第29話 言の葉
その蜥蜴に理解者はいなかった。突出した個の力は群れの中では恐れられ避けられた。どうやらこの力はあまりに歪で不気味に見えるらしい。それでもその蜥蜴は外敵から群れを守るため戦う。それが自身に課せられた使命だと思っていた。
ある日とある魔物の群れと遭遇した。いつもと同じように争いへと発展する。だがいつもと違うことが一つ。その群れにも突出した力を持つ個がいた。“それ”を抑えることができるのはその蜥蜴しかいなかった。
激闘の末勝利したのはその蜥蜴。一呼吸置き周りを見渡す。この場に立っていたのは自分一人だけだった。その時になってやっと気付いた。倒れ行く仲間に気付かないほど夢中になって戦っていたという事実に。そして自分は仲間のために戦っていたわけではなかったということにも。
血濡れた剣を見て蜥蜴は思う。この戦いは楽しかった。そう、楽しかったのだと。渇いていた感情が満たされていくのを感じる。だがまだ足りない。足りないがもっと戦えばわかる気がした。己が戦いを求める理由が。
だからもっと戦おう。それもずっと強い敵と。もっともっと、もっともっともっと、
もっと──
「“桐時雨”」
ああ、やっとわかった──
「満足したか」
私はただ見てほしかっただけだったんだ。等身大の私自身を。この男はこの戦いの中ずっと私を見ていてくれた。それどころか自分自身も知らない私も見つけてくれた。これ以上の幸せはない。だからこそ不甲斐なく思う──
私はこの男のことを見てあげることができなかった。力の差がありすぎたんだ。
「なんて目で見てるんだ。お前は一つ誤解をしている。いやまぁこれは、俺も最近気付いたことなんだが…」
エインはホロスとリヒトのいる方向をちらりと見た。
「戦いだけが全てじゃない。例えどんな力を持とうとその力以外の部分もまた自分なんだ。そしてそんなところを見てくれる人もいる。お前は……運が悪かったな」
人間の言葉はわからない。だけど何故だかその男の言葉の意味はわかるような気がした。この男は最後の最後まで私の全てを見ていてくれた。だから感謝を伝えたい。今度は“戦い”ではなく“言葉”で。
「■■■■」
これは詠唱ではない──
「……ああ」
塵になりゆく自分の姿を見て思う。最後に戦えたのがこの男で良かったと──
◇ ◇ ◇ ◇
「……ふぅ」
「ふぅ、じゃないわよエイン!! まったく危なっかしい戦い方して! わかってるの!? この世界では……」
「命は一つ、だろ。わかってるよ、コンティニューがないことくらい」
そう、あの千年と同じ戦い方はできない。でも何故だろうか。今回は少し、あいつの熱に浮かされたかな。
「まぁいいだろ。無事勝てたんだからさ」
「無事~? 左手火傷させといてよく言うわね!? あなたの傷は私にしか治せないのよ。だから早くその傷見せなさい」
「え、そうなんスか?」
エインがホロスに左手を差し出す最中、リヒトは首を傾げて疑問の声を。
「なんかそうらしい」
「そうらしいって……エインには何回も説明したはずだけど……」
ホロスは呆れたような声を出しながら俺に手を添え回復魔法をかけはじめた。
「覚えてるよ。魔力回路がどうたらって話だろ? でもホロスにしか俺の傷は治せないって部分だけ覚えとけば十分だろ」
「そうだけど随分雑な覚え方したわね。仕方ないわ、リヒトもいることだしおさらいがてらもう一度説明してあげる。リヒト、魔力を生成する場所はわかる?」
「魔力器官ッス」
「じゃあその生成した魔力は体内のどこを通る?」
「それが魔力回路ッスよね?」
リヒトは当たり前かのようにスラスラと答えた。実際魔法師にとっては当たり前の知識なのだろうな。
「正解よ。エインはその二つが両方ともない。だから魔力がないし扱えない」
「改めて聞いてびっくりッスよ。よくそれで生きていられますね」
「そう言われても。俺にとってはこの状態が当たり前だからな」
人間にとって重要な器官らしいがなくても案外なんとかなるものだ。
「話逸れてるから戻すわよ。回復魔法は回復させる相手の魔力回路に魔力を流し込んで行うの。だけどさっきも言った通りエインにはその魔力回路がない」
「えっ! じゃあホロスさんはどうやってエインさんに回復魔法を?」
「よくぞ聞いてくれたわね! ここが私のすごいところ!」
ホロスはふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「私はエインの体内に一時的に疑似的な魔力回路を生成させることで回復魔法をかけることができるの! こんなの私くらい魔力操作に長けてないとできないわよ!」
「す、すげーっ!!」
リヒトがいつもの如く感嘆の声をあげた。
しかしこれは実際にとんでもなく凄いことなんだろう。俺は魔力を操作するなんて感覚一度も味わったことがないからその凄さを完全には理解できないが、一時的とはいえ身体の一部を機能を損なうことなく具現化させているんだ。神の御業と言われても納得する。
「ということで、はい回復おわり! どうエイン? 左手の調子は」
俺は左手を開いて握るを繰り返す。
「完璧。まあ元々動かしても問題ないくらいの火傷だったけども」
「あなた感覚麻痺してるのよ。少なくともほっといてたら痕が残る火傷だったわよ」
「痕残るくらいなら気にならんが」
「気にしなさいよ! というか私が気にするわよ!」
こう見えてホロスは結構過保護なんだよな。
「そうッスよエインさん。あまりホロスさんを心配させないであげてくださいよ」
割り込むようにリヒトが前に出る。
たしかに今回は負う必要のないリスクを背負った自覚はある。
「わ、悪かったよ……」
「まだ言葉が足りてないッスよ。回復してもらったんですから?」
「あ…ありがとうホロス……」
「いいわよ別に」
ホロスは少し笑いながら俺の言葉を受け取った。
そんな俺達を見ながらリヒトは腕を組み満足気にうんうんと頷く。いや誰目線?
「なんなんだよお前」
ついツッコんでしまった。
「オレはこれからも仲のいい二人を見ていたいんス。いくら千年の付き合いがあるといっても些細なことですれ違いが起きるかもしれないですからね。だから言葉で伝えられることはちゃんと言葉で伝えたほうがいいッスよ」
驚くくらいに正論を言われている。まったくもってその通りだ。だがそれはそれとして……
「なんか嫌な見られ方をされてる気がする」
「……そうね」
俺の意見にホロスも同意する。
「なんでッスか!? オレ変なことひとつも言ってないッスよね!?」
言葉だけでも誤解を受けることはあるということだ。これが誤解かは知らないが。
第29話 言の葉




