第9話 予知と勘
エインとホロスは隣町に行くため再び森の中を歩いている。すると──
「ぐ~っ」
腹から音が鳴った。
これは……
「……腹が減った……のか?」
「なんで疑問形なのよ」
しょうがないだろ。俺たちがいた「狭間」では“眠る”ことや“食べる”ことは可能だったが“眠くなる”や“空腹”といった感覚を感じることはなかったのだから。
千年ぶりの空腹に困惑するなと言う方が酷だ。
「もう、仕方のない子ね」
そう言うとホロスは空中からパンを取り出す。
「うおっ、なんだそれ」
「パンよ。あなたが『狭間』に入り込むときに持っていたものは私が預かっていたのよ。心配しなくても大丈夫よ。『狭間』ではパンの時間は止めてたから腐ってたりはしてないわ」
「そうか、ありがとう。でも俺が聞きたかったのはそのことじゃなくて何もない空中から取り出したことなんだが」
俺はホロスに手渡されたパンを半分にちぎりながら言葉を返す。
「ああそっちか。空間魔法よ。私がいま使える唯一と言っていい女神らしい力かしら」
「……なんかあれを思い出したよ。異世界の…あのロボットの…四次元ポケット? だったか?」
千年間いた「狭間」ではホロスがたびたび異世界の娯楽物を再現していた。ということもあって俺はそれなりに異世界の情報が頭に入っている。
「私のはあんなに便利じゃないわ。不思議な道具は入ってないし容量も大きくない。手で持つ必要がない少し大きめのバッグという認識でいてちょうだい」
「そうか。それでも便利だと思うけどな」
半分にちぎったパンの片方をホロスに渡す。
「いいの?」
「当たり前だろ」
◇ ◇ ◇ ◇
俺たちはパンを食べながら森の中を進んでいる。もはや無言の時間が気まずいという間柄ではないが暇潰しがてら俺はホロスにふとした疑問を投げかけることにした。
「そういえばホロス、お前いま回復魔法とあの『ポケット』の他に使える魔法はあるのか?」
「あむっ…防御魔法が使えるわ」
ホロスはパンを頬張りながら返事をした。続けて俺は質問する。
「攻撃魔法は?」
「使えないわ」
「………」
「あっ! いま露骨に残念がったわね!」
しまった。顔に出てたか。
「すまん。ただホロスが攻撃魔法を使えるなら俺が苦手な遠距離が補えると思って」
「仕方ないわねー。特別に許してあげるわ。それに攻……」
ホロスの言葉を制し腰に下げた刀に手を掛ける。
「ゆっくり食事も取らせてくれないみたいだ。ホロス下がっ……」
「いいわよ。私がやっとくから」
直後、空中に半透明のガラスのような板が複数出現し、樹上から放たれた矢を受け止めた。これがホロスのいう防御魔法のようだ。
それにしてもこの矢、この気配。これは──
「ゴブリンか」
ゴブリン── この世界では現在魔物と定義されている生物。魔物とは一定以上の魔力を有し、人類の敵となり得る生物の総称。そのなかでも人型で高い知能を備え人語を操る魔物を“魔族”と定義づけられている。また息絶えると塵となり消滅するのも魔物及び魔族の特徴の一つだ。
◇ ◇ ◇ ◇
左右の樹上に2体。前方には5体。エインは冷静にこの盤面を観察していた。
「上の2体の攻撃。少しだけ耐えられるか?」
「余裕よ。私を誰だと思ってるの?」
「頼りになるな。女神様」
エインは走り出し前方のゴブリンとの距離を大きく詰めると群れの中心に入り込む。その一連の動きをゴブリンの瞬きひとつ終える前にやってのけた。
「よう。久しぶり」
かつては1対1の状況を作らなければ勝てなかった相手──それを──
「“乱れ桜”」
5体同時に討ち取った。
乱れ流れる桜の雨は刃になりて降り注ぐ。
言ってしまえばこの技は四方にいる敵を速斬りするだけ。それだけだがその斬速はゴブリンの目で追えるものではない。
「ふふっ、本当に成長したわね。エイン」
その光景を見て女神は微笑む。
「さあて! 私もがんばっちゃおうか!」
その口角は更に上がる。
「エイン! さっきの言葉の続きよ! 私は攻撃魔法は使えないけど──」
直後、樹上のゴブリン2体の周囲に魔力反応が現れる。
「攻撃できないとは言ってない──!!」
ゴブリンはまだその魔力反応に気付けていない。
「“盾”」
ゴブリンの四方上下に半透明の四角い防御魔法が展開された。
「“密閉”」
その防御魔法が隙間なくゴブリンを包み閉じ込める。立方体の完成だ。
そして──
「“爆縮”!!」
立方体は急激に圧縮を始める。歪な音をあげ中にいたゴブリンごと押しつぶした。
悲鳴をあげる暇もなくゴブリンは塵となり消えた──
かくしてゴブリンとの戦闘はエインとホロスの圧勝という形で幕をおろしたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
そんな戦いを終えた二人は近づき話す。
「どうエイン! これが防御魔法を応用しての攻撃よ!」
ホロスは胸を張って誇らしげな様子だ。
「……凄いな…。凄いけどあれだな……。グロい……」
エインは胸の内に留めておこうと思った言葉をついぽろっとこぼしてしまう。しかしたしかにそれは悪意こそないものの本音だった。
「し……仕方ないじゃない!! 今の私にできる攻撃これしかないんだから……っ!」
本人も自覚はし、気にいているようだった。
その様子を見たエインはすかさずフォローに入る。
「悪い悪い。でもその魔法本当に凄いな。逃げ道なくして押しつぶす。必殺の攻撃なんじゃないか?」
フォローといえどこれも本音だ。もはや自分が戦う必要すらないのではと感じるほどの魔法だとエインは感じていた。
しかし──
「そんなことないわよ。例えば──」
「……っ!」
エインは“何か”を感じ取り咄嗟に後方に下がる。前方には半透明の立方体が形成されている。
「こんなふうに敏感なのには避けられちゃうし単純に頑丈な奴相手は盾の強度が足りなくて潰せない。込める魔力量にもよるけど盾は遠くに出せば出すほど、面積を広げれば広げるほど強度が下がっていくのよ」
「……っ! 説明してくれるのはありがたいが実際に出す必要はないだろ! 俺は魔法は“勘”でしか避けられないんだぞ!」
「でもちゃんと避けられたじゃない? 信用してのことよ」
魔力を持たないエインはこの世界の住民が当たり前のようにできる魔力を“感じる”、“見る”ということができない。しかしそれを魔法という形にし土や氷のように物質化させたもの、または炎の燃焼のような現象になると見ることができ、干渉も可能となる。
ところが今回エインは“盾”が物質化される前に避けた。本人は“勘”と言っているがその説明は正確ではない。魔力は発生時ほんのわずかだが空気を揺らし温度を変え、空間を歪ませる。常人では全く感じることができない“それ”をエインはあの千年間で無意識ながら感じることができるようになっていた。それは“勘”と呼ぶにはあまりにも精度が高く、もはや“予知”と言っても差し支えない。
「避けられてもびっくりはするんだぞ……」
「ごめんごめん。もうしないから怒らないで」
「別に怒ってはない。……ところで気付いてるか?」
「ええ、この感じは……」
魔物や魔族とは違う気配。これは──
「人間か。めんどくさい“予感”がするな」
第9話 予知と勘




