第1話 命の重さ
俺の名前はエイン。この世界で唯一魔力のない人間だ。だから当然戦闘力も皆無に等しい……
はずだったのに……!
「なんで俺は黒竜と戦ってるんだ!!」
俺の目の前には黒曜石よりも黒い鱗を纏い、一つ歩を進めるたび地響きを鳴らす巨躯を持った竜が立ちはだかっている。
「……なんてな、忘れたことは一度だってありやしない」
だがここまでの経緯を語るにはほんの少しだけ時間を要する。
そう、ほんの少しだけ話を聞いてくれないだろうか。
ありがとう。じゃあ──
話をしよう。
なに、ほんの千年前の話だ──
◇ ◇ ◇ ◇
──千年前
ここは辺境の村ルイグ。近くに森と川、大自然があるのどかな村。
この村で俺は生まれ育った。
そんな土地でいつものようにクワを振るう。地道に地道に畑を耕す。
魔力のない俺がみんなの役に立つにはこうした地道な作業が必要だからだ。
嫌なんてことはない。むしろ好きだ。耕し終わったあとのあのフカフカの畑を見たらこれ以上ないくらいの達成感を感じるのだから。
そうこうしている間に空が白みだしてきた。どうやら朝が来たようだ。
「あらエインちゃん。今日も朝から精が出るわね」
話しかけてきたのは同じ村人のペトネおばさん。両親を亡くした俺を昔からよく見ていてくれている。
「“ちゃん”づけはそろそろやめてよペトネおばさん。俺ももう成人したんだ」
「王国規定ではね。だけど私からすればまだまだ子供よ」
王国規定では16になったら成人と定められている。俺は先月16になった。これで俺も大人の一員、と思っていたがペトネおばさん含め他の村人たちから受ける子供扱いは変わらなかった。悔しいと思うと同時にそんな村人に囲まれた村だからこそ早くに両親を亡くした俺が穏やかに暮らしていけているのだろうと感じた。
「頑張るのはいいけど無理はしすぎないように」
そう言い残しペトネおばさんは去っていった。
「やっぱり過保護だな……」
その後数時間俺はクワを振り続けた。そして途中通りかかる村人と挨拶をし、一言二言会話をする。会話の内容は些細なものだ。「今日もいい天気だね」とか「昨日なに食べた?」とか、何回話したかも覚えていないなんてことないやり取りだ。それでも俺はそんなやり取りが好きだった。これこそが平穏の証だと思えたから。
しかしそんないつもの会話も今日限りだということを俺はまだ知らなかった──
「ふぅ…そろそろ休憩に……」
カンカンカンカン──!!!
クワを置き額の汗をぬぐうのと同時に村中に大きく鐘の音が鳴り響いた。
これは…………!!
「敵襲!! 敵襲!! 東から魔族を確認!!!」
遠くから今日の見張り当番の荒げた声が聞こえる。
「なんでこんなとこに……」
動揺、なんてしてる場合じゃない。
俺は状況を確認するため村の中心へと走り出した──
「はぁ…はぁ…みんな……」
「エインちゃん魔族が……!!」
村の中央の広場にはここの村人全員が集まっていた。
「それは聞いた…っ! だから早く逃げないと!!」
全力で走ってきた俺は膝に手をつき息も絶え絶えだ。
「それは無理じゃ」
杖をついた老人。この村の村長が俺の言葉に答えた。いや、断言した。
「な…なんで……」
「ワシも見張り台から確認したのじゃが魔族と魔物の群れがこの村にまっすぐ向かってきている。どうやら確実にこの村を滅ぼしたいらしい。皆で逃げても追われてすぐ終いじゃ」
「じゃ…じゃあどうすれば……」
もはや頭は恐怖と絶望で埋め尽くされている。
それを察したのか村長は俺の顔を見つめニッと笑った。
「ワシは『皆で逃げても』と言ったんじゃ。一人くらいなら逃がせるかもしれん」
その言葉を聞くとザワザワとしていた村人たちの口がピタッと止まり俺を見た。そして──
「なるほど、そりゃそうだ」
「わかりやすくていいんじゃねぇか?」
「おい!! 剣持ってこい!! 持ってねぇ奴はクワでもシャベルでもいい。とにかく武器になりそうなモノを握れ!!」
再び一斉にしゃべりだした。
「ど…どういうこと……?俺は何をすれば…」
「逃げろエイン。ワシたちが時間を稼ぐ」
村長は杖を強く握りしめた。
「西に進めば町がある。そこには冒険者ギルドも。魔族も簡単には手出しできないじゃろう。この森を進めば目立たずいける」
そう言い森の方向に指を差す。
「みんなで逃げるのは……」
「ダメじゃ目立つ。それに誰かが足止めしなければならん」
既に覚悟を決めたようではっきりと話す。
「だったら俺も……!」
「バカを言うな。ワシらが戦う意味がなくなるじゃろう。それに──」
村長は俺の手を見つめた。
「震えたその手で何が握れる」
言われて初めて自覚した。この手の震えがとまらないことに。これではクワ一つまともに振れやしない。
「それにただでやられるつもりもない」
村長は杖を握った。するとその杖が青白く光る。魔力を注ぎ込んでいるのだ。それに合わせ他の村人も各々手に持っている武器に魔力を注ぎだした。
魔力── 俺は「それ」を持ち合わせていない。通常、生物であれば大小あれど必ず持ち合わせているはずの力を俺は生まれながらに持っていなかった。
「魔力」とはすなわち“魔”の“力”。しかしそれと同時に“魔”に対抗するための“力”でもある。それを持ち得ない俺は戦う権利すらない。
「心配しすぎよ! 私たちなら大丈夫!」
ペトネおばさんが俺の背中をバシンと叩いた。
「時間がないわ。これを持って走りなさい」
そう言って渡されたのは最低限の水と食料、路銀の入った袋だった。
「みんな…ごめん…ごめん……」
「なんて顔してるんだエイン。それにこういうときは“ごめん”じゃなくて“ありがとう”だ」
村人の一人がそう言った。
「ごめん…ありがとう……」
俺がここに残ってもできることは一つもない。むしろみんなの邪魔をするだけだ。そう自分に言い聞かせ森へ向かって走り出した。
「元気でなァ!!」
「風邪引くんじゃねぇぞ!!」
「ご飯はたくさん食べるのよ!」
みんなの言葉がこだまする。涙をぬぐい走る。振り返りはしなかった──
◇ ◇ ◇ ◇
「──さて魔族よ。一応聞くが帰ってもらうことはできるかの?」
エインが立ち去り数分後、村を代表して村長が魔族の前に立ちふさがる。
既に村の周囲は黒い毛並みの狼型の魔物に取り囲まれていた。
「無理ダ。それはお前たちが一番よくワカッテるんジャないカ?」
「そうじゃな。我ら守り手。命果てるその時まで戦い抜く」
「愚かなニンゲン共。命の重さを知らないようダ」
魔族が背負っていた両手剣を引き抜くと闇にも似た黒い炎が立ち上がる。
「知っておる。だからワシらがここにいる」
村長は青白く光る杖を地面についた。
「あの子が世界をひっくり返す」
第1話 命の重さ
7話までは読んでみてほしいという気持ち




