第6話 こっちのセリフ
この“刀”とも随分と長い付き合いをした。今となっては刀身の長さはもちろん、重さや切れ味も当たり前のように把握している。今なら目を瞑って森の中でゴブリンと戦っても木に刀を引っ掛けることなく倒すことだってできるだろう。
それに腰に鞘を差してないと落ち着かない体になってしまった。
そんな刀を握りしめ叫ぶ──
「流石にお前硬すぎるだろ!!」
俺は現在黒い竜と戦っている。コイツの一挙手一投足が全て俺に致命傷を与えうる攻撃なのは当然として、コイツはとにかく硬い、硬すぎる。目まで硬いのは流石に驚いた。
「いい加減…ッ!斬れろ…ッ!」
ひたすら首を斬りつける。寸分の狂いもなく同じ位置を。
いや、これはもはや斬りつけると言うより叩きつけるといったほうが正しいかもしない。ガンガンと鈍い音を鳴らしながらそう思う。
「フッ……! はぁ……はぁ……」
黒曜石よりも黒く金剛石よりも硬い巨大な尾が襲い掛かる。
しかしその尾が攻撃体勢に移る前に俺は既に回避行動を終わらせていた。
「何度見たと思ってる……!」
ここまでは予定調和。何千何万と繰り返した既知の出来事。
問題はこれから。
黒竜は大きく息を吸った。
肌寒さを感じる。恐怖からではない。実際に気温が下がっているのだ。
これは予兆。
「来るな……! ブレスが……!!」
何度見たかもわからない超広範囲ブレス。辺りの熱を取り込み体内で圧縮。自身の魔力を練り込みながら炎に還元し放つその一撃は例えここが天国だろうと一瞬で地獄に変えるだろう。
防御は当然不可能。回避もできたためしがない。
それでも……!!
「失敗なんて大前提!」
俺は走り出した。黒竜に向かって。
目指すは黒竜の体躯の隙間。恐らく唯一ブレスを掻い潜れる安全地帯。
そこを目指すのは今回がはじめてではない。もう何百回も試している。しかし成功したことは一度もない。
それでも俺は知っていた。
首を攻撃した回数だけブレスのタメがわずかに長くなることに。
「間に合え……ッ!!」
黒竜がブレスを放つタイミングとほぼ同時にスライディング。
足が擦り剝け血が流れる。
「……痛い」
地獄に変えた炎の熱が俺を襲う。
「……熱い」
これが証明することは……
「生きてる」
俺はにやりと笑っていた。
直後、黒竜の背後に回り込み尾から背へ、背から首へと飛び移る。
何百、何千、何万、何度目かもわからない攻撃を放った。
するといつもとは違う感触が手に残ったことに気が付く。
「これは…っ!」
黒竜の首を見ると僅かだが切れ込みが入っている。
黒竜は必死に攻撃を仕掛けてきた。しかしそれを冷静に刀でいなす。
そして斬りこんだ。
「これで終いだ…ッ!!」
黒竜の首は胴体と切り離されズンと大きな音をあげ地面に落ちた。砂埃があがる。程なくして黒竜は少しずつ塵となって消えた。
「…………よしっ」
俺は砂埃と炎の欠片がまだ舞う地面で刀を強く握りしめた。
そして静かに、深く、喜びを嚙み締めた。
直後、ゆらゆらと揺れていた炎の動きが止まる。
異常事態。だがなんてことない。彼女が来ただけだ。
「終焉竜の討伐おめでとう、エイン」
ホロスがパチパチと拍手をしながら俺に近づく。
「いやぁ……本当に大変だった。コイツを倒すのに何年かかったかことか……次に出てくる奴はもっと厄介なんだろ? 今から気が滅入るよ」
冗談交じりにそう言った。だけど本当はこの攻略を楽しんでいた。更に言うと次はどんな敵が出てくるかワクワクしている節すらある。
そんな思いを切り裂くように。
「いや、次はないわよ──」
ホロスは柔らかい声でそう言った。
「え?」
「千年経ったのよ。この終焉竜の討伐をもって君の戦いは終わり」
そう、静かに告げた。
「そうか…もう終わりなのか……」
「ふふっ、“もう”、ね。やっぱりあなたでよかったわ。常人なら一年と持たないだろう暮らしを君は千年成し遂げたのよ。私の目に狂いはなかったわね」
ホロスは懐かしんでいるようだった。きっと千年前の森の祠で起こった出来事を思い出しているのだろう。
「寂しくなるわね」
「ああ……互いにな」
「思ったより素直ね。もっと捻くれたことを言うと思ったわ」
「……最後だからな」
空間にヒビが入りだす──
「ふふっ、本当にお別れのときが近いみたい」
ホロスは俺の顔を見つめると笑った。
その笑顔はいつも見せる“それ”とは違う。
「なにしみったれた顔してんのよ! 大丈夫、エインは強くなった! 女神の私が保証するわ!」
空間のヒビが広がる──
「ホロス、俺の戦いは終わりだと言ったけどそれは違う。これからが本番なんだ。ホロスの意思は俺が受け継ぐ。魔王は絶対に俺が倒す──」
俺は刀を強く握りしめた。きっとこれは覚悟の表れなんだろう。
この千年が無駄ではなかったと証明するための、その覚悟。
ひび割れた場所から空間の崩壊が始まった。まるで鏡が割れるように世界が崩れる。残された時間はもうあと僅か。
俺たちはその残された僅かな時間で言葉を交わす。
「あなたには本当に悪いことをしてしまった。私の責任をあなたに押し付けてしまって」
「そんなこと言わないでくれ……力を求めたのは俺自身だ。俺はこの千年間一度だって後悔したことはない──だから──」
声が震える。
かつてホロスに聞いたことを思い出した。この空間で千年経ったらホロスはどうなるのか。返ってきた答えは「わからない」だった。
ホロス自身も千年経ったらどうなるかは未知数らしい。でも確かなこととして女神としての力の大半は失うと言っていた。そしてこの世界から消滅する可能性も高いということも。仮に生き残れても再びこの『狭間』に俺を迎え入れる力は消える。
どちらにせよ今生の別れだ。
だから──
「泣かないでくれ、ホロス──」
「こっちのセリフよ……バカ…」
ホロスは自身の涙を拭い、大きく深呼吸をした。
「女神ホロス・ホロ・ホロウノスが告げる。これからのエインの人生に幸あらんことを──」
「さよならだな」
「ええ……さようなら」
空間全体がパリンと割れ、白い光があたりを包みこんだ──
◇ ◇ ◇ ◇
「ここは……」
俺は辺りを見渡す。ここはかつて自分の無力さを嘆いた森の中だと確信するのに時間はかからなかった。
あの日止まっていた雨はもう動いている。
「千年ぶりか……」
壊れた祠を見て思い耽る。
「それにしても刀は残してくれるとはな」
俺はかまわず雨に打たれ、暫く手に持った「ソレ」を眺めていた。すると誰かが近づいてくる気配を感じる。
「お前はだれダ」
それは黒い鎧を着た鳥頭の魔族だった。
「悪い。今は浸っているんだ。邪魔しないでくれ」
魔族は俺の返答に不満だったのか語気を強める。
「二度は言わせるナ人間! お前はだれダ!」
俺は深いため息を吐く。
「二度は言わせるなだと──」
そして視線を魔族に向けた。
「こっちのセリフだ」
第6話 こっちのセリフ




