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開放

「大変長らくお待たせいたしました。只今よりゴルギアス教団の教祖、白草カールマン先生による講演会を開催いたします。皆さま、どうぞ拍手でお出迎えください!」

 湧き上がるような拍手と共に、金の装飾で縁取られた大舞台の幕がゆっくりと上がっていく。その内側から神殿のようなセットが姿を現した。両脇には大口を開け堂々とたたずむ金のライオン像。中央には一段一段大理石を削って作られたと思しき石の階段。どちらも単なる舞台セットとは思えない豪華さだったが、階段の頂上に集中するスポットライトのまぶしさの前には霞んで見えた。


光の中には黄金の袈裟をまとい、冠に頭を納め、銀色に光る一本の杖を握った男がたたずんでいる。その姿を見たテレスはうさん臭さを通り越してもはや滑稽にすら感じていた。だが一方で、男の姿を見初めた途端、会場のあちこちから歓喜の声が聞こえてくる。

「ようこそゴルギアス教団へ。ここにおられる皆様は今夜、神の化身である私の教えによって、世界で最も優れた技術を習得することになるでしょう。その技術の名は、弁闘術バトリケー

かつてこの国では言葉によって相手を論破し打ち負かす弁論術レトリケーというものが流行りました。しかし、私は修行によってそれを凌駕する高度な術をマスターしたのです」


カールマンが持っていた杖を振りかざすと、舞台上に一人の男が姿を現した。しわだらけのスーツに身を包み、頭の禿げかかった初老のビジネスマンだ。

「教祖様! お話し中に申し訳ございません。ですがどうか、私をお助けください」

 彼は両手を組んでカールマンの前にひざまずくと、目に涙を滲ませた。

「これはこれは狩暮かりくれさん、どうしました?」

 いつの間にか階段を降りていたカールマンが彼のもとに駆け寄り、優しく声をかける。

「私はある会社に三十年勤めていました。ですが今日、リストラを宣告されたのです」

「おやおや、それは急な話ですね」

「今じゃこんな老いぼれですけどね、若い頃は誰よりも歩き回って契約を勝ち取り、ようやく昇進できると思った矢先にこれです。あんまりな仕打ちだと思いませんか!」

「若手時代、必死に頑張った見返りとして、安定した地位を求めていたのですね」

「そうです。それがどうしてこんなことに……いっそ死ぬしか」

「お待ちなさい!」

 カールマンの声が会場に轟いた。

「そんなことでやすやすと死んではいけません。あなたの状況は考え方次第で一変しますよ」

「何ですって!? こんな私にまだ救いがあるとおっしゃるのですか?」

「その通り。ただし、神の化身であるこの私に、ご自身の持つ一番価値あるものを捧げればね」

「一番価値のあるもの……今の私には若い頃に買ったこの腕時計しかないが」

「それで構いません。むしろ世間的に見ても価値の高い品の方が良いのです。それを私が神への供物として捧げ、今後の人生をより良い方向に導いて差し上げましょう。はあああ!」


 カールマンは杖を振り上げ、天を見上げた。スポットライトがその姿を妖しく照らし出す。その直後、舞台端に立っていた一対のライオン像がむくりとうごめくと、まるで本当に生きているかのような咆哮を上げ、狩暮の前に飛び出して来た。呆気にとられる観客を前に、二頭のライオンは狩暮かりくれの周囲をぐるぐると回りながら、カールマンの声で彼に語りかけた。


「「そなたは決して天に見捨てられたのではない。むしろ今、まさに人生の転機に立っておる。三十年の営業経験は、大学を出たばかりの若造には決して持ち得ぬ貴重な代物だ。そんな貴重な人材を簡単にクビにしてしまう会社など忘れて、転職するのだ。そのためにはより饒舌に、かつ説得力のある自己紹介が必要となる。そなたが今夜ここを訪れたのは、そなた自身それを理解し、弁闘術バトリケーを求めたからではないか? 弁闘術バトリケーの完全なる習得も確かな経験が必要となる。さすればそなたがすべきことはただ一つ。偉大なるゴルギアス教団に深い忠誠を誓い、全てを捧げよ。そうすれば、かつて望んでいた時よりも遥かに高い地位に就くことが出来るであろう」」


「ああ、偉大な教祖様! 私の人生は断じて終わっていない。むしろ始まっているのですね! 万歳! ゴルギアス教団万歳!」

 狩暮かりくれに触発されたように、客席は今までで最高潮の盛り上がりを見せた。異様な熱気の中、次は自分がとばかりに宝石や金品を手にした観衆たちがカールマンに駆け寄っていく。


「お静かに! お静かに願います。先生にお話を聞いてもらいたい方は一列にお並びください」

 舞台の前に立った幌巣ほろすが、沸き立つ観客をマイクで静止している。

「いやぁ~。やっぱホンモノは違うなぁ。素晴らしい説得力だ。さ、僕たちもあの長蛇の列に早いこと並んで、亜帝内での正しい生き方について聞きに行こうテレス……テレス?」

 アンディは鼻息を荒げ、隣の親友を引っ張っていこうとした。ところがその席は空っぽだ。さっきまでそこに座っていたはずのテレスの姿はどこにもなかった。

 

「はぁ~」

 会場の熱気を背に、テレスは大きなため息を吐いた。あの異様な空間から解放された安心感、同時にその空気に完全に飲まれている親友に対する失望感の入り交じった複雑な吐息だった。

彼に言わせれば、ショー自体の出来はお世辞にも褒められたものではなかった。ライオン像が生きているように動き出し、カールマンの口調で喋った時は流石に度肝を抜かれたが、その口から語られた内容は、冷静に考えれば誰でも思い至るような当たり障りのないことだ。とても高価な腕時計を捧げるような価値がある説法とは思えない。


そもそも弁闘術バトリケーというもの自体がテレスにはよく理解できなかった。カールマンはライオン像を喋らせて得意げになっていたが、あれが巷のうさん臭い手品とどう違うというのか。演説の序盤で割り込んできた狩暮かりくれとかいう男は間違いなく教団の回し者だろう。神の化身だか何だか知らないが、あんなもので布教活動と言い張るのなら相当肝が据わっている。観客も観客だ。洗脳でもされていなければあの程度で熱狂できる訳がない。洗脳でも……


 このいかれた場所から一人で逃げ出すのは簡単だ。だがテレスが怪しいと思いつつわざわざ足を踏み入れたのは、親友を正気に戻すためだった。カフェで再会した時から何となく察しはついていたが、アンディはゴルギアス教団に相当深く入れ込んでいる。

「もう!」

 テレスは走り出した。アンディがどれほど洗脳されていようと、行くと言ったのは自分だ。勝手に逃げ出せば残された彼は何かしらの制裁を負うだろう。かといってあのショーをずっと見続けていれば二人とも本当におかしくなってしまう。ならば方法は一つしかない。ショーが盛り上がりを見せているこの隙に、アンディを外に引っ張り出して説得し……

逃げる!


「おーい」

 ふと歩みを止めた。誰かに呼び止められた気がしたのだ。が、見渡しても人影はなく――


「おーい。そこの君」


「ひゃっ!?」

 少年は思わず身構えた。先ほどよりはっきりと、自分を呼んでいる声が聞こえる。振り返ると、通り過ぎた部屋の扉が半開きになっているのに気がついた。声の主はこの中にいるらしい。

「だ、誰か呼びましたか……」


 ゆっくり扉を開け、恐る恐る中を覗き込む。薄暗い灯りの下、部屋の奥に一人の青年が磔にされていた。驚いて駆け寄るテレス。しかし二人の間には冷たい鉄格子が立ちはだかっている。

「だ、大丈夫ですか? 大丈夫ですか!」

 鉄格子を握りしめ、ガシャンガシャンと激しく揺らす。そのあまりのうるささに耐えかねたのか、青年がゆっくりと顔を上げた。体中に傷や打撲の跡があり、左目には痛々しい青痣。唇は切れ、額からは血を垂れ流している。その無残な顔がこちらを捉えた瞬間、わずかにほころんだ。

「大丈夫ですか!?」

「へ、へへへ」


 まいったぜ。そう言いたげに、青年は乾いた笑みを浮かべた。

「なぁ君、悪いんだけどさ、ちょっとここのロック解除してくんねえか」

「え、ここのですか? でも僕、番号知りませんし……」

「俺が知ってる。今から言うからその通りに入力してくれよ。四、八、七、三、七、六……」

「あああちょっと待って!」

 言われるがままに、扉に備え付けられたオートロックのボタンを押す。やがてピーっという音声と共に錠が外れる音が薄暗い部屋に響いた。

「やったぜ。サンキューな」

 青年は感謝の気持ちを込め、右目で微かにウインクすると全身の力を両腕にこめ始めた。

「ふんぬううおおおおおおお!」

「ちょ、ちょっと!」

 テレスは一瞬、彼が何をしようとしているのか理解できなかった。腕力だけで自分の両手を縛る鎖を強引に引きちぎろうとしていると気づいた瞬間、重々しい金属音とともに鋼鉄の鎖がはじけ飛んだ。この男、見かけによらずとてつもない怪力の持ち主だ。

「す、凄い……」

 呆気にとられているテレスを尻目に青年は両足を縛る鎖をも同じようにして引きちぎると、試合前のアスリートのように肩や足首をぶんぶんぐりぐり振り回した。服はボロボロ、裂け目から覗く皮膚も傷だらけだが、本人にはまるで応えていないようだ。

「まったく、効きもしないのにずいぶんねちっこくやってくれたもんだ。ドグサレ信者どもめ、ただで済むと思うなよ」

「あの~」

「ん? ああそうだった。まずあんたに改めてお礼を言わないとな。ありがとよ!」

 青年は突然両腕を広げると、テレスを力いっぱい抱きしめた。

「ど、どういたしまして……」

 テレスは全身で感謝の意を示す青年を押し返し、改めてその身体をまじまじと見つめる。

「でもその傷、本当に大丈夫ですか?」

「へーきへーき! こんなもん日常茶飯事だから」

 肩にかかった埃をぱんぱんとはらいながら、青年は素っ気ない態度で答えた。

「た、タフなんですね……」

「へへ、まあな。ところで君、助けてくれたってことはあいつらの仲間じゃないんだろうけどこんなところに何の用だい?」

「え? えーっと……僕は今日初めて亜帝内あていないに来たんですが、前からここに住んでいる友達に強引に誘われてゴルギアス教団の講演会に……」

 話している内に、脳裏に再びアンディの顔が浮かんだ。ここで油を売っている場合ではない。

「すいません。大事な用があるので、これで失礼します」

 テレスは一礼すると全速力で部屋を飛び出し、会場へと足早に戻っていった。背後から青年の声がこだまする。

「お、おい! どこ行くんだ」


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