最悪なデビュー
もうすぐ春ですね。桜、花粉症、卒業式、そして旅立ちの季節。
という事で、今回は春にちなんたお話を書いてみました。
短編で書いていたら、ちょっと長くなって読みにくくなったので連載形式にしました。
毎週木曜日、3話で完結の予定です。
ではよろしくお願いします。
(ある勇者の話 壱)
その世界では人間が住む大陸と、魔族や魔物が跋扈する魔大陸に分かれて平和に暮らしていた。
しかし魔大陸を統べる魔王が、度々人間の大陸に攻め入るようになった。
魔王を倒す為に人間達は、別の異世界から魔王を討伐する勇者を召喚する事に取り組み、サルディア王国が勇者の召喚に成功した。
勇者は地球の日本という国の男子高校生で、ある日突然、有無も言わさず異世界に連れて来られた事を彼は嘆いた。
それでも魔王を討伐したら元の世界に戻れるという約束を信じて戦い続け、勇者は見事魔王を倒した。
約束通り元の世界に戻してくれと言う勇者に、召喚したサルディア国王は欲を出し、勇者を慕う王女と結婚してこちらに残ってくれと元の世界に戻さなかった。
怒った勇者はサルディア王国を出奔し、一人で放浪の旅に出た。
それ以降、勇者の行方を知る者はいない。
馬車がオールディア王国の首都であるレフティの街を走る。
今日は今年18才の成人を迎えるデビュタント達が、王城で社交界にお披露目される王宮舞踏会が開かれる大事な日であった。
馬車には、ナーランド伯爵家の当主であるトーマス・ナーランド伯爵と夫人のバーバラ・ナーランド。それに今年社交界デビューを飾る一人娘のメラニア・ナーランドと婚約者のジュード・バーナム子爵令息が乗っていた。
「見て!ジュード!お城が照明に照らされて七色に輝いているわ」
「メラニア、立ち上がって大きな声を出さないの。もっと慎ましやかにしないと淑女に見えませんよ!」
瞬時に入った母の指導に、メラニアはやっちゃったという顔をして、改めて椅子に座りすまし顔に戻した。
「まあバーバラ、今日初めてお城に上がるんだ。メラニアも興奮しているんだろう。メラニアも見るもの全て珍しいだろうが今日は大切なデビューの日だ。レディは落ち着いた行動しないといけないよ」と、トーマスはかわいい一人娘のメラニアを軽く諌めた。
「でもお館様、あの七色の光で照らしているのは、魔術の光魔法でしょうか?すごい魔力の持ち主でしょうね?」
ナーランド伯爵家の分家の次男坊で、メラニアの婚約者であるジュードも圧倒的な魔力の光に目が釘付けである。
「あれは王宮魔術師団のシュタイナー団長の仕事だろうな。年に一度の社交界デビューの日を祝って毎年披露してくださる。デビュタント達の未来が輝いた物になるようにとの意味があるそうだよ。だが、あれはただ派手に光っているだけだ。魔物を倒す力も無いし使う魔力も少ない。君達ならすぐに真似できると思うよ。あの光を見ると、ここは魔物に怯えて暮らす必要の無い、平和な場所なのだとつくづく思うな」
「えっ、あの光では魔物を倒せないのですか?あれだけ光るならオークやオーガの群れを殲滅できそうなのに、見た目だけとはもったいないですね」
メラニアもジュードも美しい光に目を奪われていたが、急に興味が失せたように顔をそらした。
ナーランド伯爵家があるオールディア王国の北部は、テッサリア大森林という広大な未開の森が広がり、魔物が跋扈する人間が暮らすには厳しい土地である。その過酷で広大な土地を治める彼等は、毎日魔物との戦いに明け暮れていた。
そんな彼等だから滅多に伯爵領から出る事は無いが、今回は一人娘のメラニアの社交界デビューの為に、実務を家礼と伯爵家の騎士団に任せ、王都レフティにやって来たのだった。
「さあ、もうすぐ城に着く。今日は王国全土からたくさんの貴族が集まる。私は古傷が痛むから国王陛下に拝謁してご挨拶が終わったら、私達だけ宿に引き上げさせてもらうよ」
ナーランド伯爵家は滅多に王都に出てこないので
王都に屋敷を持っていない。そんな貴族の為に格式の高い宿があって、そんな宿の一つに彼等は宿泊していた。
「メラニアのファーストダンスはジュードに任せるから初めての舞踏会を楽しんで来なさい」
トーマスはそう言うと、妻のバーバラをエスコートして控室に向かった。
今日デビューする女性達は全員白のドレス。男性は黒の礼装に胸ポケットには白のポケットチーフを着用するのが義務付けられている。
メラニアは[北の白薔薇]と呼ばれたバーバラ夫人に似て美しく、日頃の狩猟や訓練で引き締まった抜群のスタイルを持っている。今日着ているドレスも王都の人気のある店であつらえたもので、上質な生地で作られたドレスが更に彼女を可憐で美しい令嬢に見せていた。
「それじゃ、俺達も行こうか、メラニア」
ジュードも整った顔で背が高く、素手で熊の魔物を倒すくらい鍛えられた身体を持つ。
そんなジュードがきちんと礼装を着込み、紳士らしく手を差し出したので、こういった事に慣れていないメラニアは、顔を赤く染め嬉しそうにジュードの手を取り馬車を降りた。
「この場に何百人くらいいるのかしら?これだけの人が集まってダンスをするなんて圧巻でしょうね」
「メラニア緊張しているのかい?森でグレートタイガーに出会い頭に遭遇しても、瞬時に火魔法を叩きこめる君が緊張する事なんてあるんだな」
笑いながら冷やかすジュードにメラニアは「森とお城は違うじゃない!」と口を尖らせた。
会場には今年社交界デビューするデビュタント達とその家族。それに招かれた高位貴族達でごった返していた。ジュードもメラニアも初めて見る人の多さと、豪華で煌びやかな王宮に驚きが隠せなかった。
国王の拝謁は公爵家から始まり、侯爵、伯爵、子爵、男爵の順番と決まっている。
両親と合流した2人は、拝謁を待つ列に並んだ。
一段高くなった玉座には、国王と王妃のナーシェ妃が座り、国王の横には王太子のレスターと、先月結婚式を挙げたばかりのカトレア妃が並んでいた。
列が前に進むと国王一家の姿がよく見えるようになる。国王陛下と王太子殿下は黒い髪に黒い瞳を持っていた。
メラニアと父トーマスも黒い髪を持っている。しかし瞳の色は2人とも青い。周りを見ても黒い髪は4人だけで、メラニアは自分と父の髪が王家と同じ色を持つ事を不思議に思った。
メラニア達の順番が来ると、トーマスが挨拶の口上を述べる。母とメラニア、そして婚約者のジュードが紹介され、国王から一言お言葉を賜ると次の人に順番を譲る。
ほんの1分足らずの時間だったが、国王陛下の隣に立つ王太子殿下が、メラニアを上から下まで舐めるように見つめていたのが気になった。
国王陛下の拝謁が終わると舞踏会の始まりである。
両親は早々と会場を離れ宿に戻った。
デビュタント達のダンスのパートナーは父親か婚約者と決められている。
「メラニア、その…今日の君はとても綺麗だ。白いドレスがとてもよく似合うね」
ダンスをしていると、日頃憎まれ口しか言わないジュードが、そんな言葉を口にした。
「ありがとう、ジュードもとても素敵よ。あなたとファーストダンスが踊れて嬉しいわ」とメラニアも真っ赤になりながら応えた。
メラニアとジュードは3回続けて踊ると、一度休憩する為に壁際に移動した。
「何か飲み物を取ってくるよ」とジュードがその場を離れ、メラニアはダンスをしている人々を見ていた。
その時「ドンっ!」と誰かがぶつかってきて、メラニアが「きゃっ!」と驚いた瞬間、白いドレスに赤いワインがパシャっとかけられた。
「あら、申し訳ありません。ワインがかかってしまいましたわ」と謝ってきたのは、緑のドレスを着た若い女性だった。
メラニアの白いドレスの前面に広がっ赤い染みはスカート部分にかなり広がっている。
ドレスにワインがかかった時には、すぐ染み抜きしないと落ちないと聞いていたメラニアは染み抜きしなければと焦ったが、どこに行けば良いのかわからず戸惑った。
「早く染み抜きしないといけませんわね」とぶつかってきた女性は「付いてきてください」とメラニアの手を取って移動しようとした。
「待ってください。私のパートナーが今飲み物を取りに行っているんです」
メラニアの必死の訴えに、女性は近くにいた給仕の男性に「ドレスにワインをかけてしまったから控室に行きます。女性を探しに来た人がいたら控室に来るように伝えて」と伝言を頼むとメラニアを連れて会場を後にした。
女性は控室にいたメイドにメラニアのドレスの染み抜きを頼んだが、白いドレスは赤いワインを吸い込んで布で拭いても完全には取れなかった。
「せっかくの白いドレスなのに申し訳ないわ。お詫びに新しいドレスをプレゼントさせてくださらないかしら?」と申し訳なさそうに女性は言った。
「いえ、白のドレスはデビューの時にしか着ませんし、国王陛下へのご挨拶もダンスも終わりましたので、もう帰ろうと思っていたんです。ドレスは結構ですから、申し訳ありませんが、ナーランド伯爵家の連れのジュード・バーナム子爵令息をここに呼んでいただけないでしょうか?」
「まあ、ナーランド伯爵家のメラニア様でいらっしゃいますか?私リスナー伯爵家のミリアと申します。今日は本当に申し訳ありませんでした。後日にでもお詫びに伺わせてください。今ジュード様をメイドに呼びに行かせますから、こちらに座って待っていましょう」
そう言ってメラニアを傍の椅子に座らせると、ミリアはジュースのグラスを持って来てメラニアに渡して自分も口をつけた。
「メラニア様は王都にはよくいらっしゃるのですか?」
「いえ、ナーランド領は辺境にありますし、その間に高い山もありますので初めてこちらに参りました」
「まあ、本当に!ここまで馬車で何日くらいかかるのかしら?」
「そうですね。途中の山の天気や途中に出る魔物の数にもよりますが、だいたい2週間くらいでしょうか?」
「まあ、魔物が!それは大変な道中ですわね」
のどが乾いていたメラニアは、しばらく話しながらジュースを飲んでいたが、だんだん頭の中がぼうっとしてきたのに気がついた。もしかしたら、これはジュースだと思っていたがアルコールが入っていたのかもしれない。
王城の中で酔って不始末でも仕出かしたらミリアやジュードに迷惑をかけてしまう。
「ミリア様、このジュースにはアルコールが入っているようです。あまり飲まれませんよう」
「えっ、そうなのですか?申し訳ありません。気がつきませんでしたわ。もしかしてご気分がお悪くなったのですか?どうしましょう。身体が揺れてらっしゃいますわ。メラニア様、気を確かになさって!メラニア様!」
遠くでミリアの焦ったような叫び声が聞こえる。
何とか意識を保たなくては…と思ったのを最後に頭のもやはどんどん酷くなって、メラニアはそこで意識を手放した。
メラニアは、ジュードが自分の名前を呼び魔物と戦っている夢を見た。
魔物は黒く見上げる程大きく、とても強かった。
そして魔物は鋭い爪でメラニアを切り裂いた。
「痛い!」激痛に叫んだメラニアを再び魔物の爪が襲う。もうダメかもしれないとジュードの名前を叫んだら、庇うようにジュードが自分に覆い被さってきた。
「メラニア…」血だらけになったジュードが自分の名前を呼ぶ。私は「ジュード、ジュード」と呼びながら必死にジュードを揺すったが、彼は私の腕の中で息を引き取った。
「ジュード!!」
メラニアは、身を起こすと大声で叫んだ。
気がつくと、自分は知らない部屋のベッドで寝かされていた。
ここはどこだろう?メラーニアは直前の記憶を探る。
たしか、王宮で社交界デビューの舞踏会に参加していたはず。
陛下にご挨拶をしてダンスを踊って、ジュードが飲み物を取りに行くって離れた時に、緑のドレスの女性が私のドレスにワインをかけて、染み抜きをする為に控室に行ったわ。そこで女性と話をして…
あれからどうしたのかしら?
「メラニア嬢、目が覚めたかい?」
突然、薄暗い部屋の横から男性の声がしてメラニアは驚いた。
そして声がする方を見て更に驚く事になる。
「王太子殿下…」
そこにいたのは、国王陛下の横に立っていた、この国の王太子レスターだった。
そして気がつけば2人は服を着ていない。
王太子と2人きりの部屋で、ベッドで服を着ずに寝ていた意味に、何が行われたかは昨日デビューしたばかりのメラニアでもわかった。
メラニアは慌ててシーツを身体に巻き付けてベッドから降りた。
「メラニア嬢、誤解しているようだから言っておくが、ここは王太子の専用客室だ。君は昨夜誰かに媚薬を飲まされてこの部屋の前で苦しんでいた。そして物音に気がついた私が部屋の扉を開けると、君は自分の足でここへ入って来たんだ。私は媚薬で苦しんでいる君を見かねて治療をしただけだ」
「媚薬…、その時に緑のドレスを着たミリア様という女性はいませんでしたか?」
「緑のドレス?ああ、君の婚約者を呼びに行って連れて来た女性か。彼女は君の婚約者をここまで連れて来た。しかしこの部屋は私が許した者しか入る事は許されない。それなのに君の婚約者はこの部屋に押し入って来て私を殴ったのだ。当然彼は衛兵に身柄を拘束された。今は地下牢にいるはずだよ」
「ジュードが地下牢に…」
ジュードは大丈夫なのだろうか?メラニアはジュードが無事なのか聞いた。
「彼は生きているはずだよ。衛兵達に拘束されて地下牢に歩いて向かったはずだ」
メラニアはその言葉を聞いて、夢で見たジュードの死が本当に起こった事では無いとわかりほっとした。
そして慌てて身につける着替えを探した。そんなメラニアに王太子は言った。
「今回は、君の治療の為とはいえ、私にもデビューしたばかりの女性と関係を持った責任かある。
君を私の側妃として迎えようと思う。ナーランド伯爵にはさっき使いを送った。今頃こちらに向かっているはずだ」
王太子がそう言うと、メイドが2人入って来てメラニアを別室に連れて行き、新しく用意されたドレスに着替えさせた。
「ジュードに会わせてください」
着替えたメラニアは王太子に詰め寄った。ジュードの無事な姿を確認したかったのだ。
しかし、王太子の対応は冷たいものだった。
「彼は私の部屋へ無断で押し入って私を殴ったのだ。ただで済むはずがない。王族に暴力を振るった者は死刑と決められている」
「そんな…何とかなりませんか?彼は婚約者の私を救おうとしただけです。王家に刃向かう意志はございません」
「だから彼を救いたいなら君が私の側妃になれば良い。君が側妃になれば君の名誉も守られるし、この部屋であった事も、婚約者が私を殴った事実も無かった事にできるだろう。さあどちらを選ぶ?」
そこへ侍従の1人が入って来て「ナーランド伯爵夫妻が到着しました」と知らせた。
そうして私は王太子殿下に連れられて、王族の応接室に向かったのだった。
部屋に入ると両親が心配そうな様子で待っていた。
「王太子殿下、この度は娘と婚約者のジュードがご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした」
父の謝罪に王太子殿下は徐に答えた。
「ナーランド伯爵、娘にも言ったが、君の娘は社交界デビューしたばかりの身でありながら、媚薬を飲んで私の部屋に1人でやってきた。私は媚薬を飲まされて苦しんでいるメラニア嬢を気の毒に思い治療したのだ。
そこへジュードとか言う男が押し入って来て私を殴った。王太子である私をだぞ」
それを聞いた両親は真っ青になっている。
「申し訳ありませんでした。ですが媚薬の治療とはいえ、娘に無体な事をされ婚約者のジュードも堪えきれなかったのでしょう。ここはデビューしたばかりの娘の名誉の為にも、何卒穏便に取り図っていただけないでしょうか?」
「だから、私は娘に私の側妃になれと言っておるのだ。それなら娘の名誉も守られるし、その場合、ジュードの身柄も条件次第で釈放してやっても良い」
「いやしかし、メラニアはナーランド伯爵家の一人娘で跡取りでございます。
メラニアとジュードは領地に帰ってすぐに結婚する事が決まっておりまして、側妃にとおっしゃられても一人娘のメラニアには代わりがおりません」
「ほう、では伯爵は娘がこの先社交界で媚薬を飲んで男漁りをした、ふしだらな娘と鼻つまみ者になっても良いと申すのか?人々の口に娘の下世話な話がのぼるのだぞ?とても若い娘には耐えられる事ではあるまい」
「それは…」
娘がこの先受ける未来を想像して、父は口を閉じてしまった。
「王太子殿下、私から希望を申し上げてもよろしいでしょうか?」
メラニアは震える声を振り絞って言った。
そして王太子の許可を得てメラニアは言った。
「私は自分の名誉を守って頂かなくて結構です。私
達は今までも辺境のナーランドの地で領民達と魔物を狩って生きてきました。これからもジュードと結婚してナーランド領を守りながら暮らしていきます。ですから私に社交界の名誉は必要ありません。
お願いです。どうかジュードを私にお返しください。それだけでこれからもナーランドは王家の為に尽くすとお約束します」
「メラニア…」伯爵夫妻は、自分の名誉は必要無い。ジュードだけが必要だと言うメラニアの意志を聞いて覚悟を決めたようだ。
「王太子殿下、メラニアもこう言っております。何卒ジュードの件、穏便に取り計らっていただけないでしょうか?」
伯爵夫妻とメラニアが必死に頭を下げているのを見てしばらく考えた王太子は徐に言った。
「良かろう。ジュードは釈放してやろう。しかし条件がある。今後10年間ナーランド領の税は今までの2倍だ。それがのめるならジュードは釈放してやろう」
「2倍…」メラニアは今までの伯爵領の税金を思い出した。
毎年魔物から取る魔石が1500個。牙や毛皮が1000グロン、金貨が1800枚である。
「これが2倍…。魔石が3000個。牙や毛皮が2000グロン。金貨が3600枚…」それは辺境でテッサリア大森林と山脈に挟まれた豊かとは言えないナーランド伯爵領にとって、とても痛い出費であった。
「承知致しました。その条件で結構でございます」
だからその場で迷い無く了承した父にメラニアは驚いた。父がジュードを取り戻す為に即座にそう言ってくれた事にメラニアは涙が出るほど嬉しかった。
私とジュードで働いて働いて、死にものぐるいで働いて、必ずこのご恩は返します。とメラニアは心に誓った。
両親とジュードを迎えに地下牢に行くと、ジュードは牢の中で酷い怪我をして意識が無い状態で倒れていた。手足を縛られて一方的に暴力を振るわれていたようだった。
「ジュード!ジュード!しっかりして!」
ピクリととも動かないジュードは、かろうじて息はあったが、立つ事も歩く事もできない状態だ。
「これは酷い…頭から出血して全身も傷だらけだ。このままではジュードは死んでしまう」
伯爵はすぐに人を呼んで馬車に乗せ、病院に駆けこんだ。すぐに医師に診てもらい、ジュードはすぐに入院する事が決まった。
「彼は緊急手術が必要です。それに手術が成功しても彼の命は今夜が峠でしょう。そして運良く生き残ったとしても、この後彼が再び自分の足で立って歩く事はできないと思われます。どうされますか?」
医師の言葉にメラニアは目の前が真っ暗になる思いだった。自分が迂闊にも媚薬を飲まされてしまったからジュードがこんな目に遭ってしまった、私は何て事をしてしまったのだろう…。メラニアは涙が溢れて仕方なかった。
「先生、命だけは助けてやってください」
父の言葉にメラニアはジュードの命がまだ救われていないのだと気がついて、医師に「助けてください」と懇願した。
昼過ぎに始まった手術は夜になってようやく終わった。ジュードの容体は安定せずジュードは麻酔をかけられて眠っていた。
「お父様、今日はジュードを地下牢から救って、手術を受けさせて頂いてありがとうございました。おかけでジュードの命は助かりました」
泣いて感謝の言葉を述べる娘に父は「良いんだよ。彼はおまえに必要な男だ。死なせてなるものか」と言って慰めた。
ジュードには私が付いているからと両親を宿に帰らせて、メラニアはジュードのベッドの横に座った。
ジュードの顔は殴られてパンパンに腫れ上がり、紫色に変化して包帯がぐるぐる巻きにされていた。ガウンを着ているので見えないが体中も包帯で巻かれているだろう。
「ごめなさい、ジュードごめんなさい…」
ジュードの唯一包帯が巻かれていない左手の指を触って、メラニアの謝罪の言葉は一晩中続いた。
次の日の朝、「どうやら峠は超えたようです」という医師の言葉にメラニアは大きく安堵の息を吐いた。
しかしジュードはまだ目を覚さない。メラニアは必死になって神に祈りを捧げた。
ジュードが目を覚ましたのは、それから2日後の事だった。
伯爵夫妻はジュードが助かったのを確認して、急ぐ仕事の為ナーランド領に先に帰った。メラニアはジュードの病室に泊まり込んで付き添いに当たった。そうして必死な看護の末、入院して1ヶ月後ジュードを病人用の特別な馬車に乗せ、ようやく彼等はナーランド領に帰ったのであった。
メラニアとジュードは帰ったらすぐに結婚式を予定していたので、新居用にナーランド伯爵邸の離れにあった屋敷を改造して新居を用意していた。
その新居の1階にあった客室にジュードの病室が用意された。
医師に言われた通り、ジュードの下半身は麻痺して立つ事も歩く事もできなかったのである。
「くそっ!」そう言ってジュードは動かない自分の足を拳で殴るようになった。
「やめて!ジュード!足が動かないのが何だって言うのよ。わたはあなたの命が助かっただけて嬉しいわ。自分の身体を傷つけないで!」
「メラニア、お願いだ。俺をテッサリア大森林に捨ててくれ。こんな役にも立たない身体、魔物に食わせた方が皆の迷惑にならないだけマシだ」
「そんな事言わないで!私はあなたを愛しているし、あなたと一緒にいたいの!下半身が動かないだけで元気に暮らせるじゃないの。車椅子でどこにでも行けるじゃない!できない事よりできる事を見つけましょうよ!」
「医者にも言われただろう?俺の下半身はもう動かない。子供を作る事もできないって言われたじゃないか!おまえは別の男と結婚するべきだ。
そうしてかわいい子供を作ってナーランド伯爵家を継いだ方が良い!役立たずな俺の事は放っておいてくれ!」
メラニアの声はジュードに届かなかった。固い殻に閉じこもってしまったジュードに届く言葉は無く、ジュードは実家の子爵家に帰ってしまった。
メラニアは毎日泣き暮らした。
そんなメラニアに、周りもどう接したら良いのかわからず途方に暮れていた。そんなある日…
「うっうっ…おえっ!」メラーニアの身体を不調が襲った。そうやって吐き続けるメラニアに母のバーバラが気付いた。
「メラニア、あなた妊娠しているんじゃないの?」
「妊娠?」
メラニアはそう言えばと最近の体調を考えると妊娠の可能性があると思った、
だけど妊娠した原因は、あのデビューの夜での事しか考えられない。
この子の父親は王太子殿下…と思うとぞっとした。子供ができて嬉しいとはとても思えなかった。
母に連れられて受診すると、医師に「間違い無く妊娠しています」
伯爵令嬢のメラニアの事は医師もよく知っている。
「産む産まないの判断は早い方が良い」と言った。
「どうしよう…」
結婚して一緒にナーランドを盛り立てて行こうと約束したジュードは実家に帰ってしまった。
そしてナーランドに課せられた税は2倍になった。
本当なら、自分は増えた税を払う為に森に入って、休み無く魔物を倒し続けなければならない。でも妊娠した身体では動こうにも動けない。
一番の戦力だったジュードがいない今、とても今年の税を払いきれないだろう。
子供を下ろして自分が我武者羅に働くしかない。
ても子供を下ろすという判断がどうしてもできず、メラニアは医師への連絡ができずにいた。
そんな時に更に悲劇が重なった。
ナーランド伯爵家当主である父トーマスが、魔物討伐に出て魔物に殺されたのである。
若い頃は向かう所敵なしで魔物を葬っていたトーマスだったが、5年前に大怪我をしてからは魔物討伐を引退していた。
今回、古傷を押して領の騎士達と自ら討伐に行き、魔物に囲まれて逃げ遅れたのである。
父の葬儀で母とメラニアは、もう爵位を返上するしかないと話した。もうそれしか手立てが無かったのである。
お腹の中の子の胎動を感じたのはそんな時だった。
「動いてる」
ここに確かに命が育っている。命が…
メラニアは即座に行動を起こした。
バーナム子爵家の屋敷に行き、ジュードの部屋の扉を強く叩いたのだ。
「ジュード、お父様か亡くなったわ。魔物狩りで魔物に殺されたの」
メラニアの声を聞いて、ジュードは締め切っていた扉を開けた。
「お館様が?何て事だ!」
引きこもっていた実家の部屋で情報が届いていなかったのだろう。ジュードは驚いて言葉を失った。
「それから私、妊娠したわ。あの時の王太子の子よ」
「メラニアのお腹に子供が…」
もうこうなったらショック療法だ。洗いざらいぶちまけてやる!もう失う物は何も無いと言わんばかりにメラニアは叫んだ。
「ジュードの身柄を解放する為にお父様は、ナーランド領の税が今年から2倍になる事を了承したわ!ははっ!おかしいでしょ?お父様が亡くなって、私は妊娠して動けない。なのに税は2倍。どうしたら良いのよ…私わかんない!ジュード、どうしたら良い?」
泣いて叫ぶメラニアを見て、ジュードはしばらく動かなかった。そしてゆっくりメラニアに近づくと抱きしめて言った。
「俺が悪かった!俺が不貞腐れていた間にそんなに大変な事があったとは知らなかったんだ。
離れてよくわかった。俺はメラニア一人に何もかも押し付けて甘えていたんだな。メラニア結婚してくれ!君を愛しているんだ。だからその重い荷物を俺にも背負わせてくれ!」
メラニアはジュードに抱きついて泣いた。ジュードがいてくれたら何も怖い物は無いと思った。
頭が沸騰しそうなくらい嬉しかった。




