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勇者が愛したもの

 (ある勇者の話 参)


 勇者が魔大陸を統一した頃、魔大陸のほとんどは大森林に覆われていた。

そこへ魔王の娘だった妻が、ある重要な話を教えてくれた。

魔王は、魔大陸の気候や気象、植物の植生や地形まで思いのままに変える事ができる魔導システムを作っていたと。

それは魔王城の隠し部屋に設置されていて、魔王の血を引く血族の者しか扱う事ができないようになっていると。

 勇者は妻に連れられて、その部屋に入った。

壁も床も白い部屋は祭壇が作られて、そこには虹色に輝くオーブが鎮座していた。

このオーブに魔力を注ぎ込めば、魔大陸のどこでも好きな気候や気象に変えられた。

 勇者は、以前大森林を探索していた時に、山桜の木と野生の稲が自生しているのを見つけていた。

勇者はそのシステムを使って、自分が召喚される前に暮らしていた日本の故郷の景色を作り出そうと決心した。

 勇者は、山桜と稲の品種の改良を重ねて、ソメイヨシノに似た桜の木と、ジャポニカ米に似た米を作る事に成功した。

 そして、山に1本1本桜の木を植え、平地には稲作ができる田んぼを作った。

 魔王の気象システムは優秀だった。その辺り一帯は四季が訪れるようになり、春になれば見渡す限り桜の花が里山を覆い、水田には水が張られ、稲作が行われるようになった。

勇者はその故郷に似た景色を愛し、将来的に何者かによって、その景色が壊される事が無いよう、その場所の気候を固定した。

 魔王の魔導システムを使えるのは、魔王の血を引く者だけだ。勇者には、カスミとヤマトという2人の子供がいた。黒い髪に黒い瞳の父親似の子供達だ。子供達は魔王の孫であり、自分の血も引いている。

 勇者はシステムに手を加えて、その部屋に入れる者を黒い髪と黒い瞳を持つ者に限定した。

更に、ナーランドを愛する者だけが使えるように。子孫が代を重ねて血が薄くなるのを考え、自分の血統を呪いで縛り、代を重ねても長子にだけ黒髪黒目が顕れるようにしたのだった。






(オールディア王国 王城)


 「おまえが僕の色を盗んだのか?」


 王太子と、2000人もの軍勢と共に王都レフティに帰還したアレックス達は、城の王族エリアに部屋を与えられた。

そして部屋から1歩出た所で、何者かにそう言って詰られたのである。

言われた方を振り返ると、同じ年頃の少年がアレックスを見て睨んでいた。


「俺は何も盗んでなんかいない!」


アレックスは少年に言い返した。


「嘘だ!僕が持つはずだった王家の黒を盗んだ!」


少年が強い口調で更に言い返した。


「僕の父はこの国の王太子で、母は公爵家出の王太子妃だ!おまえの母は側妃でも無い、伯爵家出の妾妃だろう!皆がそう言ってるぞ!本当なら王太子妃から生まれた僕が王家の黒を受け継ぐはずだったんだ!僕の物を返せ!」


 アレックスは、どうやら、こいつは王太子妃殿下が産んだ義弟らしいと気がついた。

王都に来る途中で王太子殿下から、おまえの母は王太子妃になれないなら側妃にもなりたくないと、城を出奔してナーランドに帰ったと説明された。

そして帰ったナーランドで、貴い血である私の子を下級貴族の男の子供として届け出たのだと憎々しげに言っていた。

子供のアレックスから見ても愛し合っているとわかる両親だ。あの母が王太子妃になりたがるだろうか?

アレックスは王太子殿下の言う事は信用できないと思ったし、この義弟の言う事も嘘っぽいとアレックスは思った。


「返せる物なら返してやるさ。欲しかったら取ってみろよ!」


 アレックスは、わざと挑発するように義弟に言った。お城で育った王子様に取っ組み合いで負けるつもりは無かった。俺達の険悪な様子を見て、周りの侍従達が慌てて止めに入った。

 そして、アレックスだけが罰として、ご飯抜きで部屋に閉じこめられたのだ。

 お城にいる人々は、王太子妃が産んだ義弟が正しくて、側妃でもない母が産んだ俺を、王家の黒を盗んだ盗人だと思っているようだった。アレックスは悔しくて部屋で一人で泣いた。


 しばらくすると、王立学園に通う事になった。

王立学園に通うに当たって、アレックスの名前は、

アレックス・ウルラ・リオ・オールディアに変更された。

 ウルラは王太子妃以外の妃から生まれたという意味だそうだ。名前にウルラが付いていても全然構わなかったが、ナーランドの姓を使わないようにと言われたのは悲しかった。

 唯一の救いと言えば、ディックとゴーシュも同じクラスになった事だ。

王都の学園は、8才から初等科に入学する。

ナーランド領より2年も早く学校か始まるのだ。

当然、習っていない事ばかりで、3人は全く着いていけなかった。そこで3人は皆に追いつけるまで補習を受ける事になった。


「やっぱりナーランドは文化が遅れた野蛮な地域だ。こんな簡単な計算ができないなんてな!」


 補習に向かう俺達を、義弟は取り巻きと嘲笑った。俺達は何も言い返さず、補習が行われる教室に向かった。

「今にみていろ」俺達は必死に勉強して2年分の遅れを取り戻そうと真面目に学習に取り組んた。


 そうして王都に来て1年が過ぎた頃、アレックス達は同級生に進度が追いついて、進級試験を一緒に受けさせてもらえる事になった。


「嘘だ!この試験結果は大嘘だ!あいつらが10位以内に全員入っているなんて、この順位表はおかしいだろ!」


 廊下に張り出された進級試験の成績表には、2位にゴーシュ、5位にアレックス、10位にディックの名前があった。

義弟は取り巻き達と抗議しに行ったようだが、結果は覆らなかった。


「ざまーみろだな、悔しがる奴等を見るのは気分が良いぜ!」アレックス達は嬉しそうに笑った。


 進級試験が終わると1ヶ月の休みがある。だけどナーランドまで往復で1ヶ月かかるので、アレックス達は帰省せずに両親に元気にやっていると書いた手紙だけ送った。


 そうして中等科に進み、3人が田舎者と白い目で見られなくなったある日、アレックスは王太子殿下に、ある場所に来るよう呼び出された。


「この扉にある鷲の眼を触れ!」


 その部屋の扉には羽根を広げた鷲の飾りがあった。これは魔導具になっていて、条件に合った者だけを選別して別の空間に飛ばす役目があるそうだ。アレックスが扉にある鷲の眼を触ると、ふっと景色が変わり別の所に飛ばされた気がした。

 そこは壁も床も白い石でできた空間で、祭壇がポツンと置かれていた。ナーランドの勇者の剣があった洞窟に似ていると思った。


「うむ、選別の魔術に選ばれたようだな」


 後から入って来た王太子は、アレックスの眼を見ながらそう言った。


「次は、このオーブに魔力を込めてみろ」


 王太子が指差した祭壇の上には虹色のオーブが置かれていた。


「これにどのくらい魔力を入れれば良いのですか?」


「込めれるだけ入れてみろ」


 アレックスはオーブに手をかざして、魔力を流してみた。身体の中から魔力が大量に抜かれる感触がして、怖くなって流すのをやめた。


「もっとだ!」真剣で怖い顔をした王太子は、オーブを見ながらもっと流せと言った。


 限界まで魔力を込めたが、王太子が期待するほどの成果は得られなかったようだ。


「ふん、まだ子供の魔力だからこんなものか。これから毎年ここに来て魔力を入れてもらう。上手くいくようなら、おまえを私の後継者にしてやろう」


「このオーブはいったい何なんですか?」と聞くと、「これは勇者様の黒の瞳を継ぐ者だけが使える魔導システムだ。これを動かすには膨大な魔力が必要なのだ。私は王太子として魔力を温存しておかなければならないから、この役目をおまえに譲ってやる」と王太子は答えた。


 やっぱりこの人の言う事は嘘ばかりだとアレックスは思った。

アレックスの魔力量は多い。だから人の魔力量もだいたいどのくらいかわかった。アレックスの見立てでは、王太子の魔力量はナーランドの平民と変わらない。この魔力では、たとえ魔物狩りにも行っても全く役に立たないレベルだろうと思った。

 ナーランドに兵を向かわせて、俺を攫うように王都に連れて来たのは、これに魔力を入れさせる為だったんだなとアレックスは思った。




(ナーランド伯爵邸)


「ジュード聞いて!私、昔の帳簿が見たくて、父様が使っていた3階の昔の執務室に行ってみたの。あそこの廊下には、歴代の当主の肖像画が飾られているじゃない?久しぶりに初代からずっと見ていたんだけど、最初の頃の領主は、全員黒髪に黒い瞳なのよ。それが途中から青とか緑の瞳になっているの。おかしいと思わない?ある代の領主から突然黒い瞳が失われているなんて。いったい何があったのかしら?」


 3階にあった伯爵の執務室は、車椅子のジュードが使えるように3階から1階に移動されていた。

ジュードは車椅子生活になって、前伯爵の執務室には行っていないので、廊下にある肖像画の領主の瞳の色の違いに気がつかなかった。


「それは変だね。なぜナーランド伯爵家から黒い瞳の者がいなくなったんだろうね?」


「でしょう?私も調べてみたいわ。確か家系図が父様の執務室にあったと思うから持って来るわね」


「あっ、それなら肖像画で黒い瞳の人から違う色が出るようになった辺りの領主の名前も確認して来てもらえるかな?」


ジュードの言葉にメラニアは「わかったわ」と答え、3階に向かった。


 しばらくして戻って来たメラニアの手には、羊皮紙でできた大きな紙束があった。


「最後の黒い瞳の人は、ナラジアと言う人だったわ。そして色が変わった人の名前はトーマスと言う名前よ」


 2人は家系図でナラジアの名前を探した。そしてナラジアの名前の下にトーマスとマーカスの名前が並んでいるのを発見した。


「トーマスさんとマーカスさんは兄弟なのね。それでこの数字は何なのかしら?2人共(1)って書いてあるわ」


「兄弟順を書いてあるんじゃないかな?でも両方共(1)って事は…2人は双子だったのかな?」


「じゃあ、双子だったから黒い瞳が失われたって事?」


 ジュードは、自分の父と長姉が黒髪なのに気がついた。


「黒髪と黒い瞳は、長子にだけ顕れるのかもしれない。父も姉も、義父さんも君も長子だろ?」


「そう言われればそうだわ。それが長子が双子だと、どちらも長子と判定されなかったのね」


「その双子の片割れのマーカスさんが、うちのバーナム子爵家に入って、黒い髪はバーナム子爵家にも代々伝わったけど、黒い瞳の方は両家共失われたのかもしれない」


「もしかしたら、バーナムの実家にマーカスさんの残した物があるかもしれない。姉に聞いてみるよ」


 ジュードはそう言って、バーナム子爵家に使いを送った。そうして数日後、バーナム子爵家から数冊の本が送られて来た。


 その本は日記帳だった。ジュードとメラニアは手分けをして日記帳に書かれている事を読んでいった。そしてある年の記録を読んで言葉を失った。

そこには恐ろしい日々が綴られていたのだ。



  ◯◯年◯月◯日


 父ナラジアが亡くなった。私とトーマスが双子で生まれてたばかりに、勇者の娘[かすみ]から続く勇者の黒い瞳は失われた。父が亡くなった結果、[かすみ]の家系は魔王の部屋に入る印を永遠に無くしたのだ。

これで黒い瞳を持つのは、勇者の息子[やまと]の家系だけになってしまった。

父ナラジアが亡くなった事を知った[やまと]側がは、父の死を知ってどう動くだろうか。サルディア国の王女があちらに嫁いでから、どうも彼等の動きがきな臭い。しかし彼等が魔王の魔導システムを悪用しても、私達には対抗する術がもう無い。私達は魔導システムが悪用されない事を神に祈る事しかないのだ。



  ◯◯年◯月◯日


ついに彼等がやって来た。[やまと]は、魔王の部屋にある、鷲の守りと虹色のオーブを盗んで行った。黒い瞳を持たない私達は、もう成す術は無い。

ああ、勇者様は、なぜ双子にそれぞれ黒の瞳を与えてくださらなかったのか!

もうこの[かすみ]はお終いだ…



  ◯◯年◯月◯日


 真夏の暑い日中に突然猛吹雪が襲った。[やまと]が魔王の魔導システムを使ったのだ。

一瞬で我々の土地は真夏から真冬になり、土地も作物も凍りついた。

人々や家畜は凍え、家から一歩でも出ると雪で何も見えない。



  ◯◯年◯月◯日


 真冬の気温から、また急に真夏に変わった。

凍っていた物は、急速に腐っていった。

私は生き残っている人々を連れて、弟のトーマスが治める領地を目指して避難する事にした。

トーマスの領地まで歩いて1ヶ月はかかるだろう。

私に残された家族は、もう長女のクラリスしかいない。妻も幼い息子達も死んでしまった。

弟の所は大丈夫だろうか?無事である事を神に祈ろう。



  ◯◯年◯月◯日


 私達が弟の領地に避難する途中、地震や地割れ、雷に大嵐、ありとあらゆる悪天候が襲って来た。数万人いた領民は悪天候が襲う度、その数を減らしていった。

弟の領地までもう少しだ。残り少ない食糧がそれまで保つことを祈る。



  ◯◯年◯月◯日


 恐ろしいほどの落雷と豪雨の中、弟の治める領地に入った途端、雨はやみ、雷の音も聞こえなくなった。この急激な変化に私達は戸惑った。

ほんの歩いて数分の距離なのに、空は秋の気配を感じさせる美しいうろこ雲だ。もう初秋に入ったのだと暦を思い出した。私達が暮らしていた所もほんの数週間前まで平和で美しい場所だったのに。もう何十年も昔に思える。



 ◯◯年◯月◯日


 弟の屋敷に着いた。ここに来るまで弟の領地の特産である立派な稲が、田で青い稲穂をつけていた。

驚いた事に、ここは一切魔王の魔導システムが効かないのだ。やはり勇者が愛したと言われる土地には、魔導システムで荒らされないよう特別な何かが作用しているのだろう。

「兄さん、よく無事で!」と弟は私達を暖かく受け入れてくれた。

数万いた避難者は、過酷な旅でその数を減らし、3千人足らずいう数になってしまった。

それでも生き残った者が、ここで生活できるようにしなければならない。弟の力を借りて頑張るしかない。



  ◯◯年◯月◯日


 弟の領地に来て数週間経って、私は生き残っている者はいないか、元の場所はどうなったのか調べる為に調査隊を送った。

帰って来た者達が見た物は、果てしなく続く森林だったと言う。

街も畑も町も村も消えて、全て深い森になっていたそうだ。

弟の領地を残して、[かすみ]の土地は、全て森林になってしまった。



  ◯◯年◯月◯日


 憎い仇である[やまと]から使者が来た。[やまと]は、今後オールディア王国と言う名の新たな国を興すそうだ。[かすみ]が膝を付いて属領になるなら、この土地をそのまま与えようと。

私達は、ナーランドを残す為、彼等の国の属領になる事を選んだ。ナーランド王国は滅びたが、大森林と山脈に挟まれたこの美しいナーランド領を守っていこう。

そう勇者が愛したこの土地を永遠に。



 「ナーランドの歴史にこんな悲劇が隠されていたなんて…」メラニアは言葉を失った。


「気候や天気が思いのままなんて、農業をするには夢のようなシステムだが、悪用されたらこれほど怖い物は無いな」ジュードも顔を引きつらせた。


「王太子殿下は、自分も黒い瞳を持っているのだから魔王の間に入れるのに、なぜアレックスを欲しがったのかしら?」


「たぶん王太子は魔力が少ないんだと思うよ。メラニアは、この間来た時に王太子から魔力を感じたかい?」


「そう言われれば、全然感じなかったわ。ナーランドの平民と同じくらいかしら?」


「うん、僕もそう思った。ナーランドで魔物を狩る狩人や騎士の魔力には程遠いと思う」


「黒い瞳を持って、魔力が多いアレックスなら、魔導システムが動かせると思ったのね。自分の思惑の為にアレックスを利用しようなんて許せないわ!」


「だとしても、魔王の間に入る事もできない僕達は、王太子殿下が魔導システムを悪用しようとしても止められないんだよな」


「カスタニア公爵様に知らせて、王太子妃殿下から止めてもらえないかしら?」


「王太子妃殿下でも止められないと思うけど、カスタニア公爵に知らせて、王太子が悪用する恐れがある事は知らせておいた方が良いかもしれないな」


「そうね、もし王太子が悪事を謀んでも、アレックスが巻き込まれないようにしたいわ」


 ジュードはカスタニア公爵に手紙を送り、王太子殿下の悪用の可能性について知らせた。





(王立学園中等科)


「グスタフ王子どうしたんだろうね」


「何かあった?」


ゴーシュの言葉にアレックスは尋ねた。


「グスタフ王子、卒業試験で落第点だったらしいよ。今度の追試で合格できないと、高等科に行けないらしい」


 アレックス達は、中等科の卒業試験で優秀な成績を修め、高等科への進学を決めていた。

 王都に来たばかりの頃は、アレックス達にいつも嫌味や嫌がらせをしていた義弟だったが、最近は全く顔を会わせる事が無かった。

どうやら城の自室でずっと引きこもっているらしい。母である王太子妃殿下もご病気と聞くのに、義弟はどうしてしまったのだろうか。


「あんな甘えた奴、放っておいた方が良い」とディックやゴーシュは言うが、仮にも義弟である。

アレックスはグスタフの部屋を訪ねる事にした。

 部屋の前にいる衛兵に声を掛けてもらったが、返事は無いと言われた。側仕えの人達が心配そうにこちらを見ていた。

 そこへいつもアレックスを見ると盗っ人呼ばわりしていた侍従がやって来て、申し訳なさそうに言った。


「王太子妃殿下のご病気は手術が必要なのですが、気鬱の病が酷くなって、手術を拒まれています。

グスタフ王子が妃殿下を励ましてくだされば、手術を受けてくださるかもしれません。どうかグスタフ王子の引きこもりをやめるよう言っていただけませんか?」と頼んできた。


 アレックスは、グスタフの部屋に入った。

アレックスの部屋も広いが、それ以上に広い立派な義弟の部屋には、5人は寝られそうな大きなベッドがあって、グスタフはそこで壁の方を向いて寝ていた。

ずかずかと部屋に入ったアレックスは、椅子をベッドの脇に置いてドカっと座った。そして一方的に話し始めた。


「俺の父さんの話なんだがな。父さんも一時期部屋に引きこもってた事があったんだって」


グスタフの頭がちょっと動いた。


「大怪我を負って、下半身が動かなくなって、医者に子供も作れないって言われたんだそうだ」


「おまえの父は父上だろう。そいつは父親じゃないじゃないか」グスタフが寝たままで口を開いた。


 そのまま、アレックスは話を続けた。「今まで領で一番の狩人だったから、動かなくなった身体が情け無くて、自分で身体を痛めつけたりしてさ。全ての事から逃げて引きこもってたんだって」


グスタフは何も言わず聞いていた。


「そうしたら、ある日母さんがやって来て、父さんがやらかした事で、領の税が2倍になった。それを払う為に、領主だった祖父が魔物狩りに出かけて亡くなった。母さんのお腹の中には俺がいて狩りに行けない。いったいどうしたら良いんだって怒鳴り込んで来たんだって」


「おい、お前の母は伯爵令嬢だろう。なぜ令嬢が狩りに行くんだ。領の騎士や狩人達が行けば良いじゃないか」グスタフは起き上がってこちらを向いた。


「ナーランドはテッサリア大森林と山脈に挟まれた貧しい土地なんだ。男も女も年寄りも子供も皆何か仕事をしないと生きていけないんだ」


グスタフは黙ってしまった。


「父さんは、自分が不貞腐れて引きこもっている間に、大好きな母さんが大変な目に遭っていた事を知って、自分を恥じた。自分は甘えて何もかも放棄してたって」


グスタフは何も言わない。


「父さんは言った。引きこもってなかったら、母さんが大変だっていう情報を耳にしていたはずだった。母さんが自分から助けてって言ってくれたから良かったけど、もう少しで大切な母さんが壊れる寸前だった。父さんは、母さんが壊れかけているのを知らずにいたのが一番怖かったって言ってた。グスタフ、俺はお前にああしろ、こうしろとは言わない。でも引きこもってるお前の周りで壊れかけてるものはないか?何か大切なものを失くしてしまう前におまえも気づけよ」


 そう言ってアレックスはグスタフの部屋を出て行った。

グスタフはベッドの上で動かなかった。


 しばらくしてアレックスは部屋を出て、母親に手術をするよう説得したらしい。王太子妃殿下のご病気が全快したと聞いた。

そしてグスタフが卒業試験を無事合格して高等科に進学が決まった事も知らされた。

 胸を撫で下ろしていた所に、廊下でグスタフに遭遇した。グスタフは、咳払いをすると言った。


「あの後久しぶりに部屋を出たら、母の状態を知らされた。母に手術をしてくださいと説得しに行ったら、僕に黒い瞳を与えられなかった事で苦しめてしまった事を、母が涙を流して私に謝ってくれたんだ。父の行為に傷ついていたのは、僕だけじゃなかったんだって思ったよ。本当に僕は周りが見えていなかったんだな。教えてくれて感謝する。義兄上」と照れくさそうに言った。


 俺は憑き物が落ちたように笑顔を見せる義弟に、肩を叩いて「良かったな」と言ってやった。



 高等科は進路によって専門科に分かれる。

ディックとゴーシュは側仕えの仕事をするからと学費を出してもらっていたが、アレックスが魔力をオーブに入れる仕事をする事を条件に、ディックは騎士科、ゴーシュは土木科に進む事を認めてもらった。

 俺は領主の後継が入る政経科だ。グスタフも同じ政経科に進んだ。

数年前から考えたら信じられないくらい、グスタフはもう昔からの親友のようだ。

勉強を教えあったり、遊びに出かけたりしている。

グスタフの部屋に行ったら、お忍びで来られた王妃様にも謝罪された。

 王妃様は、王家の黒を自分の息子が継いで無い事に驚いて、俺達が赤ん坊の頃、父親のカスタニア公爵に頼んで、ナーランドに行ってもらった事があるらしい。王家の黒を持っていない息子に、せめて王位継承の間にある[勇者の剣]を渡すようにと言いに行ったのだと言われた。

 王位継承の間と言われているのが、実は魔王が作った魔導システムで、勇者の剣は保管されていない。

 しかしあの部屋の事は王太子殿下に口止めされていたので何も言えない。

 だけどナーランドの崖崩れで現れた洞窟で、俺は[勇者の剣]を手に入れている。

折を見て、俺は[勇者の剣]をグスタフに渡せないかと思っていた。



 そして時は過ぎ、俺達は18才になって高等科の卒業の時を迎えた。

去年までは惜しい所で魔導システムは動かなかった。あれから身長も伸び、剣と魔法の訓練で魔力も更に増えた。今年こそは動かせるような気がした。

 王太子殿下に続いて魔王の間に入った俺は、慣れた手つきで虹色のオーブに魔力を入れ始めた。

 すると、オーブはいつもと違う動きを見せたのだ。虹色のオーブが一際光り輝くと、どこからか声が聞こえた。


「魔王と勇者の血を引く者よ、汝の名を名乗れ」


「おお、魔王のシステムが起動したぞ!良くやった!私の名前は、レスター・ド・エミリオ・アスク・オールディアである。アレックス、早くおまえも名を名乗るのだ」


アレックスは、一瞬間を置いて答えた。


「私の名前はアレックス・ナーランドです」


「違う!ナーランドではないだろう!王族の新しい名前を言うんだ!」と王太子殿下は叫んだ。


 すると、また声が聞こえた。


「黒の瞳を持つ者よ。ナーランドの名前を捨て、ナーランドを離れた者にこれを使う資格は無い!ここから失せよ!」


そう声が聞こえてきたと思ったら、王太子殿下の足元に魔法陣が現れた。


「何だこの魔法陣は!」と叫ぶ王太子殿下の声を最後に、彼の姿は光の粒になって消えてしまったのである。


「消えた…王太子殿下が消えてしまった」


アレックスは驚いたが、このシステムが王位継承には関係無く、この大陸の気候や気象を操る装置だという事を母からの手紙で知っていた。

王太子殿下がこのシステムを使って、自分に反発する貴族達の領地を痛めつける可能性がある事もカスタニア公爵から聞いていたのである。

 アレックスは心を落ち着かせるために息を深く息を吸って吐くと、祭壇の上の虹色のオーブを持ち上げて懐に隠した。

そして部屋を出ると、扉の鷲の魔導具も外したのだった。


 その数日後、王家からレスター王太子の死亡と、グスタフ王子の王太子即位が発表になった。

アレックスはあの後すぐにカスタニア公爵に連絡した。公爵がアレックスの関与を隠した結果、王太子殿下は事故死という事で発表されたのだ。

 突然の王太子変更にいろいろ疑問の声が上がったようだが、[勇者の剣]を手にしたグスタフに疑惑の声はやんだ。




(ナーランド領)


「見て!アレックスとディックとゴーシュの3人が帰って来たわ!」


「おお、皆立派になって!」


領民が続々と領主の館の前に集まって来た。

誰かが知らせたのだろう。車椅子のジュードもメラニアも玄関まで迎えに出て来た。


「おかえりアレックス、ゴーシュ、ディック」


「ただいま帰りました!」


「今、ディックとゴーシュの家族にも知らせに行かせたわ。すぐにこちらに来るはずよ」


3人はその後、出迎えた領民達に揉みくちゃになった。「おかえり」「よく頑張った」と長い間明るい声が飛びかった。




「この川の上流にダムを作って水を貯めれば、雨が一度に田畑に流れる事は無くなるはずなんだ」


 王立学園で土木を学んだゴーシュは、ダムの設計に余念がない。

 騎士科で学んだディックは、王都で学んだ魔物の弱点や効率的な討伐方法を騎士団に説明していた。


 

 そしてアレックスは…



「今からここに新しい田んぼを作るからね!」と言って虹色のオーブに魔力を流した。

土が盛り上がったと思ったら用水路ができ、土手が築かれ、土が耕されていく。

あっという間に造成された田に集まった人は驚きを隠せなかった。

 この後、人を集めて一斉に田植えをする予定だ。

そうして秋にはイーニェが実り、美味しい米ができるだろう。皆で稲刈りをしておにぎりにして食べるのが楽しみだ。

 そして春になれば、この一帯のサキュラの木が、一斉にその薄桃の色の花を咲かせるのだ。

 



「アレックスは、またあの部屋に入り浸っているの?」


 アレックスの部屋を掃除しようと思って、部屋に入ろうとしても、寝室に入れないと困ったメイドがメラニアに相談に来た。

アレックスは、寝室の扉に鷲の魔導具を付けて、黒い瞳が無い者は入る事ができないようにしてしまったのだ。

黒い瞳を持つ者は、この国にアレックスただ一人。

この部屋で何をしようが、邪魔は入らない。

アレックスは、この部屋で趣味の木工細工に没頭していた。


「この部屋の扉に鷲の魔導具を付けさせてしまったのは大失敗だったわ」悔しそうにメラニアは呟いた。


「アレックス、サキュラの花が満開になったから、あなたの好きな塩むすびとタキュアンと甘い玉子焼きを持ってお花見に行こうと思ったんだけと、あなたが部屋から出て来ないなら、私達だけで行くわね!」


  ガチャ!


「僕も行きます!」



 これからのナーランドの伯爵夫人には、鷲の魔導具を付けた部屋から黒い瞳を持った伯爵を追い出すという、誠に困難な仕事が待っているようだ。






(ある勇者の話 四)


 勇者は、春になって自分が1本1本植えた桜が満開になった山を見渡した。

山は薄い紅色の桜で覆われていた。

勇者は遠く離れた大切な人に向かって叫んだ。


「おやじー!お袋ー!そっちも桜咲いたかー!


こっちもようやく桜で山がいっぱいになったぞー!


一緒に花見行って酒呑みたかったなー!


栄子、東京の大学受かったら一緒に花見しようって

言ってたのに、約束守れなくてごめんなー!


俺、こっちにも家族ができたから帰れねーわ!


そっちはもう昭和60年とかなったかな?まさか70

年とか80年は行ってないよな?


あっ、そうだ。こっちで家族を持ってから、俺を召喚した国の魔術師が亡命してきてさ。帰還の魔法陣をくれたんだわ。もうこっちで生きるって決めた後にな。

もう俺は使わないだろうから、このナーランドを裏切るような奴がいたら、昭和100年の東京に送るよう置いておいた。

まさかそんな奴いないと思うけどな。



ちくしょー!一回で良いから親父と花見酒したかったなー!



  いにしえの 奈良の都の 八重桜


  けふ九重に にほひぬるかな




綺麗だなー 桜!




本当にきれい…だ…







連載が始まった2週間前は固かった桜の蕾も綻んできたようですね。もうすぐ開花の所もあるようです。

桜の季節の別れは切ないものがありますが、また出会いの季節の象徴でもあります。

ナーランドではサキュラの花をどのように感じているのかと考えたのですか、別れと出会いというより、寒くて辛い冬を頑張って過ごしたご褒美のような美しい花という感じでしょうか?

勇者様が植えたサキュラを楽しむナーランドの皆さんも、サキュラの花が一番大好きな花だろうなと思います。

それでは最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。


今年も皆様、良いお花見を!



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