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第1楽章

倉庫スタジオのシャッターを上げ、

俺は、いつものように鍵を開けた。


扉を開けて、まず目に入るのは——

壁いっぱいに貼られたポスター。


『あちこちの街を回る音楽隊。

小さなホール、野外フェスの前座でも。

依頼が来れば、どこへでも。

トラベリング・オーケストラ』


腕を組み、俺は毎回それを眺める。


「……完っ璧!!」


キャッチコピーも、デザインも、完璧だ。

宣伝になりそうなことはなんでもやった。


ホームページも作った。

メインはもちろん

我が楽団のダブルイケメン。

仁と和馬だ。


SNSも始めた。

愛車のワーゲンバスの写真に

「TRAVELING ORCHESTRA」

の文字を入れて投稿。


SNSのフォロワーは——


現在、八人。


内訳は、

トラベリング・オーケストラの

メンバー七人と、


……俺、岩倉亮太。


つまり身内しかいない。


だが!

俺は拳をぐっと握りしめた。


(いつか絶対、広めてみせる!)


そう思った、その時。


パソコンが——

ポーン。

メール受信の音が鳴った。


「……ん?」


画面を見る。


件名

演奏のお願い


俺は思わず身を乗り出した。


件名:演奏のお願い


はじめまして。


『突然のご連絡を失礼いたします。

私は、ひかり幼稚園で働いております。

実は、園で飼っているウサギが最近、元気がなく、それを見た園児たちが

「ウサギさんに音楽を聴かせてあげたい」と言い出しました。

子どもたちの願いを叶えてやりたく

いくつかの楽団や音楽家の方に

ご相談させて頂いたのですが……

どこからも、

難しいとのお返事ばかりで……。

それでも諦めきれず、

いろいろ探していたところ、

トラベリング・オーケストラ様の

ホームページを拝見しました。

もし可能でしたら——

子どもたちとウサギのために

演奏をお願いすることは

出来ないでしょうか。』


俺はメールを読み終えて椅子にもたれた。


「……ウサギに音楽?」


そんな依頼、聞いたことがない。


でも——

俺はもう一度、画面を見た。


全部断られまして。


「……よし」


俺はスマホを取り出し、

グループLINEを開いた。


メンバーはいつもの顔ぶれ。


宛先:トラベリング・オーケストラ


俺は指を動かす。


依頼が来た!

今日の夜9時、倉庫スタジオ集合!

詳細はその時に。


「……送信っと」


スマホを机に置いた、その直後。


ピコン。

ピコン。

ピコン。

次々と通知が鳴る。


OK

了解

分かった

行ける

いつものメンバーだ。


だが——


一人だけ。

既読はつくのに返事をしない奴がいる。


指揮者の塩見仁だ。

俺は画面を見て、肩をすくめた。


「ま、いつものことか」


仁は、昔からこうだ。

既読はつけるが返事はしない。


それでも——

集合時間には必ず現れる。


だから俺も、もう何も言わない。


夜九時。

倉庫スタジオのシャッターを

半分開けたところで、足音がした。


最初に入ってきたのはヴァイオリンの

木戸駿。


「よう!亮太!」


駿は人当たりがよく

誰とでもすぐ仲良くなるタイプ。

気づけば誰かと話ている。


「初依頼は、なに?」


ケースを肩から下ろしながら、

もう興味津々だ。


その後ろから、のんびりした声。


「まだ誰も来てないの?」


チェロの水野圭一だった。

ゆっくりとした足取りで入ってくる。


圭一は、昔から急がない、慌てない。

自分のペースを崩さないのに

なぜか周りとズレない。


そのとき

スタジオの扉が開いた。


「こんばんは」

「おじゃましまーす」


入ってきたのは二人。

フルートの曽我ゆり子と、

キーボードの宮本いずみ。


ゆり子は、はっきり物を言うタイプ。


ちなみに——

子どもが嫌い。


幼稚園の依頼の話をしたら、

どんな顔をするか想像できる。


一方のいずみは、真逆。


天然で、マイペース。

今日も楽譜じゃなくて、

お菓子の袋を取り出している。


「それ、いつ買ったの?」

「さっき駅で」


いずみ、悪びれる様子もない。


しばらくして

扉が静かに開いた。


ヴァイオリンの斉藤和馬。


和馬は室内を一度見渡してから軽く頷く。


トラベリング・オーケストラのコンマス。

寡黙で、無駄なことはほとんど話さない。

だが、弓を持てば別人だ。


そして——


トランペットの杉山浩平が入ってきた。


「腹減った」


ポケットから、さっそく何か出している。


いずみが興味津々に聞く。


「それ何?」

「期間限定チョコ」

「私にもひとつ頂戴!」


浩平のポケットには、

いつも何かしらのおやつが入っている。


まだ仁は来てないが

俺は始めることにした。


「えー……依頼の話なんだけど」


視線が一斉に集まる。


「依頼先は……幼稚園‼︎」


一瞬、スタジオの空気が止まった。


「……は?幼稚園?」


最初に声を出したのは、ゆり子だった。


眉をしかめている。

この反応は想像していた。

子ども嫌いだからな。


浩平はポケットを探りながら言う。


「え、なにそれ。発表会?」


「違う」

「じゃあ何?」

「園で飼ってるウサギが元気ないらしい」


俺はPCを見ながら答えた。


「……は?」

圭一が言った。


「ウサギ?ニンジン持ってく?」

浩平が真顔で聞いてくる。


「いらない」

「おやつならあるけど」

「だからいらない」


そのとき、椅子のきしむ音がした。


コンマスの斉藤和馬が、

静かにヴァイオリンケースを開いていた。


何も言わない。


弓を取り、軽く弦に触れる。

——ひと音。

澄んだ音が、倉庫スタジオに広がった。


短いフレーズ。


それだけで、

さっきまでのざわつきが

嘘みたいに静まる。


誰も口を挟まない。


弓を下ろした和馬が、

「……で?」

ぽつりと言った。


視線が俺に戻る。


「そのウサギ、どうしたいんだ」


俺はPCを見ながら


「子どもたちがな」


メールを読み上げる。

「ウサギさんに音楽を

聴かせてあげたいんだってさ」


沈黙。


その時——


「やろう」


扉の近くから声がした。


全員が振り向く。


そこに立っていたのは

指揮者の塩見仁だった。


「依頼だろ」

そう言って仁は入って来た。


そして

駿が珍しく真面目な顔をして


「子ども向けの曲の方がいいだろうな」


ゆり子

「それはそうね」

即答。


浩平が手を挙げた。


「子どもが分かるやつ…アニメの曲?」

「却下」

「早いな」


そのとき、和馬が静かに譜面棚を見ていた。


一冊、楽譜を引き抜く。

机の上に置いた。


圭一が楽譜を見ながら


「お、動物だ」


「ウサギも仲間入りできるじゃん」

浩平が笑う。


「ウサギの曲はないけどな」

と駿が笑う。


そしてページをめくりながら


「でも最後のこれ、いいんじゃね」


譜面を見た仁が、指差した。


「……悪くない」


いずみ譜面を覗き込みながら


「軽いし、子ども向きでいいかも」


浩平がトランペットのケースを叩きながら


「俺の出番もある?」


「ある」

と仁が短く答える。


圭一がのんびりと


「じゃあそれでいいんじゃない?」


俺は手を叩いた


「決まりだな」


倉庫スタジオに声が響く。


「トラベリング・オーケストラ、

最初の依頼の曲は——」


楽譜を掲げる。


「動物の謝肉祭 終曲!」


「よし!」

浩平が拳を握る。


そのとき


駿が


「で、いつ?」


俺はにっこり笑って


「五日後」


一斉に声が上がる。


「早っ!」

「無理!」

「リハどうすんの」


俺は、にやりと笑う。


「だから今日集めた」


全員を見る。


「全員、出られるよな?」


一瞬の沈黙。


そして——


「問題ない」

仁が言った。


和馬が静かに頷く。


浩平が嬉しそうに


「何人分のおやつ持っていこかな」

「だからいらないって」


スタジオに笑いが広がった。


次の日

園から追伸が届いていた。


『演奏時間は14時から。

園児たちのお昼寝後とおやつの間の時間にお願いします。』


……俺らって。

お昼寝とおやつの間に呼ばれる

オーケストラかよ。


まあ…いいか。



そして五日後。


演奏当日。


倉庫スタジオのシャッターを開けると

そこには俺たちの相棒がいる。


少し年季の入ったワーゲンバス。


白い車体の横には、

でかでかと文字が書かれている。


TRAVELING ORCHESTRA


俺が業者に頼んで入れた。

宣伝のためだ。


どこに行っても誰かの目に止まるように。


駿は最初に見たとき


「いいじゃん、分かりやすくて」


と言ってくれた。


圭一は笑いながら


「移動広告じゃん」


ゆり子は一言。


「恥ずかしい」


でも俺は気にしない。


だって——宣伝しなきゃ依頼は来ない。


俺はバスのドアを叩いた。


「よろしくな!」


振り返る。

全員が楽器を抱えている。


「トラベリング・オーケストラ出発だ」


エンジンがかかる。

低い振動が、胸に響く。


まだ誰にも知られていない音楽隊。

まあ、今のところは、な。



ワーゲンバスは、街を抜けて

小さな住宅街へと入っていく。


やがて見えてきたのは——

カラフルな柵に囲まれた、ひとつの園。


幼稚園に着いた瞬間

園庭から声が上がる。


「先生ー!! 」

「バスきたー! 」

「見てー!」


園児たちが一斉に駆け寄ってくる。


車体の横には大きく

TRAVELING ORCHESTRA


その様子に——

先生が慌てて駆けてくる。

少し息を弾ませて。


「お待ちしてました!」


その後ろでは、

園児たちが目を輝かせていた。


「なにそれー!」

「楽器!?

「かっこいい!」


気づけば——

子どもたちに囲まれている、ゆり子。


「フルートだ!」

「ふいてー!」

「さわっていい!?」


ゆり子が顔をしかめながら

「ちょ、ちょっと待ちなさい」


「ゆり子、人気者じゃん」

駿が笑いながら言う。


「うるさい!」


その横で——

浩平は既に子どもにおやつを分けていた。


「これ食べる?」

「トランペットのおじさん優しい!」

「おじさんじゃない!」


いずみは、その様子を見ながらのんびりと

「平和だねぇ」


やがて、楽器の準備が始まる。


ヴァイオリンケースが開き、

チェロが立てられ、

譜面台が並ぶ。


園児たちは少し離れたところで

わくわくしながら見ている。


先生たちも後ろで微笑んでいた。


やがて_____楽器の音が止む。


ふっと、

園庭が静かになった。


一瞬の静寂。


その中で——

仁がゆっくりと指揮棒を上げる。


全員の視線が集まる。


園児達も先生達も息をひそめて見ている。


指揮棒が

振り下ろされる。


《動物の謝肉祭 終曲》


音が、園庭の隅々に広がっていく。


園児たちは目を丸くしている。


「すごい……音がいっぱい!」


先生たちも思わず顔を見合わせる。


そのときだった。


園庭の端。

小さなウサギが、

ぴくりと耳を動かした。


子どもが気づく。


「あ……」


もう一度、耳が動く。

ゆっくりと、顔を上げる。


音の方を見る。

その目に、わずかな光。


音は続く。


小さな命に届くように。


そして——

ぴくりと耳を動かした。

ウサギがぴょん、と小さく跳ねた。


「……!」


園児たちの目が一斉に輝く。


「先生!」

「ウサギさん!」

「元気になった!」


仁の指揮が大きく振られる。


音が重なり——


最後の音が消えた。


静寂。


――次の瞬間。


「すごーーーーい!!」


園庭が歓声に包まれた。


拍手。

そして笑顔。

飛び跳ねる子どもたち。


先生が何度も頭を下げている。


「本当にありがとうございました。

子どもたち、こんなに嬉しそうで…」


俺は笑ってうなずく。

そして、こっそり言う。


「もしまた何かありましたら、ぜひ」


先生が驚いた顔をする。


「はい、ぜひ!」


……営業、成功。


楽器を片付け、俺たちはワーゲンバスに

乗り込んでエンジンをかける前に

窓を開けた。


園児たちがまだ手を振っている。


「ばいばーい!」

「またきてねー!」


浩平が手を振る。


「またなー!」


駿も笑って手を振る。


ゆり子はというと、

小さく手を振っていた。


俺はエンジンをかける。

ワーゲンバスが、ゆっくりと動き出した。


バックミラーには手を振る園児たち。


助手席には貰った笑顔を乗せて

ワーゲンバスは走り出した。



倉庫スタジオに戻るころには

すっかり陽も傾き

ケースを片付け、テーブルの上には

コンビニの食べ物。


即席の打ち上げだ。


浩平


「いやー、ウサギ可愛かったな」


圭一も頷く


「ぴょんって跳ねたとき、びっくりした」


いずみが、にこにこしながら


「音楽わかってる感じだったね」


そのとき、ゆり子が言った。


「……ウサギは可愛かったわね」


みんなが見る。


ゆり子は続けた。


「子どもは全然可愛くなかったけど。」


一瞬の沈黙。


誰もが、顔を見合わせた。


そして——

一斉に


「懐かれてたじゃん!」

「囲まれてたよな」

「服、引っ張られてたし」


和馬が静かに


「フルート触られてたし」


「触らせてない!」

ゆり子が言い返す。


スタジオに笑い声が広がる。


俺は缶ビールを持ち上げた。

みんなを見る。


「今日はみんなありがとう」


少しだけ胸を張る。


「大成功だったな!」


缶を掲げる。


「乾杯!」

「乾杯!」

缶の音が重なった。


トラベリング・オーケストラ。


最初の依頼は、悪くない一日だった。

静かにその余韻を噛み締めていた。


そのとき⸻


ピロン。

PCが鳴った。


俺は画面を見る。


一通のメール。


俺は、にやりと笑う。


「次の依頼だ。」


——俺たちの旅は、

まだ始まったばかりだ。

お読みいただきありがとうございます。

——第2楽章へ。

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