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My Little Blue Bird.  作者: TOKIA
第一章
4/11

1(哲平視点)



高校を卒業して二年半が過ぎた頃の話だ。

高校卒業後、受験に大失敗し浪人寸前で名も知れぬような三流大学に滑り込み進学出来たまではいいがそれから一年経たぬ間に退学し、就職するでもなくフラフラしていた俺はいつの間にか二十歳になっていて、成人になった実感なんて微塵も伴わないままにフラフラとフリーターのような事を続けていた。


無論このままでいいわけがなく、このままではいけないと自分でも思ってはいるのだが。二十歳になった折、これを機会に、と一念発起し本気で就職しようと思い立ったのだが、いかんせん現代の日本という国は俺が思ってたより若者に優しくなかったらしい。


そりゃあね。俺だって頑張ってはみたさ。自分なりにね。

世の中バイトだけで生計を立てて行けるほど甘くないんだから。

夢追い人になる程熱中出来るものもないし。

なんだかんだ言ったって定職について安定した生活を送るのがいいに決まってるじゃん。訳あって親のスネはかじりたくてもかじれませんし。


で、まあ、雑誌や広告を片っ端からかき集め電話しまくり職安とか知り合いのツテを方々当たりまくり面接受けまくりで仕事を探し回った結果としては――――惨敗。

いやもうね、泣くよりも笑えてきましたよ。

大学中退で何の資格もスキルも持たなければ学生としても社会人としても出来損ない以外の何者でもない。それが俺なのだと思い知らされただけだったわけで。



…………ああ、どこか遠くへ旅に出たいなあ。(現実逃避)


得てして不幸というのは続くもので、退学して以来働いていたバイト先がついぞ潰れてしまい現在絶賛無職中。経営怪しかったのはしってるけどいきなりすぎだっつの。しかも店長夜逃げして最後半月分の給料もらえず終い。オーマイガー。


貯金なんて全くしてなかったので先立つ物もなくお先真っ暗。このままだと近いうちにのたれ死に確定だ。放っといても空の上に行けてしまう………。

ロック用語で言うところのノーフューチャー。

……ロック用語で言った意味? そんなものあるわけないだろう?


なんとか日雇いバイトや短期バイトで食い繋ぐ毎日。一日の食費は三百円くらい。仕事のない日もあるからね。むしろそっちの方が多いけどね。


そうして、そんな風に先の見えない綱渡りをするような日々を過ごすうちに更に二年が経過していた、いつの間にか。無駄すぎる二年だった。


ある人は言う。

いかにゴキブリ並の生命力を持っている人間でも限界はある、と。

本当そのとおりだと思います。


「…………はらへった」


というわけで抱えた枕で腹を押さえながら布団で丸くなって空腹を紛らわしている俺。約一週間仕事にも食事にもありつけず体にも限界が近づいてきたらしい。塩と水だけの生活はもう嫌です。


「…………はらへった」


正直口を開くだけでも気が遠くなるが定期的に声を出してないとそのまま意識が飛んでしまいそうなのだ。

ゴキブリのような生命力を持つと言われながらもミジンコ以下の生活力しか持たない。金もなければ未来もない。


それが俺。佐隈哲平。





―――本日、この日をもって二十三歳になった。










###










遠のく意識の中、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。


「てっちゃん。てーっちゃん」


おお、とうとう幻聴が聞こえてくるレベルに達したか………。どうやら俺はここで死ぬらしい。

一度でいいからトロを食ってみたかったぜ。


「幻聴じゃないから」

「ぐ、ぉ」


殴られた。

すげえぜ。今度は幻覚だ。しかも割と痛い。


「幻覚でもないし。ていうか殴ってないよ。小突いただけ。いいから、起きて。このままだと死んじゃうから」

「須美、か………?」

「うん、そう」


聞きなれた声に俺はうっすらと瞼を開いた。


松永須美。

年は十五。確か今年高校に上がったばかり。

俺との関係は…………一応幼馴染みと言ったらいいのか。実家のお隣さんであり俺の親の三十年来の親友でもあるおじさん夫婦の一人娘だ。俺が小学生の時に産まれた須美の年齢=俺達の幼馴染み歴ということになる。

須美の両親はこれがなかなか忙しい人で小さな頃の須美はよくうちに預けられていた。誤解のないように言っておくと須美の両親はちゃんと娘を愛しているし、須美の方も両親の事情をちゃんと理解し尊重も尊敬もしている。

まったく俺とは大違いだ。この辺が須美の立派なところである。


ともあれ、幼い頃の須美の遊び相手はもっぱら俺だったのだ。

最初は正直嫌々面倒を見ていた感じだったがいつの間にかそれが自然になっていった。須美は小学校に上がる頃になると家事スキル&世話焼き資質が覚醒し始めていたので逆に俺が面倒見てもらってたくらいである。

友達や兄妹の様に育つには年が少し離れすぎだとも思うのだが何故か気が合う。波長が合うというか一緒にいて無理がない感じだ。無論、世代の違いによるカルチャーギャップは否めないが。


ただ、昔プロ野球の観戦に連れていってやった事があり、それ以来須美は無類の野球好きになって共通言語が増えた。俺達は二人共地元のプロ野球チーム『永浜レイクスターズ』のファンなのだ。


そういうわけで、その頃からよく慕ってくれていたのを感じていたのだが俺が一人暮らしを始めてからより一層べったりになり、しょっちゅう遊びに来るようになった。

大概の場合、差し入れを持って来てくれて飯を作ってくれたりするので助かってもいるのだが。

ちなみに何故俺の知らない間にこの部屋の合鍵を持っているのかはいまだに謎だ。まあこのアパートの大家が須美の祖父ちゃんなので、そのルートで手に入れたんだろうと思うが。


「うぅ………あと五分死なせてくれぇ………」

「何言ってるの」


俺の死力を尽くした(文字通り)渾身のユーモアに冷静にツッコミを入れて、ゆっさゆっさと俺の体を揺さぶってくる。


「面白くないよ」


相変わらずドライな反応だがとりあえず人の体を揺らすのはやめてほしい。地味に辛いから。


「さっさと起きなさい」

「むりぃ………」

「無理じゃない。根性でも気力でもなんでも振り絞って起きるの」


こいつ、無茶苦茶言いやがる………。


「今から十秒以内に起きないと大変な事になるからね」

「あー………?」


どうなるってんだよ。


「十秒以内に起きなかった場合、今後てっちゃんのあだ名が『腐れニート野郎』になる」


なん……だと。


「…………おれは、ニートじゃ、ねえぇ…………」

「似たようなものだから。無職で引きこもり」

「………………」


やべえ。何も言えねえ。


「はい、じゃあカウントダウンします」

「待て、ちょっと待て」

「待たない。起きたらご飯作ってあげるから頑張って」


マジか。


現金なもので人間の体とはつくづく欲求に対して忠実なもんなんだと思った。ご飯という単語を聞いた途端体に力が戻ってきた気がする。多分気のせいだが、気の持ちようは大事だ。

ボヤけた視界に白い物体を捉える。よく見ると文字らしきものが描かれている見覚えがのあるビニール袋らしきもの。近所のスーパーの袋がこんなデザインだったはずだ。

いつも世話を焼きに来る須美を煩わしく思ったりする(たまにだよ?)こともあったが今はただありがたい。


「はい。じゅー、きゅー、はーち……………」


カウントダウンが始まった。

とりあえず体を起こすべく上半身に力を込めてみよう。

だってニートなんて呼ばれるのは嫌だ。あと何でもいいから腹に入れないとマジで死ぬ。


「ぬうぅぅ」


頑張って起き上がろうとしてみる。


「んぬぁいっ!!」


痛っ! 腹筋つった!


「ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!」


痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


奇妙な動きで呻く俺を見た須美がカウントダウンを中断しておののく。


「ど、どうしたの?」

「ふ、ふっきんつったっ」

「ええぇえぇぇ………」


ドン引きしていた。





腹筋痙攣するとかすげえ。






###








「いや、我ながら運動不足を痛感したわ」

「てっちゃんはもう少し外に出て体動かさないとダメだと思う」


ペタペタと茶碗に米をよそいながら須美が嘆息する。


「はい、ご飯」

「サンクス!」


テーブル(段ボール製)には須美が作ってくれた晩飯のおかずがずらりと並び俺は茶碗を受け取るなり、それらを猛烈な勢いでかきこみ始める。ちなみにご飯は四杯目だったりする。

そんな俺を見て須美が呆れたように口を開いた。


「そんなに慌てて食べなくてもご飯は逃げないからもっと落ち着いて食べて」

「むぐむぐ………それはそうなんだろうが、あえて言う。ヤボは言ってくれるな」


なんせ一週間水と塩しか口にしてないのだ。多分俺は人間の限界を垣間見たと思う。


「まあ、いいけど…………。でも、こんな生活してたら、いつか本当に死んじゃうよ? っていうか、さっき私が来てなかったらあのまま死んでたと思う」

「激しく同感だが俺だって好きでこんな生活してるわけじゃねえよ」

「そりゃ好きでやってたらビックリするけど」


金もなくバイトと面接以外で外に出ることもなく家では空腹をまぎらわす生活。どうにかもう少しアクティブな生活を送るべきだとはわかっているのだが、身体的精神的経済的にまったく余裕がない。

真面目な話、須美がいなかったら俺は今頃とっくに野垂れ死んでたことだろう。


マジな話、須美様々だ。


そういえば以前、とある友人にこんな事を言われた事がある。


『おまえって須美ちゃんのヒモみたいだよな』、と。


「………………」


思い出したら泣きたくなってきました。


女子高生(言われた当時は中学生)のヒモとか、もはや人として終わってると思う。

しかし、そう言われてしまうのが俺なのだ。

まさに社会の底辺。最下層の人間。


「………………」


考えてたら死にたくなってきました。


「てっちゃん?」

「お、おお。どうした」

「変な顔してるけどどうかした? もしかして煮物味付けおかしかった? それともゲーリーさん?」

「いやいや、大丈夫。んまい。そして腹も快調。つか、ついさっきまで腹ん中空っぽだったのに下痢するか」

「うん。わかってて聞いた」


じゃあ言うなよ。


「っていうか、てっちゃんは何食べてもお腹壊さないでしょ」

「いや、普通に壊すわ」

「え、うそぉ」

「嘘つく意味がわからん」


須美さん。あなたの中で俺はどんな胃袋の持ち主なんでしょうか。


「うん、冗談だけど」


わかってるよ。


「つか、ここ一月くらいはおまえが来たときくらいしか飯食ってねえから腹の壊しようがねえ」

「…………それは無茶しすぎ」


須美が少し呆れたような怒ったような表情を浮かべた。

まあ、須美がうちに来るのは週に一、二回。多くて三回程だから一週間のうち半分以上は飯を抜いてる計算になるからな。須美がそんな顔になるのも無理はない。


…………つーか、よく生きてるな、俺。須美の言う通り今回はさすがに無茶が過ぎた。実際死にかけたし。


「っても先立つ物がないからどうにもならんのだよ、須美さん」

「働きなさい」


ピシャリと即答された。


「それを言っちゃあオシマイですよ」


そりゃ働けるもんなら働きたいよ、俺だって。就職したいっすよ。


だが新卒ですら就職が厳しいご時世に大学中退のボンクラを雇ってくれるとこなんてそうはない。


「厳しいのは確かにそうだと思うけど、てっちゃんの場合仕事を選びすぎだと思う。家から近くなきゃヤダとか、現場仕事は苦手とか、週休二日は欲しいとか、残業も夜勤もしたくないとかナメてるとしか思えない。やっと見つけたバイトも嫌な事があるとすぐ辞めちゃうし。何様のつもりでしょうか」

「いやあ、それはそのぅ………」

「人はそれを自業自得と言うんだよ」


辛辣な意見。


「言っとくけど、てっちゃんが自分に甘過ぎるだけ」


………それを言われると弱い。


「とにかく、てっちゃんはどうにかしてもっと規則正しい生活を送らないとダメ。若いからっていつまでも無茶が効くわけじゃないんだから」


そして最終的に結論はやはりそこに返ってきた。


「ちゃんと仕事見つけて、私がいるときはいいけど、いなくてもちゃんとご飯食べて、仕事して、夜はしっかり寝る。仕事は簡単に辞めない。人に心配をかけない。てっちゃんが無理しても誰も喜ばないよ」


今までにも何度も言われて来たことだが何故だか今日の須美は一段と口酸っぱく言ってくる。


「おじさんもおばさんも心配してる」


こうして俺が一番嫌う台詞を口にするほどに。


「……………」


空気がピンと張り詰め、冷えたような感覚。


なんだよ。そういう話かよ。


あからさまに不機嫌になったであろう表情で睨み付けるが須美は怯む様子もなく箸を置いてまっすぐに俺の目を見据えた。


「………………」

「………………」

「………………………」

「…………………ちっ」


長い沈黙の末、先に目を逸らしたのは俺の方だった。


「ごめんね。てっちゃんがおじさん達の話されるの嫌いなの知ってるのに」


申し訳なさを滲ませたような口調だった。


「………いや。須美が悪い事なんて何もねえけど」


単に俺がガキなだけだ。

自分よりはるかに年下の幼馴染みに先に謝られて頭が冷えた。


「………おじさん達の事、まだ許せない?」


須美はどんどん大人になろうとしているのに俺はずっと子供のまま成長していない。


「理屈ではな。わかってんだよ」

「うん」

「納得もな。してる、つもり」

「うん」

「親父とお袋には俺なりに感謝してるんだぜ?」

「うん」

「ただ………ただ、なんつーのかな。許すとか許せないとかじゃなくて、俺の中の問題でさ」

「うん」


訥々と話し始めた俺に須美はただ頷きを返す。

全部わかってる、とでも言うように。



もう5年程前になるだろうか。


――――俺と、俺の両親の間に血の繋がりはない。本当の親子ではないのだと知ったのは。





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