攻略対象:年上のお兄さん枠(前編)
仕事の休憩に庭を眺めていると、妹たちがお茶をしているのが見えた。
午後、女学校が終わると誰かの家に行き、課題をやりながらお茶をする。
そんな習慣ができつつあるようだ。
妹はプラチナブロンドの髪を揺らして、何かを否定しているらしい。
二階から見下ろしているので、表情はわからない。
わっと笑い声があがった。
なんとも賑やかなことだ。
手にしているコーヒーを一口含む。鼻にいい香りが通った。
すっとストロベリーブロンドの少女が、立ち上がった。
こちらの建物に来るので、化粧室でも使うのか。
おっと。私も休憩を切り上げる頃合いだ。
コーヒーカップを執務机の端に置き、私は書類に向かった。
机の上にあるのは、領地の家令からの報告書と、いくつかの村長からの嘆願書。
それぞれの主張が食い違っている。
領地に自ら行って確かめるか、誰かを選んで派遣するか、家令に改善を指示するか――父に判断を委ねられている。
どれも一長一短で、決めかねていた。
それに、私がどう判断し、どう行動するか、次期当主として父に試されている気がする。
教師や他人に試されていると感じるときとは違って、どこか胸がざらつく。
何が違うのだろう。
正解を引き当てられなかったらどうしようという焦りか?
まだ信用されていないという不快感か?
「どれが正解なのだ」と呟いて、頭を抱えてしまった。
乳兄弟でもある専属侍従が、「頭を抱えていても、答えは降ってきませんよ」と至極もっともなことを言った。
「お待ちください!」
廊下から若いフットマンの焦ったような声が聞こえた。
「ちょっとご挨拶するだけよ」
そんな声がして、がちゃりと扉が開いた。
え?
専属侍従が開けるのを待たずに、自分で開けたぞ。この女。
ストロベリーブロンド……先ほどの妹の友人か。
つい「ここは化粧室ではありませんよ」と皮肉を言いたくなった。
「何か、ご用でしょうか?」
不審に思っていることを悟られないよう、表情を取り繕う。
他人の家を勝手に歩き回るなんて、どういう教育を受けているのだ。
「わぁ、やっぱり攻略対象のラルフだ!」
フットマンの制止を振り切り、専属侍従を押しのけて、ピンクブロンドが机まで駆けてきた。
いや、そんな走り方は家庭教師がつく前の子どもしかしないだろう。
それよりも男性二人の存在をものともしない精神力が、すごいとしか言いようがない。
理解不能で不気味な存在に、鳥肌が立った。
「あたしぃ、ヒロインのアンジェリカでっす」
「『ヒロイン家』……ですか?」
そのような家名は聞いたことがない。外国の貴族なのだろうか。
「やだ、ウケる。違いますよぉ。主人公ってことです!」
目をくりっとさせ、小首をかしげて、「自分は魅力的だろう」と押しつけてくる圧がある。
街道沿いの宿屋に泊まると、こういう愛想を振りまく給仕女がたまにいるな。
しかし、なぜだろう。先ほどから会話が成立しない。
「――初対面なら、まず『ウィンザー侯爵家の娘、ダイアナ・ウィンザーと申します』というように名乗るものですよ」
妹の学友ならば、教育的な指導をしても許されるだろうか……。
こんな生徒が女学校の評判を落として、妹の評判にも影響したら困るのだが。
「え~、それならお兄さんから名乗ってください!」
キンキンと高い声が頭に響く。
一瞬、呆気にとられてしまった。
……こんな無礼な対応をされたことはないぞ。
平民の子どもだって、こんな物言いはしないぞ。貴族に無礼なことをしたら大変だと知っているから。
互いに名乗り合って、「知り合い」になりたくない。
どう言えば部屋を出て行ってくれるだろうか。
「名乗らなくてもランドルフって知ってるけどね!」




