第二十三話: 第七砦奪還戦 其の参
※読者の皆様へ
本作には一部、戦場における暴力描写・残酷な表現(流血や部位の損壊など)が含まれます。苦手な方はご注意のうえお読みください。
一
第七砦を目前に捉えた夕刻、討伐軍は本陣からの指令によって全軍の進軍を停止させていた。
夜間の攻城戦は、地形を熟知していない攻撃側にとって極めて不利である。増して相手は、どのような手段で砦を陥落させたのかすら不詳の「将鬼・鬼同丸」。暗闇に紛れての強行突破は、自ら敵の餌食になりに行くようなものであった。
討伐軍は砦の正面から一定の距離を保ち、砦全体をぐるりと取り囲むように「U字型」の包囲陣形を構築した。
だが、陣を敷いたからといって気を緩めることなど到底できない。夜闇に乗じて手下の雑鬼どもが乱入してくる「夜襲」の危険性が極めて高かったからだ。
そのため、兵士たちが野営の準備を進める傍らで、隠密部隊「猿」の兵たちが影のように分散し、周囲の森や草むらに潜んで徹夜の厳重な警戒にあたることとなった。
夜が深まり、野営地に静寂が訪れる。
厳しい行軍と緊張に疲弊した熟練兵たちの地響きのようなイビキがそこかしこから聞こえる右翼の野営地で、甚平はひとり、パチパチと爆ぜる焚火の火に身を寄せていた。
(俺は……道場でも、戦場でも落ちこぼれだ……)
膝を抱え、小さく丸まる甚平の全身からは、真っ黒な不安の念が静かに溢れ出していた。
昼間の森での雑鬼との初戦闘。
パニックに陥り、六尺の大槌を無我夢中で振り回して味方の陣形を乱し、右翼隊長の染谷から酷烈な怒号を浴びせられた記憶が、何度も脳裏をよぎっては胸を刺す。
稽古場での模倣や手合わせとは、心持ちが根本から異なっていた。本物の殺意と血生臭さの中で、自分がいかに無力で、足手まといであるか。
「俺……このままだと、仲間を巻き込んで……桃太郎様の勝利すらなくしてしまうかもしれない……」
ぽつりと漏れた弱音。
するとその時、闇の中から不意に足音もなく一人の人影が近づいてきた。
全身を漆黒の忍び装束で覆い、目元だけを覗かせている人物——交代の番を終えて休憩に入った「猿」の隠密兵であった。
「そう不安になりなさんなあ。良い事なんて一つもあらへんよ」
布越しに聞こえたのは、どこか飄々とした独特の関西訛りの口調であった。
「あなたは……?」
「隠密の者や。流石に名は明かせへんがな」
隠密兵は甚平の隣に腰を下ろすと、焚火の明かりに目元を和らげながら言った。
「あんた、初陣で派手にやったらしいな。猿の間でも噂になっとるで」
「あ…………」
甚平は「やっぱりか」というように頭を抱え、声を絞り出した。
「やっぱり……俺、笑われてるんですよね。味方を巻き込みそうになって……」
「そう焦るな、大丈夫や。」
隠密兵はポンと甚平の肩を叩いた。
「新人が初陣で粗相を起こすなんぞ、よくあることや。ここにいる奴らも、昔はみーんな粗相をしたことある人間やさかいに、誰もそんな責めちょらんよ。逆に『右翼にだいだらぼっちが入ってきた』って、みんな面白がって騒ぎよるくらいや」
「え……だいだらぼっち……?」
恥ずかしいのか嬉しいのか分からず、甚平の丸っこい顔が困惑で歪む。
「やから、自信をもて。そして冷静に周りを観察するんや。戦場じゃ、いつだって油断した奴と混乱した奴から死んでいくもんやしな」
「……ありがとうございます。……なんだか、少し元気が出た気がします!!」
話を聞いてもらえた安堵感からか、甚平の体からすーっと余分な力が抜けていった。それと同時に、昼間の激闘と緊張の反動による「とてつもない睡魔」が津波のように襲いかかってくる。
「ふわあぁ……すみません、俺、もう限界で……」
甚平は隠密兵に別れを告げると、少し離れた場所で静かに眠りに落ちる凛のすぐ近くへと歩み寄り、そのまま倒れ込むように泥の上で眠りに落ちた。
休憩を終え、再び見張りへ戻ろうとした「猿」の隠密兵は、ふと立ち止まって第七砦の漆黒のシルエットを見上げた。その眉が、深くひそめられる。
「……あんだけ森で派手に奇襲させておいて、夜は何もないんか……? 不気味やのお」
不気味なほどの静けさ。
だがその夜、雑鬼どもの夜襲が仕掛けられることはなかった。甚平が放つ「とてつもないイビキ」が野営地全体を重低音で覆い尽くしたことで、森の野生動物の接近を未然に防ぎ、結果として見張りの「猿」たちの仕事を大幅に減らすことになったという。
二
やがて夜が明け、何事もなく朝を迎えた。
九代目桃太郎は、夜襲が一度もなかったことに強い「違和感」を抱きながらも、全軍に第七砦への進軍を命じた。
朝日を浴びる第七砦は、昨夜の夕刻に目撃した光景と何ひとつ変わっていなかった。
固く閉ざされた巨大な大門。櫓や城壁の上には、人間から奪った刀や長槍を持った無数の雑鬼どもが蠢き、威嚇の声を上げている。
「陣形を維持したまま、攻城戦を開始する!」
左翼、本隊、右翼が砦を取り囲む形で配置につき、討伐軍の本格的な攻城戦の火蓋が切られた。
最初の目的は明確であった。
砦の中央にそびえる巨大な「大門」を、丸太を組み上げた破城槌で打ち破ること。そして門が開いた瞬間、隠密の「猿」と最前線の「戦士」たちを雪崩れ込ませ、内部構造を把握・制圧、そして桃太郎が将鬼を討伐することである。
しかし、城壁の上に陣取る雑鬼の数は優に千を超えていた。
初日は、無数の弓矢や石が城壁上から降り注いだため、破城槌を前進させることすら叶わず、弓隊四百による外部の雑鬼掃討作業だけで日を落とすこととなった。
そして——二日目。
初日の弓隊による集中砲火が功を奏し、城壁の上で弓を扱う雑鬼の数はごくわずかにまで激減していた。
「戦士前へ! 今こそ門を穿て!」
時刻は昼。上空には雲ひとつない晴天が広がっていた。
太陽の光が戦場を明るく照らし出している。これは暗闇を好む鬼との戦いにおいて、人間側にとって計り知れない幸運であった。
右翼と左翼が同時に砦の側壁へ取り付き、敵の注意と反撃を徹底的に分散させる。その隙を突き、本隊の重装兵たちが担ぐ巨大な破城槌が、ついに大門の目と鼻の先まで到達した。
ドガァァァァンッ!!
腹に響く凄まじい打撃音。二度、三度と叩きつけられ、頑丈な大門の閂が悲鳴を上げて砕け散る。
バコォォンッ!
ついに開かれた第七砦の開口部!
光が差し込むと同時に、隠密部隊「猿」が風のように先陣を切って内部へと入り込み、仕掛けられた罠や改造された設備の調査を開始した。
だが——外は清々しいほどの晴天であるにもかかわらず、開かれた大門の奥、砦の内部はどこか不気味なほど薄暗く、泥と生血の腐臭が充満していた。
(……気配がない。将鬼・鬼同丸はどこだ?)
本陣からその光景を見ていた九代目桃太郎は、自ら太刀を抜き放つと、戦術家たちの制止を振り切って単身で砦内部へと足を踏み入れた。
姿を現さぬ敵の将鬼・鬼同丸を自らの手で討ち取るための潜入。
側近である「雉」の戦術家は、桃太郎のその意図を瞬時にくみ取り、すぐさま伝令を飛ばして左右の両翼へ指示を出した。
「左翼、右翼は将鬼・鬼同丸の捜索に当たっている桃太郎様を援護すべく、決して砦内部に雑鬼の侵入を許すな!!」
三
大門を破って侵入した砦の第一階層は、想像を絶する「悪意の巣窟」であった。
地面には巧妙に覆われた落とし穴、壁の隙間から飛び出す毒槍、天井から落下する巨石——鬼同丸の手によって改造された砦内は、初見の者を確実に滅する罠で溢れ返っていたのだ。
先行した「猿」たちの命がけの工作により被害は最小限に抑えられたものの、その異彩を放つ罠の独特性ゆえに見破りきれず、罠にかかって命を落とした「猿」の兵は実に四十名にも及んだ。
(隠密の精鋭がこんなに……全戦士を無計画に突入させなくて正解だったな)
手厚い報告を受けた九代目桃太郎は、冷静に心の中で安堵しながら、罠をかいくぐって内部の奥へと突き進んでいく。
その頃——砦の外周部および第一階層の入口付近では、凛たち右翼部隊が押し寄せる五百あまりの雑鬼の掃討にあたっていた。
「ハッ!」
ドガッ!
甚平が六尺の大槌を振るう。
だが、昨日の暴走とはまるで違っていた。今の甚平の動きには、繊細さと正確さが宿っていたのだ。
「猿」の隠密兵から授かった「冷静に周りを観察しろ」という教え。そして一度失敗を経験したことで、甚平は大槌の自重を利用し、味方の間合いを殺さない最小限の軌道で雑鬼の頭部や膝を的確に粉砕しようとしているのが見えた。まだぎこちないが、恐ろしい実戦の中で、甚平は加速するように進化を遂げていたのである。
五百という雑鬼の群れは、人間側にとってあまりにも手に余る数であった。
本来ならば、総力を挙げて慎重に陣形を維持し、戦わなくても済むような無用な突出は避けるべき局面。
だが——その激闘の最中、凛の胸の中にひとつの「不吉な好奇心」が芽生えてしまっていた。
(あの桃太郎様は、一体どんな刀を振るうんだろうか……。そして、落とされた第七砦の内部は、一体どうなっているんだ……?)
『見えすぎる眼』を持つがゆえに、凛には周囲の雑鬼たちの動きが手に取るように見えていた。自分自身の戦闘には、あまりにも「余裕」が存在してしまっていたのだ。
一瞬の隙。己の技量への過信。
凛は雑鬼の一群を捌き切った勢いのまま、本隊の先鋒隊に紛れ込むようにして、勝手に砦内部の闇へと足を踏み入れてしまったのだ。
「あ……! 凛……!?」
それを見た甚平は目を見開いた。
「身勝手な行動は危険だ」と分かってはいたものの、昨日の教訓から「凛のそばにいた方が安全だ」と無意識に判断してしまった甚平は、大槌を担ぎ直すと、凛の後を追ってそのまま砦内部へと侵入してしまったのである。
四
時刻は夕暮れ時に差し掛かっていた。
砦の外周にいた雑鬼どもはほぼ殲滅され、人間側の損害は栗山城を出発してからの全行程を合わせても「死者三百人」という、攻城戦としては信じられないほどの素晴らしい戦績を収めていた。
「雉」の戦術家は、一足先に左翼と右翼の部隊に対し、野営地へ戻って夜の飯と野営の支度を始めるよう命じた。
単身潜入した九代目桃太郎や本隊が、必ずや将鬼・鬼同丸の首を揚げて戻ってくると信じて——。
その頃、砦の最深部へと侵入していた九代目桃太郎は、立ちはだかる数々の奇襲や絶妙な罠を、圧倒的な剣技と立ち回りで悉く粉砕していた。
ザンッ!
最後に立ちふさがった大型の雑鬼を叩き斬り、桃太郎はとうとう、かつて将軍が暗殺されたとされる砦の第二階層・「作戦会議室」へと到着を果たした。
しかし——。
「……なに?」
桃太郎の冷静な顔が、初めて驚愕と動揺に歪んだ。
そこに、将鬼・鬼同丸の姿はなかった。
それどころか、作戦会議室には鬼気すら一切存在せず、そこには将軍の首が刎ねられた現場だけであった。
(なぜだ……? 気配がまったくない。奴はこの砦のどこにもいない……!?)
作戦会議室は、第一階層から三階層まである砦の中央・第二階層に位置している。
違和感を覚えた桃太郎が作戦室の大きな窓枠へと歩み寄り、下を見下ろした。
そこにあったのは、かつて砦の兵士たちが家畜(牛や鶏)を育てていたであろう、広い飼育場(小屋)の跡地であった。
しかし、小屋はもぬけの殻であり、家畜の姿は一頭もない。
その瞬間——桃太郎の脳裏に、凄絶な閃光が走った。
桃太郎ははっと顔を上げ、窓越しに遠く離れた自分たちの野営地のある方向を凝視した。
——時を同じくして。
指示を破って第一階層へ侵入していた凛と甚平の二人は、暗がりの中に転がる鬼や人間の生々しい死体の山、そして鼻を突く血臭に強い恐怖を覚えていた。
「ハァ……ハァ……」
静まり返った暗闇の中で、二人は自分たちが冒した「軍律違反」の罪悪感と恐怖に押し潰されそうになっていた。桃太郎の戦いを見るどころか、内部は恐ろしい死の静寂に包まれていたのだから。
「凛……僕たち、やっぱり戻ろう。染谷隊長に殺される……」
「うん……そうだね、甚平。すぐに出よ——」
凛が振り返ろうとした、その時であった。
「お……おい、凛……ッ!?」
甚平が、砦の破れかけた窓格子を指差したまま、喉を詰まらせて絶句していた。その顔は土気色に青ざめ、全身がガタガタと激しく震えている。
「どうしたの、甚平……?」
凛が甚平の指差す先——窓の外、夕闇に包まれつつある遠くの「自分たちの野営地」へと視線を向けた。
凛の眼が、広大な平原の果てにある野営地の光景を、痛烈なほど鮮明に捉える。
夕暮れの赤い空へ向かって立ち上る、幾筋ものどす黒い煙。
そして、仲間たちが夜の飯の支度をしているはずの野営地を、赤々と焼き尽くす「巨大な炎」の波——。
「な……なんで……」
凛の声が凍りつく。
「なんで俺たちの野営地に……火の手が上がってるんだ……!?」
甚平の悲鳴のような呟きが、静まり返った砦の暗闇に虚しく響き渡った。
(第二十三話 完)
読んでいただき感謝感激です!!!!!!!!!!!!
AIをふんだんに使用していますが
これからも「桃太郎を継ぐ者たち」をよろしくお願いします!




