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奪われた息子

(ある勇者の話 弍)


 勇者は、元の世界に戻る方法を探して世界中を回った。しかしいくつもの大陸、いくつもの国を訪れても方法は見つからなかった。

 そして勇者はかつて魔王と戦った魔大陸を再び訪れた。

魔王を失った魔大陸は、幾つもの勢力が魔王の後釜を狙って争う混沌とした世界になっていた。

その中で勇者は、一度対戦した魔王の娘と再会する。

以前戦って瀕死の重症を負わせた相手だが、戦いが終わった今、彼等は普通に語らうようになっていた。そしていつしか心を通わせ、愛し合うようになった。

 そして結婚した2人は、魔大陸を統一して一つの国を興した。その名を[ナーランド王国]と名付けた。





 メラニアとジュードの結婚式は、父トーマスの喪中という事もあり、家族だけの質素な物だった。

そしてすぐにナーランド伯爵家の家督相続の手続きがとられた。

 ジュードは婚約者時代からトーマスに次期伯爵家当主だと領内に紹介され、当主の仕事を教えられていた事もあり、ジュードの当主継承は問題無く行われた。メラニアは伯爵夫人になったのである。

 そして領の帳簿を確認していた2人は、国に納める魔石や魔物の毛皮、牙の5年分の量が倉庫に備蓄されているのを発見した。

父が毎年少しずつ貯めていたのだろう。通りでジュードの身柄を引き取る為に税が2倍と言われても、すぐに了承したはずである。

父の先見の明にメラニアは感謝した。

あとの5年分の量なら、メラニアが出産してから領民達と計画的に狩りをすれば充分揃うと思われた。

 問題は年3000枚の金貨である。

そこでジュードは一つの方法を考えた。


「メラニア、この間王都に行った時にドレスを作っただろう?」


「あの白のドレスね。この領では舞踏会のような格式の高いドレスを作れるお店が無かったから、王都のお店で作ったのよね」


「それでこれ見てくれる?あのドレスの生地に使わせている魔絹は、ナーランド領で作られているものみたいなんだ」ジュードはドレスの明細書を見せた。

 

「えっ、そうなの?」


 たしかにナーランド領で作られた魔絹が商人によって王都に運ばれていた。ドレスの明細にはナーランド産魔絹使用と書かれていたのである。


「驚いた事に、ナーランドで作られた魔絹が王都に送られると、魔絹の値段が10倍近くになっているんだ。これって買いに来る商人に任せないで、こちらから流通ルートに乗せられたら、もっとナーランドにお金が落ちるんじゃないかな?」


「そんなに違うの?」メラニアもその差に驚いた。


「それにオーク肉はこっちでは干し肉で商人に売っているけど、王都では氷の魔法で冷凍されて生肉で売られていた。値段を見たら干し肉の3倍の金額だったよ。これもうちの氷魔法が使える者に冷凍させて、生肉を運べばもっと高値で売れるかもしれない」


 王都からナーランドに通って来る商人は少なく、今までろくに値段の交渉をして来なかった為に、ナーランドの物は不当に安く買い叩かれているようだった。これは早く対策を考えて、売値の見直しをしなければならない。

 それからジュードとメラニアは、一つ一つ商人達と粘り強く交渉したり、自前の流通ルートを作ったりして、ナーランド産の品の値段を徐々に適正価格に上げていった。

 こうした地道な努力で財政が潤ってきて、2倍になった税を払える目処が立ったのである。


 そうして寒さが厳しい冬のある日、メラニアは男の子を出産した。


「かわいいな〜、色が白くて黒髪で、目がくりっとした辺りはメラニアによく似てる」


「そうね、でも男の子だから身体を鍛えて、ジュードみたいに逞しい男性になって欲しいわ」


 黒髪に黒い瞳を持つ赤ん坊は、アレックスと名付けられた。

ジュードとメラニアはアレックスを二人の子供として、そしてナーランド伯爵家の嫡子として国に届け出た。

産後に母子で過ごす部屋に朝晩来ては、宝物のように大事そうにアレックスを抱くジュードに、本当の親子のようだとメラニアは嬉しく思った。

 しかしメラニアは、同時に不安も感じていた。アレックスの瞳が王太子と同じ黒い色をしていたからである。

その不安な気持ちをジュードに打ち明けると、ジュードはアレックスとメラニアを抱きしめて言った。


「アレックスは俺とメラニアの子供だ。何があってもアレックスとメラニアは俺が守るよ」


 メラニアはそれを聞いて嬉しかった。そしてこれから何も起こりませんようにと祈った。

 そんな親子3人での生活が始まったある日の事、王都から来た商人の口から、その話は知らされた。


「王太子ご夫妻に第一王子殿下がお生まれになったそうですよ。今王都はお祝いでお祭り騒ぎです」


 それはレスター王太子とカトレア妃殿下の間に王子が生まれたと言う知らせだった。

王太子ご夫妻に第一王子が生まれたのなら、アレックスがもう王家に関わる事は無いだろう。

アレックスはジュードの息子として生きる事が許されたのだと、メラニアは嬉しくて飛び跳ねて喜んだ。

 しかし喜びの日々もそう長く続かなかったのである。

 家礼のカイトが、「領内に不審な者が入り込んでいるようです」と報告してきたのだ。

カイトによると、その不審人物は「伯爵家に生まれた赤ん坊の髪と目の色を知らないか?」と聞き込みをしていたそうだ。

 領主家に生まれた子供が披露されるのは、1才の誕生祝いの場からである。赤ん坊の髪や目の色など屋敷に出入りする者は守秘義務を心得ているので話す事は無い。


「そのアレックスの髪や目の色を調べている奴は誰か調べられるか?」


 ジュードは領の騎士団長に調査の依頼をした。

すると、ちょうど王家に王子が生まれた後から、領都の宿屋に泊まっている流れの商人の情報が集まってきた。

その商人は、よく酒場や食堂で人に酒を奢りながら聞き込みをしているようだった。


「今日は、メイドのジョアンに話しかけてきたそうです。ジョアンは相手にしなかったようですが」


「その商人は何者なんでしょう?怖いわね」メラニアは不安そうにこぼした。


「そうだな、だがアレックスはまだ生まれたばかりで外に出る機会は少ない。当面、日光浴や散歩は中庭だけにして、外部から見えないようにしよう。屋敷の使用人達にも、くれぐれもアレックスの事を外部の者に喋ったりしないよう徹底しておいてくれ」


「かしこまりました」とカイトは出て行った。


 そうして情報を出さないように気をつけて、アレックスは1才の誕生日を迎えた。

領主家の嫡男が1才になると、近隣の貴族や付き合いのある領民を招待してお披露目会を開くのが通例である。

 ジュードとメラニアもこのお披露目会は避ける事はできず、招待者に気をつけながらアレックスのお披露目会を開いた。

 伯爵家が代替わりして、あまりこのように賑やかな催し物をしなかったせいで、参加を希望する人が存外に多く、広い伯爵邸でも人が溢れた。

 賑やかにお披露目会が続く中、慌てた様子で家礼のカイトがジュード達の元にやってきた。


「旦那様、大変です。王都から王太子妃殿下の父君のカスタニア公爵様が、お祝いしたいといらっしゃいました。今玄関でお待ちになっております」


「カスタニア公爵閣下が?まさかご本人がいらっしゃったのか?」


「はい、馬車の紋もカスタニア公爵家のものですし、間違いないと思われます」


 慌ててジュードとメラニアは玄関まで迎えに行った。


「いや突然来てすまんな。王太子殿下にお聞きしたら、我が孫グスタフ王子とアレックス殿は義兄弟だと言うではないか。ぜひ祝いを申し上げたくて参上したのだ。祝いの席に、この年寄りも参加させてもらえぬだろろうか?」


「カスタニア公爵様、こんな遠い僻地までよくいらしてくださいました。簡単な席ではございますが、ぜひアレックスに祝いの言葉をかけてやってください」


王国の重鎮、王太子妃の父である公爵閣下がわざわざ祝いにいらしたのだ。ここで追い返すわけにはいかない。慌てて上座に公爵の席は用意された。


「何とも可愛らしいお子ではないか。黒い髪に黒い瞳、王太子殿下にそっくりですな」


 カスタニア公爵にアレックスの存在がバレてしまった。それはジュードとメラニアにとって、かなり悩ましい事だった。

もしアレックスの黒い瞳の事を王太子にしゃべられたら、アレックスを奪われてしまうかもしれない。

 カスタニア公爵はどんな思惑で、ここまでいらっしゃったのだろうか?

ジュードとメラニアは宴の間、不安で仕方がなかった。

 お披露目会が終わり、客達を見送った後、ジュードとメラニアはカスタニア公爵と話す場を設けた。

もうアレックスの黒い瞳の件は、公爵を通じて王太子殿下に伝わるだろう。隠し通す事は不可能だ。

それなら、カスタニア公爵と腹を割って話をして、できる対策を考えるべきだと思ったのである。


「私が今日ここに来たのは、娘である王太子妃のカトレアから頼まれたからなのだ」


「王太子妃殿下が、なぜうちのアレックスの存在をご存知なのでしょうか?」


「我が孫のグスタフ王子は、娘と同じ髪は金色、瞳の色は青だった。王家の色である黒い髪に黒い瞳とは全く違っていたのだ。グスタフに王家の色が出なかった為に、カトレアは我が子グスタフより先に生まれた王太子殿下の子供がいる事に気がついた。王太子殿下が隠しても公爵家が本気で調べれば、メラニア殿のデビューの披露パーティーの一件はすぐに調べがついた。

それで、メラニア殿が王家の黒を持った子供を出産したとわかったのだ。

それに君を王太子の元に連れて行った緑のドレスの女性は伯爵令嬢では無いぞ。王太子が影として使っている女だ」


 ジュードとメラニアはその話を聞いて息を呑んだ。あのデビューの日の屈辱的な出来事は仕組まれていたのだ。メラニアは握りしめた手が震えるのが抑えきれなかった。

 しかし、今は自分の事よりアレックスの事の方が大事だ。国の重鎮、カスタニア公爵から直接情報を得られるこの機会を逃してはならない。

メラニアは無理矢理頭を切り替えた。

アレックスが王家から逃げる方法だけは聞かなければならない。


「話は変わるが、君達はこのオールディア王国を異世界から魔王を討伐する為に、召喚された勇者が建国された話は知っているかね?」


「はい、以前王都に行った時に、王立公園にある勇者様の像を見た事があります。幼い頃、絵本も読んだと思います」


「うむ、この大陸は昔、魔王が治める魔大陸と呼ばれていた。魔王は、世界を征服する為に人間の国に攻め入り、大勢の人間の命が失われていた。

そこでサルディア国の国王が異世界から勇者を召喚された。勇者は魔王を見事討伐して、このオールディア王国を作ったと言われておる」


「その話は学校の授業で習いました。この国の国宝が勇者の剣で、王位継承の象徴だそうですね」


「そうだ、国民にはそう伝えられておる。だが実は私も最近まで知らなかったのだが、王位継承に必要な勇者の剣が保管されている部屋は、城のどこかに隠されていて、そこに入るには黒い髪と黒い瞳が必要らしいのだ」


「黒い髪と黒い瞳ですか…」


「そうだ、勇者様が黒い髪と黒い瞳を持っておられたと伝えられている。ところでメラニア殿は黒い髪をしておられるが、貴女は兄弟はいるかね?」


「いいえ、私は一人娘です。黒い髪を持っていた父も一人っ子でした。でも夫のジュードの長姉も義父も黒い髪をしていますが、関係あるのでしょうか?」


「ジュード殿の髪は茶色だが、長姉だけが黒い髪なのかね?」


「はい、私の兄も妹も茶色い髪なのですが、父と長姉だけが黒い髪なのです」


「ふむ、君達も祖先に勇者の血が入っているのかもしれないな」


「私達に勇者様の血がですか?」


メラニアもジュードも一斉に驚きの声をあげた。


「勇者様の黒い色は長子から長子に引き継がれるそうだ。なぜそうなのかはわからんが、長子以外から黒髪や黒目が出た話を聞いた事が無い」


「では黒髪を持つ私に黒い瞳が継がれないのは何故なのでしょう?」


「それがわからないのだ。だが、黒い髪と黒い瞳を持つ者だけが王位継承の間に入れるのは本当らしい。だから私の孫グスタフは、王太子妃から生まれても王位継承の間に入れないんだよ」


 長子のアレックスだけに王家の色が出て、次に生まれたグスタフ王子に出なかった理由がようやくわかった。

勇者の血を引く黒は、長子にしか出ないのだ。


「我が子に王家の黒が無かった事にカトレアは心を病んでしまってね。出産してからすっかり体調を崩してしまった。いや君達を非難しているんじゃないんだ。デビューしたばかりの女性を襲った王太子殿下に非があるのはわかっている」


「それは…」ジュードとメラニアは、王太子妃殿下の予想外の話に言葉を失った。


「そこでだ、王太子殿下の件は置いておいて、君達は自分の子供が国王になって欲しいと思うかね?」と公爵は聞いた。


「いえ、私達はアレックスにはナーランド伯爵家を継いで欲しいと思っております」


「そうか、厳しい事を言うと、国王になるにはただ王家の色や、勇者の剣があれば良いという訳では無いんだ。

後ろ盾になる親族や、一緒に国王の手足になって政治を動かす、多数の貴族の力が必要なのだ。

 しかし、アレックス君が国王になっても、後ろ盾がナーランド伯爵家では弱い。たぶん先々で政務が行き詰まる事だろう」


「私達はアレックスが国王になる事を望んでおりません。グスタフ王子が国王に相応しいと思っておりますが、一番穏便にグスタフ王子が国王になられるには、どうしたら良いのでしょうか?」


「私も考えたのだが、王家の色を持つアレックス君が継承の部屋に入って、勇者の剣を持って出て、グスタフに渡す事ができれば一番良いのだがな」


「それができるのなら、私達もグスタフ王子が国王になられる為に協力を惜しみません。ぜひその方法でお願いします」


「そうか、君達は本当に王位を望まないのだな。娘と孫に代わって感謝の言葉を言わせてもらうよ。ありがとう。グスタフが国王になって、アレックス君がナーランド伯爵家を継げるように、私が責任をもって動こう。

 今日は祝いの日に突然押しかけてすまなかったね。でも良い話し合いができて良かった。

これからカスタニア公爵家は、ナーランド伯爵家の後見になろう。もし困った事があれば何でも相談してくれ。できるだけ力になる事を約束しよう」

そう言って公爵は帰って行った。


 それからは平穏な生活が続いた。カスタニア公爵からは度々手紙で王家の動きを知らせてもらえるようになった。

 カスタニア公爵は、カトレア妃の気持ちを考え、グスタフ王子を後継にするべきだと国王に進言したと書いてあった。

 このまま、アレックスがナーランドで暮らせれば良いとジュードとメラニアは心から願った。


 そうして、アレックスは両親や周りの愛情を糧にすくすくと逞しく育っていった。

 騎士団長のメルトの息子ディックや、文官のアルゴの息子のゴーシュとは同い年で、仲の良い遊び仲間だ。


「父上、サキュラの木のツボミが膨らんできました!」


車椅子で歩けないジュードに代わって、アレックス達は、子供達で手分けして変わった所が無いか領内を見て回っていた。

10才になって魔法も使えるようになったアレックスは、大人と一緒ならテッサリア大森林の手前の方に入って、弱い魔物を狩れるようになっていた。


「サキュラのツボミが膨らんできたか。じゃあイーニェの苗を用意しないとな。アーク爺に知らせてくれるか?」


「はいわかりました、父上!」


農場頭のアーク爺の元へ元気に走って行く息子に、ジュードは頼もしさを感じていた。


「ジュードどうしたの?顔がニヤけてるわよ」


 狩りから帰ったメラニアにそう言われ、ジュードは両手で頬をペチペチとたたいた。


「そんなにニヤけてたか?いやアレックスが逞しくなったな〜って感心してたんだよ。ついこないだまで赤ん坊だったのに、サキュラの木の山まで毎日見回りしてるんだぜ。木の下の草を刈って蛇に巻きつかれて泣き叫んでたのにな」


「もう10才ですもの。本当、子供が成長するのはあっという間ね」メラニアもしみじみと言った。


「アーク爺、父上がそろそろイーニェの苗を用意してくれないかって!あれどうしたの?」


「アレックス坊ちゃん、これを見てください。雨が降っても全部流れてしまうんで、畑に水が足りなくて枯れてしまうんでさあ。

井戸から水を汲み上げても、この広い畑全部に水を撒けませんしね。このままだと次の雨が降るのを待つ間に半分くらいは枯れちまいます」


 畑を見れば、土の色も乾いて作物も元気がなかった。


「雨がもっとたくさん降れば枯れないの?」


「雨が一度にたくさん降っても作物が流されちまいます。どっかに水貯めて、いる時に使えるようになったら良いんですがね。昔は川の上流に水を貯める池があったみたいなんですが、壊れてもう土台しか残っていません。もあ一度作るにしても、いったいどうやって水を貯めたら良いのか、学が無い私らにはわかりませんしね」


「領の学校では教えてくれないの?」


「領の学校は簡単な計算とか読み書きは教えてくれますがね。難しい学問は王都の学校に行かないと教えてもらえんでしょう。でも王都は生活費も学費も目ん玉が飛び出るくらい高いそうですぜ。こんな僻地の子供は、行きたくても行けやしません」とアーク爺は言った。

 

「そうか、王都の学校に行けば教えてもらえるのか」アレックスはつぶやいた。


 10才になるとナーランド領の子供は全員学校に行くように決められている。無料なので領の学校は皆が行けるが、その上の上級学校は王都に行かないと無いので、辺境のナーランド領の裕福な家は家庭教師を雇って、辺境の学校では学べないダンスや社交マナーを学ぶのだった。


 そして10才になった彼等が学校に通い出した頃の事だった。

ある日、ゴーシュがアレックスの元に駆け込んで来た。


「アレックス様、サキュラの山の辺りで崖崩れがあって、変な洞窟が見つかったみたいです」


「変な洞窟?」アレックスは何だろうと思いながらそちらに向かった。

 そこは本当に変な洞窟だった。壁は白い石でできており、火の気も無いのに洞窟の中が明るいのだ。

そして突き当たりには礼拝堂のような白い部屋があったが、既に破壊されて長い時間が経っているようで、白い石でできた壊れた祭壇があった。


「これ何だろう?祭壇の瓦礫の下に何かある」


壊れた祭壇の下をよく見れば、鉄の蓋があり、その下に何かありそうだった。彼等が力を合わせてどかしてみると、木箱が現れたのである。


「待ってください、アレックス様。中に危険な物が入っていたら危険です」


「じゃ、すぐ逃げられるよう慎重に開けよう!せーの!」というアレックスの声に合わせて3人で同時に蓋を持ち上げた。


 蓋を開けた木箱の中には1本の剣が入っていた。


「すごい、カッコいい剣だ」


一番力持ちのゴーシュが剣を持ち上げてみた。

思ったより軽くて、次に渡されたアレックスでも持ち上げられた。赤い柄を持って鞘を抜いてみると、黒く光る刀身が現れた。


「赤い柄に黒い刃って、絵本にある勇者様の剣みたいだな」ディックの言葉に皆、それだと思った。

しかし子供達には、こんな立派な剣をどうすれば良いかわからなかったので、結局アレックスが父の領主に聞いてみると持って帰る事になった、

 アレックスが父に剣を見せると、ジュードは一瞬息を飲んだ。そして「この剣は大事な物だ。アレックスが大切に保管しておきなさい」と言った。

アレックスは、剣を布をぐるぐる巻きにして、ベッドの下に隠す事にした。




それからすぐに、それは突然やって来た。


「大変です!お館様!この街が王立騎士団に囲まれています!門の前には王太子旗を掲げた馬列が並んでいるそうです!」と血相を変えて家令のカイトが領主の執務室に飛び込んで来た。


 メラニアとジュードは慌てて街の門まで向かった。メルト騎士団長をはじめとした領の騎士団が門を閉ざしたまま王立騎士団と睨み合っていた。


「メルト団長どうした?」ジュードが問いかけると、メルトは言った。


「王太子殿下の名を名乗る者達が、軍勢を率いて門の外に来ております。その数約2000。

今まで王太子殿下が王立騎士団を率いて視察をするという通達は来ておりません。だいたい敵対勢力でもない、自国の領主の元を訪ねるのに、2000もの軍勢を率いて来るとは前代未聞です。抗議して然るべきと思いますが、いかがなさいますか?」


「うむ、王太子殿下がどのような件で軍勢を率いて来られたのか伺う必要かあるな。騎士団は街の外で待機していただいて、王太子殿下と護衛の方だけ領主館にお招きしよう。そう伝えてもらえるか?」


「かしこまりました。では王太子殿下と護衛の者だけ通します」そう言ってメルトは走って行った。


ふと、周りを見ると、街の住民達か不安そうにこちらを見ていた。


「皆、大丈夫だ。王太子殿下が視察でお見えになっただけだよ。王立騎士団が街中に入る事は無いから、皆いつも通りの生活をしてくれ!」


 身体が不自由なのに車椅子で街に出かけて、いつもにこやかに住民達に話しかけるジュードを住民達は「伯爵様」と慕っている。その伯爵様が安心して良いと言ったので、住民達の緊張も緩んだようだ。皆いつもの生活に戻って行った。


 領主館に王太子殿下と護衛が訪れた。


「ナーランド伯爵、久しいな。車椅子での生活で不自由は無いか?メラニア殿もお元気そうで何よりだ」


 カスタニア公爵からの情報で、デビュタントの舞踏会の狼藉は、王太子の差し金だという事はわかっている。しかし、今それを言うのは上策では無いと思って、ジュードは当たり障りの無い挨拶を返した。


「王太子殿下、この度は2000名もの騎士団を率いて、どちらまで向かわれるのですか?」


「伯爵、何、私が辺境に視察に行きたいと言ったら、道中の魔物の襲撃から私を守る為に将軍達が心配して付けてくれたのだ」


「ではこのナーランド領が目的地という訳ですか?

いったい何のご用でしょう?おっしゃっていただけたら、こちらから王都まで参上いたしましたものを」


「いや、ただ私は、私の息子を迎えに来ただけだ。伯爵の手を煩わせるつもり無い」


「私の息子とおっしゃるのは、当家のアレックスの事でございましょうか?あれは私と妻のメラニアの間にできた一人息子でごさいます。王太子殿下のような高貴な血は入っておりません」


「本当にそうかな?アレックスと言う息子が黒い髪に黒い瞳という、王家の血を引いている証がある事は調べがついておる。あのメラニア殿のデビューの時にできた子であろう。王家の血を引く王子を隠し、我が子と偽るのは重罪であるぞ!すぐに引き渡すなら良し!渡さぬというなら外にいる軍勢を街の中に入れるがどうする?何も知らない街の者らは、さぞ驚いてパニックになるだろうなあ」と王太子は口元に笑みを浮かべながら言った。


 こんな日が来なければ良いと思っていた。愛する我が子と引き離される事が無ければ良いと思っていた。

でも、街を2000人もの軍勢で囲まれ、街の者を人質に取られては、領主たる者従わざるを得ない。


「アレックスを呼んで来なさい」と家令に言うと、ジュードは隣で泣き崩れる妻を抱きしめた。


「お呼びでしょうか?」部屋に入って来たアレックスは、泣く母と抱き抱える父。それに護衛に囲まれて。偉そうにふんぞりかえる貴人を見て、良くない事が起こっている事がわかった。


「おお、黒い髪に黒い瞳。確かにこの子は王家の血筋。私の息子だ!」王太子は立ち上がるとアレックスの手を取って抱きしめた。


「あなたは誰ですか?」突然自分を息子と呼ぶ失礼な男にアレックスはちょっとむかついた。


「私はこのオールディア王国の王太子、レスター・ド・エミリオ・アスク・オールディアである。

おまえは、私の息子、オールディア王国の第一王子なのだよ。私はおまえを迎えに来たんだ。おまえの為に城の王族棟に部屋を用意した。王立学園にも入学手続きがとられている。さあ、私と一緒に王都に帰るんだ」とアレックスをぐいぐい扉の方へ押しやって行く。

アレックスは両親の方を見るが、大きな大人に囲まれて両親の顔は見えなかった。


「待ってください。僕は身体が弱いので、慣れた側仕えがいないと体調がすぐ悪くなるんです。側仕えのディックとゴーシュを一緒に連れて行かせてください」


「側仕えか、まあ良いだろう」


「王立学園にも一緒に入学させてくださいね。じゃないと僕の体調をわかっているのは、あの二人だけですから」


「王立学園に側仕えは入れないしな。生徒として入学させて、学園内の面倒を見させる者は必要だな。では側仕えも共に入学させるとしよう」


 屋敷から使いの者がディックとゴーシュの所へ向かった。これで二人も連れて行けるはずだ。


「待ちなさい、アレックス、王立学園に行くなら剣の一本も必要だろう。ナーランド伯爵家に伝わる剣を持って行きなさい」


 ジュードの言葉に勇者の剣だと気がついたアレックスは、部屋に取りに走った。


「アレックス、私達を忘れないでね。あなたは私達の息子なんだから」メラニアは泣きながらアレックスを抱きしめた。


「はい、母上も父上もどうかお元気で、お二人の事は忘れません」


「よし別れも済んだなら行くぞ!」


 王太子は、別れを惜しむメラニア達を無理矢理引き剥がすと、アレックスを連れて出て行った。


 メラニアとジュードは、アレックス達が乗る馬車が見えなくてなるまで手を振り続けた。


「私、アレックスが身体が弱いなんて初めて知ったわ」 

王太子の姿か見えなくなるなり、メラニアは言った。


「そうだな、あれだけ毎日走り回っているのに、学園に側仕えがいないと通えないとか、俺は笑いを堪えるのに苦労したよ」


ジュードも笑みを浮かべながら言った。


「ディックやゴーシュも連れて、アレックスは何か企んでいるわね」


「うん、アレックスならディックとゴーシュの王立学園の学費と王都の生活費を王太子に払わせて、無料ただで彼等を学ばせようくらいは考えてるだろうね」


「もうアレックスたら…親に相談せずに何でも自分でやっちゃうんだから!」メラニアは悔しそうに言った。


「メラニア、あの子は聡い。きっとどうにかして、ナーランドに帰って来るだろう。私達はナーランドを守って、あの子達が元気で帰って来るのを待っていようじゃないか」


「そうね。あの子達が元気て帰って来るまで、ナーランドを守っていかなければならないわね」


 そう言って、メラニアとジュードは子供達が去った方をいつまでも見つめていた。






 










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