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エピローグ

皆が幸せに向かって動き出した世界。ただひとり、取り残された『彼』の心は…?



 既に深夜、そろそろ日付も変わろうとしている頃、リオディウスはいつものように公務を終えて、静かに自室の扉を開けた。本来ならば、この王城には王となる者だけが使うことを許される特別な部屋が存在するのだが、その部屋に詰まった想い出に押し潰されない自信のなかったリオディウスは、あえて以前からの自室をそのまま使っていた────さすがにかつてみずからが壊してしまった調度品などは違うものに替えたが。


 扉を開けたとたん、瞳に飛び込んでくるのは愛しい婚約者の、労いを多分に含んだ笑顔。


「お帰りなさい、リオ。今日も、お疲れさま」


「メル…今日も来ていたのか」


「とにかく、まず湯浴みをなさって汗を流して。お話はそれからで十分よ」


 言われるままに湯を浴びて寛げる服装になったリオディウスは、メレディアーナが淹れてくれた「疲れがとれるお茶」だというそれを口に含んで、ふうと息をついた。ようやく、人心地ついた気がする。


 あれ以来────リオディウスが即位してからというもの、メレディアーナはどんなに遅くなってもこの部屋で、こうして彼の帰りを待っていてくれる。彼女にだって、負担になっているだろうにそんなことはおくびにも出さず、こうしてリオディウスを労うことを最優先にして動いてくれる。それが嬉しくもあり、時折どうしようもなく苦しく思うことも、また、事実で。だから、今日こそは言わねばとずっと思い続けていて言えなかった言葉を、リオディウスはようやく口にした。


「婚約を、白紙に戻さないか」という言葉を─────。


「……どうして?」


 メレディアーナの表情からは、何の感情も読み取れない。


「私は……王とは名ばかりの謀反人で…他の誰でもない双子の実の兄を手にかけた大罪人だからだ。このまま私のそばにいても、きっとその事実が君さえも傷つける。だから……」


 こんな自分のそばに、君はいないほうがいい。そう告げようとしたリオディウスの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。メレディアーナが、普段のたおやかさからは予想もつかない素早さで、彼の頭部をその胸の中に抱き締めていたから。


「…メル……?」


「馬鹿ね、リオ。だからこそ、貴方を独りにしていたくないというのに。貴方を独りで苦しめたくないから、私はここにいるの。私の一番大切なものが何か、貴方にはわかっていて? たとえどんな罪人だとしても。私にとって、貴方がこの世で一番大切なひとだということは、過去も現在も、そして未来も─────絶対に変わらない事実だから。私はずっと貴方のそばにいるの」


「しかし…!」


「どうしても、私を遠ざけたいと思うなら、いっそ私を嫌いになったと言って。この世の誰よりも大嫌いだと……私の目をまっすぐに見て言って。そうしたら、私はこの先未来永劫、貴方の前から姿を消すから。だから」


「…!」


 そんなこと、言えるはずがない。いまのリオディウスがもっとも強く願うことは────いまとなっては他者の前では口が裂けても言えないが────メレディアーナの幸せだというのに。自分のことなど忘れて、別の誰かと幸せな一生を送ってほしいのに。それを覆すようなことを、どうして…たとえ方便であったとしても、誰が口にできようか。


 それを誰よりもわかっているらしいメレディアーナが、優しく微笑む気配。


「誰よりも優しいリオ……だから私は貴方のそばにいるの。誰が何と言おうと、決して貴方から離れないから。だから、もう二度とそんな悲しいことを言わないで。貴方があれからずっと嫌っているだろう貴方の顔も、その心も、私は誰よりも愛しているから───────」


 …そう。メレディアーナの言う通り、リオディウスはあれから鏡を見ることができなくなっていた。確かに違うことは自分でもわかっているのに、鏡でなくてもよく磨かれた床や窓に映った自分自身の姿を見るたび、アナディノス────みずからがこの手で殺した双子の兄の顔にしか思えなくなるから。彼とそっくりな己が顔さえ、リオディウスはもう二度と見たくなかった。


 完全に心を見透かされたリオディウスは、もう限界だった。だから自分の頭を胸に抱え込んだままのメレディアーナの身体を自分からも引き寄せて、みずからの顔をもう誰にも見えなくしてから……そうしてからようやく、心の奥底に封じていた想いのすべてを解放した。顔も見せず、声も出さず…ただ、肩だけを震わせて。メレディアーナは何も言わず、そんな彼を強く抱き締めるだけだ。


 ひとしきり感情を解放させて、ようやく落ち着きを取り戻してから、部屋の灯りを消してそのままメレディアーナと共に寝台に潜り込む。言葉など、もう必要なかった。


 そうして。誰よりも愛しいひとの胸の中で、リオディウスは繰り返し、幼い頃の夢を見るのだ。まだ何も…苦しみも哀しみも知らなかった無垢な頃の自分たちを。将来自分たちが担うべき役割もろくに理解しておらず、ただ、共に過ごしたあの頃を。



『リオ、早く来いよ、面白いものをみつけたんだ!』


『待てよ、アディ。家庭教師が来る時間なのに、こんなこと父さまや母さまに知られたら、怒られるぞ?』


『だから、これのことは俺たちだけの秘密にしとくんだよ。いいか? 絶対に誰にも言うんじゃないぞ?』


『わかってる。絶対に誰にも言わない。だから、早く教えろよ』



 もう二度と還らない、世界のすべてが輝いて見えたあの頃を。繰り返し繰り返し、夢に見るのだ………………。

もしかしたら、彼の心がほんとうに救われる日はもう一生訪れないかも知れないけれど。それでも、彼女がそばにいてくれるなら、いつかきっと……。

最後まで読んでくださって、ほんとうにありがとうございました。

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