第7話 千年後にも花は残る
「こっちのセリフだ」
黒髪の男が魔族を睨みつけた。
直後視線は刀へと移る。
「それにしてもよかったよ。俺は『お前』ともお別れだと思ってたから。……ああ、本当に今更だけど『お前』と呼ぶのも味気ないよな。今からでも名前をつけるべきか。なぁ、“お前”はどう思う?」
移った視線が魔族に戻る。
「おイ、ふざけるのも大概にしろヨ。こっちはいつだってお前を殺すことができるんダ。あの村の住民たちのようニ」
男の目は途端に冷ややかなものとなり──
「そうか、いやそうじゃないかとは思ってたよ」
刀を抜いた──
直後魔族が感じる強烈な違和感──
なんなんダ コイツは…!! オレは異質な魔力と共に光が発せられた場所の様子を見にきたダケダ……! そこにいたのは魔力が欠片もないちっぽけなガキがただ一人……! ただそれダケ……! それダケだったはずなのニ……!
何故オレは震えていル……!?
魔族は感じ取ったのだ。刀が放つ異質な魔力、刃が見せる異常な殺傷力──
ではなく──
男が刀を抜いたことで剥き出しとなった驚異的なまでの“殺気”に──
「震えているな。それが“怯え”か“闘争”かはお前が決めろ。どちらにせよ俺のやることは変わらない」
男は淡々と話す。
「……ッ! ふざけるナァ!! オレは魔王軍直属配下が一人! 狼炎のアンドラ!! この名を聞けば騎士団だとて恐怖で震えル!! 逃げるわけがないだろウ!!」
魔族は剣を握りしめ魔力を注ぎ込む。するとそこから黒い炎が立ち上がった。
「そうか勇敢だな」
男の声が聞こえたのは背後からだった。
すれ違いざまに首を斬り落とすこの技の名は──
「“椿鬼” 異世界の花の名だ──」
男は震える魔族を見てかつての自分と重ねていた。
「尊敬するよ。震えながらも立ち向かうその勇気に」
魔族の首がボトリと落ちた──
「魔族も死んだら塵になるんだな。難儀な生態をしている」
エインの視線は再び刀へと移る。
「ああ、お前に名前を付けようとしてたんだった。…悩ましいな」
刀身を眺め考える。思い出したのは千年の思い出。激しくも愛おしい長い長い千年の思い出だった。
「そうだ──『千偽理』にしよう。千の偽りを千の理で覆す。どうだ。いい名だろう、ホロス」
隣に彼女がいないことに気付いたのはその名を口にした直後だった。
「はぁ…なにやってんだか」
「──いいんじゃないの? でもあの千年間を偽り扱いしてたんだったらいただけないわね」
背後から千年で飽きるほど聞いた声が耳に入る──
「ホロ…」
振り向くとそこには──
「ス…?」
そこにいたのは眩しくも美しい金の髪をなびかせた、10歳程度の子供に見える女の子だった。
「すみません。人違いでした」
エインは一礼して立ち去ろうとする。
「ちょ…!ちょ…!? 人違いじゃないわよ!? 私よ!? ホロスよ!?」
確かに声はホロスそのものだし顔も面影を感じるが俺の知ってるホロスはそんなに小さくはない。
俺は話しかけてきた子供をジロジロと観察した。この絵面はひどいことになってそうだが緊急事態だから仕方がない。
「あっ! まだ疑ってるわね!? 千年間一緒にいたからエインのことならなんだってわかるのよ! 昔はゴブリン相手にも負けるほど頼りなかったのに今やこーんな立派になっちゃって!」
「お前は俺の母親か」
おもわずツッコんでしまった。しかしこの感覚──
「本当にホロスなのか…?」
「だからそう言ってるじゃない? 私はホロス・ホロ・ホロウノス。女神にして──」
風が木々を揺らす。とっくに雨は止んでいた。
「あなたの相棒よ」
もはや疑いようもない。これは本物のホロスだ。だが──
「えっ…? あっ? なんでいるんだ?」
口にせずにはいられなかった。
「なによそれ!? いたら迷惑ってわけ!?」
「違う違う! 言葉選びを間違えた! ただもうお前とは会えないと思ってたから…!」
「私もそう思ってたわよ。実際体中の魔力が霧散して消えかかるところだったわ。でもその刀、『千偽理』に引き寄せられたのよ」
そう言ってホロスは「千偽理」に指を差す。その手は見慣れたいつもの手より随分と小さかった。
「どういうことだ?」
「その刀は私の魔力と魂の一部を切り分けて作ったものなの。だからいわばそれは私の“分け身”とも言える存在。そして消えかかった私はその“分け身”に吸い寄せられて再び形作られたというわけ」
この刀が特別なものだというのはわかっていたがこれがホロスの分け身というのは初耳だ。
「それでも力の大半は失ったからこんな姿になっちゃったけど」
そう言いながら首を右に左にと動かし自らの姿を確認する。やはりホロス自身も子どもの姿で復活するのは予想外だったようだ。
「なるほど。そういえばこの刀には魔力が籠ってるって話だったな。ん……? じゃあもしかしてその魔力を利用して魔法が使えたりは……?」
「無理よ。言ってなかったかしら」
俺の期待に反してホロスの答えはあまりにも端的で残酷なものだった。
「んなっ…!」
夢潰える。
「で、でもっ! 特別なものには変わりないのよ!? 千年間手入れせずに使い続けても折れるどころか刃こぼれ一つなかったでしょう!? それにもうあなたは魔法が使えなくてもそこらの魔法使いなんて相手にならないほど強いわよ!」
慰めの言葉。それ自体は嬉しい。しかし……
「そうか…そうだな……でも使いたかったな、魔法……」
「もうしっかりしなさいよ! 私との約束忘れたの? そんなんじゃ魔王は倒せないわよ!」
その言葉を聞きホロスとの『狭間』でも別れ際を思い出す。
「…………」
「どうしたのエイン? 急に黙ったりして」
「…いや…なんと言うかその……あんな別れ方したのにこんなすぐ再会したと考えると……気まずい……」
「言わないでよエイン! 私だって考えないようにしてたんだから!」
ホロスはわたわたと慌てだした。
そうか、そうだよな。ホロスもそれは気まずいとは思ってたよな。お互い今際の際みたいな言葉吐いてすぐに再会だからな。
「はぁ…とにかくもう少しだけ私たちは一緒よ」
何はともあれこうしてまた話せるのは素直に嬉しい。
「そうだな。どれだけ長くても百年もないだろうけど、これからもよろしくな」
「ええ、よろしく」
俺たちは拳を合わせた──
第7話 千年後にも花は残る
これにて序章千年開花篇終了です。よければ作品フォローや★評価を是非ともお願いします。




