


「この時間、お肌によくないわ」


「ゆり子、それ毎回言いそう」

と駿が笑う。


そのとき——

足音が近づいてきた。


仁と和馬だった。

二人とも静かに歩いてくる。


亮太が周りを見渡した。


「……あれ?」

振り返る。

「いずみは?」


すると——


「ごめーん!」


遠くから声がした。

パタパタと走ってくるいずみ。

両手にコンビニ袋をぶら下げている。


「コンビニ寄ってた!」

袋を掲げる。

「みんなの分のコーヒー買ってきたよ!」


それぞれコーヒーを受け取りながら、


「神!」

「助かる〜」

「それは許す」


まだ薄暗い空の下、

みんなワーゲンバスへ乗り込んでいく。


亮太、全員を見渡す。


「全員揃ったな!」


亮太はハンドルを握った。

エンジンが唸る。


「じゃあ!トラオケ、出発だ!」


ワーゲンバスがゆっくり走り出した。

朝の空気は、まだ冷んやりとしていた。


車内には

コンビニコーヒーの匂いが満ちていた。


浩平

一口飲む。

「生き返る……」


圭一

ぼそっと

「まだ寝てる気分だけどねぇ」


「まだ五時だよ」

駿がスマホを見て嘆く。



「この時間に起きる生活、

私には無理」

ゆり子、窓の外を見ながら、つぶやく。


ゆり子の声に

圭一は笑いながら

「パン屋の匂いで目覚めるんだろ」


「それはちょっと幸せかも」

浩平がうなずく。


そのとき——


「ねぇ」

いずみの声だった。


「パンってさ」


みんなが振り返る。


「焼きたてって、

なんであんなにいい匂いなんだろうね」


「腹減るから」

圭一が即答。


いずみ

「お腹すいてきたねぇ」


「今食べたら、演奏中に眠くなるわよ」

冷静に言うゆり子。


「俺パン屋の前で演奏したら絶対食べる」

断言する浩平に


「仕事中にかよ」

と駿が笑う。


「演奏後」

と和馬が言うと


前から亮太の声。

「演奏終わるまで我慢な!」


「あとどれくらい?」


亮太は少し考えて

「あと三時間ちょっと」


一瞬、時が止まる。


全員


「……え?」


いずみ

のんびりと

「遠いねぇ」


「パン屋のために五時間」

と圭一が笑う。


ゆり子

ため息をつきながら

「大型ベーカリーって強いのね」


その言葉に後ろから


「でもさ」


いずみの声。


みんなが振り向く。


「パン屋さん音楽呼んでくれたよ?」

と笑った。


「嬉しいねぇ」

浩平が頷くと


「確かに」

圭一が答える。


そのとき——

前を見たまま


「いい依頼だ」

と仁が言う。


和馬も小さくうなずく。


亮太がハンドルを握りながら笑う。


「だろ?」


アクセルを少し踏む。


「パン屋、助けに行くぞ!」


まだ眠る街を抜け、

ワーゲンバスは朝の道を走っていた。


しばらくして——


ふわっと、

甘い匂いが流れ込んできた。


「着いたぞ!」


ブレーキがかかる。


窓の外には——

焼きたての香りに包まれた小さなパン屋。


ワーゲンバスがゆっくり止まった。


ドアが開く。

みんな順番に降りていく。


そして——

目の前の景色を見て


全員が固まった。


そこに広がっていたのは


のどかな田園風景。

見渡す限りの田んぼ。

遠くに山。


そしてぽつんと一軒——


小さなパン屋。

少し古びた看板。

静かすぎる店先。


ゆり子が

眉をひそめる。

「……ここでするの?」


駿

周りを見回す。

「田んぼの中にパン屋って」


浩平

大きく深呼吸をしながら

「空気はいいねぇ」


和馬

静かに周囲を見ながら

「音は遠慮なく出せるな」


そのとき——

いずみが指をさした。


「あっち」


みんなが視線を向ける。


少し離れた場所に、大きな建物が見えた。


看板。

大型ベーカリー。


圭一

「たぶん、あれだ」


「強そう」

駿がつぶやく。


ゆり子

腕を組みながら

「そりゃ客、流れるわね」


いずみ

パン屋を見つめたまま言う。

「これは、助けなきゃね」

にっこり笑った。


亮太が手を叩いた。


「よし!」


みんなを見る。


「準備だ!」


楽器ケースが開く。

譜面が並ぶ。


パン屋の前で——

トラベリング・オーケストラの

演奏準備が始まった。


パン屋の扉が開いた。

中からエプロン姿の店主が、

慌てて出てくる。


「お待ちしておりました…!」


亮太が手を上げる。


「トラベリング・オーケストラです!」


店主は何度も頭を下げた。


「ありがとうございます…!

本当にお客さんが減ってしまって…」


亮太は笑う。

「任せてください。

今日はパン屋さん、賑やかにしますよ」


そのとき——

ふわっ、と

焼きたての匂いが風に乗って流れてきた。


浩平の鼻が、

ひくひく動く。

「……今…来たねぇ」


駿も深呼吸する。

「焼きたて?」


店主が

少し照れながら言う。

「ちょうど今、窯から出たところで…」


その瞬間——

浩平の目が輝いた。


「クロワッサン!」


一歩、前に出かける。


「戻りなさい」

ゆり子が、ぴしゃりと言う。


いずみも目を輝かせる。


「メロンパンの匂い!」


「幸せの匂いだねぇ」

浩平ふっと笑う。


ゆり子

「集中しなさい」


駿

真顔で

「これ拷問だろ」


「パン屋で演奏するんだから仕方ない」

と和馬がため息をついた。


そのとき、また匂いが流れる。


バター。

小麦。

甘い香り。


「演奏終わったら絶対食べる」

と浩平が拳を握ると


店主が慌てる。

「もちろん!

皆さんの分、用意してあります!」


浩平

真剣な表情をする。

「よし、頑張る」


「単純ね」

それを見て、ゆり子が呆れる。


亮太が手を叩いた。


「準備!」


そして——


仁が前に出た。

ゆっくりと指揮棒を持つ。

すっと腕を上げた。


全員の視線が、

仁の指揮棒に集まる。


静寂。


そして——


指揮棒が、静かに上がる。


はじまる。


《トルコ行進曲》


軽やかな音が、

通りに広がる。


思わず足を止める子ども。

振り返る主婦。

遠くで立ち止まる会社員。


ひとり、またひとり。

足が止まる。


スマホを取り出す者。

買い物袋を持ったまま見入る人。

通り過ぎかけて——戻ってくる人。


小さな輪が、できていく。

音に引き寄せられるように——


——


パン屋の店主が、そっと外に出てきた。


信じられないものを見るように、

その光景を見つめる。


店の前に——

人が、集まっている。


焼きたての香りと、

弾ける音。


軽快な行進曲。


その音は、

パン屋の前から


田んぼへ、


道路へ、


遠くの畑へ、


どんどん広がっていく。


畑で作業していたおじさんが顔を上げた。


「なんだ?」


犬の散歩をしていた人が、立ち止まる。


自転車の中学生が、ブレーキをかけた。


そのまま、友達に手を振る。


「ちょっと来いよ!」


パン屋の前に少しずつ人が集まり始める。


店主が目を丸くする。


「え……」


そこへさらに、

パンの匂いが、ふわっと流れた。


浩平が、小さく息を吸う。


(この匂い、ずるい)


圭一が、笑う。


(お客さん、増えてる)


曲は、どんどん盛り上がる。


そして——

パン屋の前は、

いつの間にか小さな人だかり。


店主が慌てて店の中へ走る。


「い、いらっしゃいませ!」


扉が開く。


「焼きたて、ありますよ!」


一人がパンを買う。

次の人も。

また一人。


亮太は演奏の横で、

こっそり動画を撮りながら

様子を見ていた。


そして、ニヤッと笑う。


「いいぞ」


音楽は、さらに元気よく響いた。

パン屋の前に、笑顔が増えていく。


トラベリング・オーケストラの音は、


田んぼの風に乗って、

遠くまで広がっていった。


そして——


ジャーン!

音が止まった。


一瞬の静寂。


次の瞬間——


「わあああ!」


パン屋の前に、大きな拍手が広がった。

集まっていた人達が、

笑顔で手を叩いている。


畑のおじさんも。

犬の散歩の人も。

自転車の中学生も。


亮太が一歩前に出て

ぺこりとお辞儀をする。

メンバーも続く。


そのとき——


パン屋の扉が、勢いよく開いた。

店主が飛び出してくる。


「みなさん!」


息を切らしている。


「パンが……」


全員が見る。


「パン、売り切れました!」

店主が叫んだ。


一瞬。


メンバーが固まる。


「……え?」


浩平

ゆっくり言う。

「早くない?」


圭一

首をかしげる。

「全部?」


店主が何度も頷く。


「全部です!」


「音楽効果ね」

ゆり子が言う。


その横で——

浩平が青ざめていた。


「ちょっと待って」

店主を見る。

「俺たちの分……」


「あ!ありますあります!」

店主が慌てて言う。


「よかった!」

浩平の顔がぱっと明るくなる。


「そこ一番大事だもんな」

駿が笑う。


「やった!パン!」

いずみが嬉しそうに言う。


「演奏よりパンね」

ゆり子がため息をつく。


「まあまあ」

亮太が笑う。


店主が大きな袋を持ってくる。


「本当にありがとうございました!」


亮太は軽く手を振る。


「いえいえ」


そして、

少しだけ笑って言う。

「また何かあったら、呼んでください」


店主の目が

ぱっと明るくなる。

「はい!ぜひ!」


店主が差し出した袋の中には、

焼きたてのパンが、山ほど入っていた。


「神の依頼だった」

浩平が輝く目で言うと


「パン屋助かったしな」

と圭一が笑う。


亮太が袋を持ち上げた。


「よし」


みんなを見る。


「行こうか!」


パンのいい匂いを乗せて、

ワーゲンバスのドアが開く。


楽器を積み込み、全員が車に乗り込んだ。


亮太がハンドルを握る。

エンジンがかかる。


ワーゲンバスは

ゆっくり田んぼ道を走り出した。


窓の外には

さっきのパン屋が小さくなっていく。


しばらくして——


後ろの席から

袋のガサガサという音がする。


浩平だった。


「……開けていい?」


「もう開けてるでしょ」

ゆり子が少し笑いながら言う。


ふわっと、甘い匂いが車内に広がる。

袋の中からパンが顔を出す。


クロワッサン。

メロンパン。

あんぱん。


「すごい量だねぇ」

と圭一が覗き込む。


「全部美味しそう!」

いずみが目を輝かせる。


浩平がクロワッサンを掲げる。


「いただきます!」


サクッ。


車内にバターの香りが広がった。


浩平

固まる。

「……うまい」


「顔が真剣だぞ」

和馬が言う。


圭一も一口。

「ほんとだ。おいしい」


いずみ

嬉しそうに食べながら

「幸せ〜」


そのとき——

また袋がガサガサ鳴る。


浩平が次のパンを出した。


「もう二個目?」

ゆり子が呆れていると


「演奏でカロリー消費した」

浩平は真顔で答える。


「そういうことにしておこう」

圭一が笑っていると


前から声。


「いいなぁ」


亮太だった。


「亮太、食べないの?」

圭一が聞く。


「運転中」

亮太はハンドルを握ったまま言う。


一瞬沈黙。


次の瞬間——

後ろの席で笑いが起きた。


「かわいそう」

駿が言うと


浩平

のんびりと

「拷問だねぇ」


慌てて、いずみが

「着いたら一番に食べてね!」


浩平

パンを掲げる。

「俺が守る!」


そのとき——

ぽつりと声がした。


「……それ」


仁だった。


浩平が振り向く。


指をさす。

「俺のパン」


浩平が固まる。

袋の中を見る。


「あ…….」


車内が静かになる。


浩平が、小さく

「……食べた」


圭一が吹き出す。

駿も笑う。


「ごめん仁!」

いずみが慌てる。


「浩平、命の危機ね」

ゆり子が笑う。


「……次は先に取る」

仁は少しだけ、ため息をついた。


前で運転していた亮太が笑う。


「賑やかだな」


ワーゲンバスは

夕方の道を走っていく。


オレンジ色の光が

車内に差し込んでいた。

パンの匂いと笑い声を乗せて。


トラベリング・オーケストラは

帰路に着くのだった。

お読みいただきありがとうございます。

——第3楽章へ。

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