おかしな娘
娘は十二歳の時に高熱を出した。
こんな田舎には、腕の立つ医者などいない。
薬師の婆さんが首を振った。
「あとは『神様の手のひら』だ」
それは、運が良ければ回復するかもしれない、という絶望的な宣告だった。
ところが、アンジェリカは奇跡的に回復した。
神は、愛し子を手元へ呼び寄せられる。けれど、アンジェリカは奇跡的に目こぼししてもらえたに違いない。
娘の熱が下がった日は、妻と抱き合って喜んだ。
起き上がれるようになった娘の様子がおかしい。
鏡を見るなり、叫んだのだ。
「わたし『テンコイ』のヒロインになってる~!?」
このときから、娘は聞いたことのない言葉を発するようになった。
「堆肥に混ぜる木くずや藁は小さくして。時々混ぜて。一度熱くなって、冷めてから」
突然何を言い出すのかと思った。
当然、子どもの言うことを聞く人は少ない。
だが、少数の家が試してみた。
最初は「ツンとする臭いがしない」だった。
次の年、実った物が良かった。
更に次の年に「あいつらの畑は、病気になってねぇな」と気付いた人たちがいた。
そこで、変わっているけれど「いい娘だ」という評判が広がった。
安堵したところで、「マヨネエズ」なるものの騒動が起きた。
卵黄に油、酢、塩を入れて作る調味料だ。
うまく混ざらないと、たくさん失敗してようやく完成したらしい。
確かに旨かった。野菜にも揚げ物にもぴったりだ。
アンジェリカはさっそく、女衆を集めて作り方を教えた。
この田舎が更なる発展を遂げるか……と喜んだ数日後、腹を壊す者が続出した。
疑いを掛けられたアンジェリカは、青ざめていた。
「卵の衛生管理、冷蔵庫がない中世……駄目じゃん」
結局、娘のせいだという証拠もなく、マヨネエズは我が家でたまに食べるだけになった。
貴族であるならば――
村人に教える前に、貴族の間で価値を高めることを考える。
平民の青年たちに、令嬢が気軽に話しかけたりしてはいけない。
そういった常識を何度言い聞かせても、「そっちの方がおかしいから、変えていこう」と反論される。
頭を悩ませているときに、王都で女学校が開校されたという話を聞いた。
花嫁修業に教養を添えて、一段上の淑女に仕立て上げてくれるらしい。
貴族の常識を身につけるか、アンジェリカの発想を面白いと受け止めてくれる人を見つけるか――藁にもすがる思いで、娘を送り出した。
ほどなくして、女学校から警告の手紙が届いた。
騎士団からも問い合わせが来た。
王都でも、女学校でも駄目だったか……。
一年生が終わって切りがいいところで、退学させよう。
妻とそう相談していた矢先、娘が帰ってきた。
流浪の民を一人連れて。
「お、お前、何を……!」
だめだ。我が子ながら、もう面倒を見きれない。
言葉を失って、頭を抱えてしまった。
だが、妻は強かった。
「嫁入り前の娘が、殿方と二人旅など、何を考えているのですか!」
「わたし、ラドと結婚する。どうせ、お婿さんに来てくれそうな貴族はいないでしょ」
だ、誰のせいだと思っているんだ?
お前の奇行のせいだろうが!
急いで退学届を出した。
田舎では噂がすぐに広まる。
のんきに二人連れで歩いてきたのだから、「あの男は誰だ?」と大騒ぎになっているだろう。
ラドという少年の褐色の肌――流浪の民とか旅芸人とか言われる人種だろう。
今、選べる最善の道。
最悪の中の、少しでもましな選択肢。
すぐに二人を結婚させてしまおう。
やがて、このラドという少年が、薬師として田舎の救世主になる。
薬師の婆さんは偏屈で、後継者がいなくて困っていたのだ。口の悪い者同士、喧嘩をしながら師匠と弟子をやっている。
この婿が、卵を洗う機械とレーゾーコを作った。
娘が作らせたらしい。
「だから、冷たい空気を箱に閉じ込めてほしいの」
「術者が唱えなくても継続するなんて、ありえないんだって」
「え~。なんか、回路とか書いてさぁ、魔石使うとかさぁ」
「なるほど、それなら……。なんでそんな知識があるんだ?」
「えっと、天才のひらめき?」
居間でそんな会話をしているのが聞こえた。
今やマヨネエズは、我が男爵領でだけ味わえる特産品である。
取り扱う宿屋は、いくつかに限定している。娘の公衆衛生講座を受講することが条件だ。
事前に、料理として提供するだけで、マヨネエズ単体では販売しないようにと契約を交わしている。
また、病気の疑いが出ても困るからな。
レーゾーコができた時点で王都にも売りに行くのかと思いきや、王族や貴族と関わりになりたくないと言う。
女学校時代に懲りたようだ。それだけでも、王都へ送り出した甲斐があった。
近隣の領からマヨネエズの評判が広がり、貴族用のホテルを作るか検討中だ。
だが、作っても、貴族用の接客ができる人材がいないんだよなぁ。
それから数年後、ラドの雇用主と名乗る男が乗り込んで来た。
娘がコテンパンにやっつけた。
誘拐して奴隷労働させたとして捕まるか、未払いの賃金を払うか。そう迫って――
「き、騎士団のおじさんたちに比べたら、あんなジジイ、ヘノカッパよ」
涙目で震えながらも、逞しいアンジェリカ。
娘は、何歳になっても変わらないようだ。




