攻略対象:年上のお兄さん枠(後編)
突然、私の部屋に乱入した少女が、不躾に言い放った。
「名乗らなくてもランドルフって知ってるけどね!」
専属侍従が、いつでも取り押えられるように警戒態勢を取った。
フットマンもアンジェリカとの距離を詰める。
「ラルフは灰色の髪の毛をアップにしているけど、今みたいに一筋垂れているのも色気があってイイネ。
前髪を下ろして、実年齢より幼く見えるのも見たいなぁ。お風呂上がりで雫が垂れているのは、超絶セクシーだったよね」
アンジェリカは上半身をこちらに傾け、私の顔をのぞき込んだ。
まるで悪魔が少女の姿で現れたような、底の知れない不気味さを感じる。
なぜ、私の風呂上がりを知っているかのような言動をするのだ?
髪が一筋垂れているのは、先ほど頭をかきむしったからだ。
貴族らしくない、見苦しいと、乳兄弟にあとで小言を言われかねない。
いや、こんな強烈な不審者を前にしたら、髪型など些末なことか。
一昨年、女学校が開設された。
年の離れた妹も、両親に懇願して通うようになった。
楽しそうだと微笑ましく眺めていたが、こんな生徒がいるのでは悪影響が心配だ。
可哀想だが、妹を中退させることも検討した方がいいかもしれない。
それにしても、男性の私室に侍女も伴わず女性が入ることの意味を知らないのか。
このままでは私の評判が危うい。
さて、どうするのが最善だ?
私はおもむろに立ち上がり、窓を開けた。
「ダイアナ! お前の友人がこの部屋に突然来たのだが、どういうことかな?」
途端に、お茶会がざわめいた。
「あの方、席を外してなかなか戻ってこないと思ったら……」
「なんて無作法な!」
「今日だって無理矢理割り込んできて、ひどいわ」
眼下の少女たちは慌てている。
淑女としては泰然としていてほしいものだが、他の令嬢たちはまともな感覚を持っているようで安心した。
いや、まだ安心するのは早かったか。
「え、ちょっと待ってよ。あたしは挨拶に来ただけでしょ」
逃げるでもなく、こちらに食ってかかるのは根性がある。
――だが「根性がある」なんて、令嬢に対する褒め言葉ではないぞ。
私は、もう令嬢ではなく、ただの不審者として相対することに決めた。
「挨拶に来ただけなら、なぜ慌てるのかな。同級生たちに知られたくないということは、何かしら後ろめたいことがあるのだろう?」
片方の唇を上げ、意地悪い顔を見せてやる。お前の言いなりにはならないぞというポーズだ。
「うっそ。信じられない、この男。もう、いい!」
アンジェリカと名乗った女は、顔を真っ赤にして、怒って出ていった。結局、家名を名乗らなかったな。
私はため息を吐き、専属侍従に尋ねた。
「今のは、何だったんだ?」
「金の力で爵位を手に入れた『にわか貴族』か、最近になって貴族家に引き取られた庶子でしょうか」
「お前も扉を突破されて情けないぞ」
ふと乳兄弟をからかいたくなった。
「申し訳ございません。あまりにも予想外で、後れを取りました」
しれっと謝罪されてしまうと、それ以上突っ込めない。隙のない奴だ。
私は再び机の上の陳情書に目を落とした。そして先ほどと同じように、頭を抱える。
その日の晩、食事をしながら妹に尋ねた。
アンジェリカという女は「なんで共学じゃないのよ」と女学校に文句を言い、頻繁に男子だけの学院へ忍び込もうとする問題児なのだそうだ。
「どうしてそんな子を連れて来たの?」
母がダイアナを見つめた。
「彼女が馴染めていないのが可哀想で……」
心優しい妹は、そう言って目を伏せた。
「ダイアナ。優しくしても、恩を仇で返す人もいるんだ」
そう言うと、ダイアナははっと顔を上げて、悲しそうに眉尻を下げた。
「あの生徒が問題を起こしたら、やはり女学校など必要ないという意見が出てくるぞ」
可能性の話を、あえて断言した。
それくらい言わないと妹は断れないだろう。
「ほう、そのような問題があるのかね」
父が落ち着いた声で訪ねると、妹はびくりと肩を揺らした。
「あの、お父様。あんなに変わった方は、一人だけですわ」
何か面倒ごとに巻き込まれなければいいが……顔を曇らせる妹を見ながら、私は不安を覚えた。




