第五十七話 砂漠の枢機卿
——正教国 謁見の間 数日後
カシム・ドゥラが——来た。
アリダ正教国から。
砂漠の枢機卿が——正教国に来た。
白地に金糸の装束だった。
年齢は——六十代か七十代。
目が——深かった。
「……イレーネ教皇代理。」
カシムが言った。
「よくおいでくださいました。カシム枢機卿。」
「本人確認に来ました。」
「はい。」
「……アルバ教皇とやらに——会わせてください。」
◆ ◆ ◆
カシムが——私を見た。
しばらく——黙っていた。
私も——黙っていた。
「……あなたがアルバ教皇ですか。」
「はい。」
「……子どもだ。」
「はい。」
「……何歳ですか。」
「十歳です。」
「……十歳。」
カシムが——少し考えた。
「初代教皇が就任した時の年齢を——知っていますか。」
「十八歳だと聞いています。」
「……そうです。」
「八歳——若いですね。」
「はい。」
カシムが——また黙った。
◆ ◆ ◆
「本人確認の方法を——教えてくれと書いてきましたね。」
カシムが言った。
「はい。」
「根源律を——感知できると書いてあった。」
「はい。」
「……やってみてください。」
「今ですか。」
「今です。」
私は——根源律を開いた。
封印解除が——まだ途中だった。
でも——十分だった。
根源律が——部屋の中に広がった。
カシムが——少し目を細めた。
「……感じます。」
「はい。」
「……深い。」
「はい。」
「……初代教皇の言い伝えに——「根源律に触れる者が来る」と書いてあります。」
「はい。」
「「その者の根源律は——砂漠の夜の星のように深く静かだ」と。」
私は少し間を置いた。
「……それは——私のことですか。」
「……そうかもしれません。」
カシムが——静かに言った。
◆ ◆ ◆
「もう一つ——確認させてください。」
カシムが言った。
「どうぞ。」
「あなたは——なぜ教皇になったのですか。」
「条件を出して、受け入れられたからです。」
「……条件。」
「はい。四つの条件を出しました。それが受け入れられたから——就任しました。」
「……感動的な動機ではないですね。」
「はい。」
「……それでいい。」
カシムが——静かに言った。
「……砂漠の民は——感動で動きません。理由で動きます。あなたには——理由がある。」
「……「条件が受け入れられたから」では——理由として弱いですか。」
「弱くない。」
「なぜですか。」
「……条件を出せる者は——自分の立場を分かっている。自分の立場を分かっている者は——約束を守る。約束を守る者に——我らは従います。」
◆ ◆ ◆
「一つ——聞いていいですか。」
私はカシムに言った。
「どうぞ。」
「アリダは——小大陸の中で最も遠い場所にあります。それでも——来てくれましたか。」
「はい。」
「理由は。」
「……確かめなければならないことがあったからです。」
「何を確かめましたか。」
「あなたが——本物かどうか。」
「本物、というのは——どういう意味ですか。」
カシムが少し間を置いた。
「……根源律を持つ者が——教皇になることは、誰にでも言えます。でも——根源律を持ちながら——条件を出して——論理で動く者は。」
「……珍しいですか。」
「二百年間——ただの一人もいませんでした。」
「……そうですか。」
「あなたが初めてです。」
◆ ◆ ◆
「本人確認は——終わりましたか。」
私は言った。
「……はい。」
「結果は。」
カシムが——頭を下げた。
深く。
「……アリダは——服従します。アルバ教皇猊下。」
「ありがとうございます。」
「一つだけ——お願いがあります。」
「何ですか。」
「……命じる時は——理由を教えてください。」
「はい。」
「砂漠の民は——理由なしには動けません。」
「理解しています。理由のない命令は——出しません。」
カシムが——また頭を下げた。
「……それが——聞きたかった言葉です。」
◆ ◆ ◆
謁見が終わった。
カシムが——出ていった。
イレーネが——私の隣に来た。
「……上手くいきましたね。」
「論理的に話しただけです。」
「……カシム枢機卿は——難しい方です。三十年以上正教代理をしていますが——あんなに早く頭を下げたのは初めて見ました。」
「……根源律と条件の話が——効いたのかもしれません。」
「……あなたは——人の動かし方を、知っていますね。」
「計算しただけです。」
「……それが——知っている、ということです。」
◆ ◆ ◆
部屋に戻った。
ノートを開いた。
「カシム・ドゥラ枢機卿——本人確認完了。服従の意志を確認。」
書いた。
「カシムの発言:「条件を出せる者は約束を守る。約束を守る者に我らは従う。」「命じる時は理由を教えてほしい。」」
「対応:理由のない命令は出さないと約束した。」
一行空けた。
「……四つの枢機卿の中で——最も慎重な者が、最初に来た。」
「……それは——信頼に値する。」
「砂漠の民は——確かめてから動く。」
「……それは——私と同じだ。」
もう一行。
「封印解除:進行中。本日の根源律行使は問題なかった。」
「評議会への外交通告:送付済み。返答待ち。」
「……返答が来ない場合——次の手を打つ。」
ノートを閉じた。
正教国の夕暮れが——静かに広がっていた。
灰色の瞳が——静かに、砂漠の方角を見ていた。




