216話 砕ける光
結晶兵が、迫るリュウジィへ向けて左足を高く引き上げた。巨体がわずかに前傾する。踏み下ろされる、とリュウジィは直感した。
ドスンッ!
山道全体が大きく揺れ、リュウジィの足元の地面が青白く光った。
次の瞬間、逃げ場を塞ぐように、尖鋭な結晶の槍が地中から猛烈な勢いで突き上がってくる。
「うわっ!」
声を漏らしながらも、リュウジィは反射的に真横へ大きく跳んだ。靴底が地面を離れた直後、結晶の槍が元いた場所を貫く。
着地するより早く、足元の地面が再び青白く光り、振動が伝わってきた。
結晶兵の追撃は緩まない。二本目、三本目と、リュウジィが次に足を置く場所を正確に狙い澄ましたかのように、結晶の槍が逃げ道を追いかけて突き上がってくる。
「リュウジィ!」
後ろでミライが叫ぶ。リュウジィは槍の先を紙一重でかわした。
足元の光と振動のわずかな変化を見逃さず、槍が現れる直前に踏み込む方向を変える。足場を次々と変えながら山道を駆け抜け、どうにか結晶兵から一定の距離を取った。
(くそっ!厄介だな。攻撃して来た瞬間に懐に入らないと駄目か)
その瞬間、結晶兵が踏み込んできた。巨体に似合わない圧倒的なスピードで、離れていた間合いが一気に詰まる。
重厚な右腕が頭上へ跳ね上がった。氷柱の刃が午後の陽光を弾き、白い閃光を四方へ撒き散らす。
間合いはすでにゼロに近い。刃が空気を裂き、頭上へ一直線に落ちてくる。まともに受ければ、防御する間もなく体ごと砕かれる。
リュウジィは目を逸らさなかった。風切り音が耳を打つ。刃の軌道が、はっきりと見えた。
リュウジィは刃をぎりぎりまで引きつけた。内功盤根の動きで円を描くように体をひねり、相手の力を正面から受け止めず、その流れに沿って身を翻す。巨大な刃が目の前を通過し、紙一重で外れた。
ガキィィン!
凄まじい衝撃とともに刃が地面を撃ち抜いた。山道の地面が砕け、鋭利な石のかけらと結晶の微片が、激しい雨のように周囲へ飛び散る。頬のすぐ横を破片がかすめ、細い赤い線が走った。熱を持った痛みが遅れてやってくる。
刃が叩いた地面が青白く光った。結晶兵は左足も踏み鳴らし、その足元も青白く輝く。二方向から同時に、結晶の槍が突き上がってきた。リュウジィは真上へ跳んだ。
靴底の下を二本の槍が貫き、ファフニールの裾をかすめて空を突く。着地した場所にも、すぐ次の槍が走ってくる。リュウジィは足を止めず、右へ、左へと走り方を変え、迫り来る槍をかわし続けた。
結晶兵の空いた左拳が、横合いから大気を強烈に叩き割る。重厚な唸りが響き、岩のような拳がリュウジィの体を殴り飛ばそうと迫った。
避ける方向を間違えれば、再び地中からの槍に足を取られる。ここで迷うわけにはいかない。
リュウジィは拳の動きを見切ると、振り抜かれる軌道に沿って体をしなやかに流し、攻撃の内側へ滑り込んだ。頭上すぐを太い結晶の腕が通り過ぎ、巻き起こった冷たい風圧が髪を激しく煽り、チャイナ服の裾をはためかせる。
懐へ滑り込んだリュウジィを追い、結晶兵の巨体がわずかに傾いた。足元に入り込まれ、踏みつけるための足を動かせない。だが、右腕の刃は止まらない。結晶兵は腕を振り上げ、リュウジィめがけて振り下ろした。
リュウジィは左足を軸にして素早く体を回転させた。刃先が肩のすぐ横を滑り抜け、肌に冷たい気配が走る。その回転の勢いを利用し、結晶兵の右足へと踏み込んだ。狙うのは、太い右足の脛だ。
リュウジィはヒヒイロカネ入りの靴を履いた右足に力を込め、結晶兵の右足の脛へ、踏み折るような強烈な一撃を叩き込んだ。
暗腿!(あんたい)
ガキィィィン!!!
空間を震わせる凄まじい打撃音とともに、結晶兵の堅固な右足の脛が木端微塵に砕け飛んだ。
右脚が崩れ、結晶兵の体が大きく傾く。踏ん張ろうにも、砕けた脛では体重を支えきれない。巨大な上半身が前のめりになり、地面へと崩れ落ちていく。
倒れ込んでくる結晶兵の胸が、リュウジィの目の前へ迫った。その中心には、白く輝く玉が埋め込まれている。
(ここだ!)
ニーズヘッグリングが、指先で眩い光を放った。
真紅のファフニールが、燃え上がるように脈打った。金色の筋が稲妻となって全身を駆け巡り、赤い光が奔流のように溢れ出す。足元の石がその圧に耐えかねて、ぴしりぴしりと割れていった。
炎を纏ったリュウジィの拳に、足裏から伝わった力が一気に凝縮される。
崩れ落ちてくる結晶兵の胸を見据え、リュウジィは拳を外回転させながら、下から垂直に突き上げた。螺旋を描く拳が、巨体の中心に埋め込まれた白光の玉へと迫る。
鑽拳――!!
ドォォォォォン!!
リュウジィの拳が白光の玉を直撃した瞬間、その玉は粉々に砕け散った。凄まじい衝撃が結晶兵の胸部を突き抜け、結晶の破片が内側から弾け飛ぶ。巨体が大きく揺らぎ、胸部を中心に無数の亀裂が走った。
ピシッ。
山道に、小さく乾いた不穏な音が響いた。
ピシ、ピシピシピシッ。
胸部に走った亀裂が、結晶兵の全身へ一気に広がった。無数のひびが白い光を受けて、不気味に浮かび上がる。
結晶兵の顔を満たしていた眩しい光が、急速に弱まっていく。
リュウジィは体勢を整え、結晶兵から一歩距離を取った。
次の瞬間、轟音とともに結晶兵の巨体が一気に崩れ落ちた。砕けた結晶は白や青、紫の無数の光の粒となって四方へ飛び散り、冬の雪のように山道へ降り注いだ。
結晶兵が立っていた場所には、無数の光の粒が静かに舞っていた。
リュウジィはその光景を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。ようやく戦いが終わったのだと実感し、張り詰めていた肩から力が抜けていく。
拳に纏っていた炎も静かに揺らぎ、ファフニールが漆黒に色を変えるとともに、消えていった。
「リュウジィ!」
ミライが駆け寄り、彼の腕にしがみついた。
「けがは? どこか痛くない?」
「大丈夫だよ。頬をかすっただけで、ほかはどこも痛くない」
リュウジィは腕を大きく回してみせた。ファフニールも滑らかに動き、体に痛みや違和感はなかった。
ミライは頬の細い傷を確かめると、ようやく安堵の息を漏らした。
「もう、見ていてこわかったんだから」
ミライはリュウジィの腕をつかんだまま、深く息を吐いた。張り詰めていた表情がようやく和らぎ、彼が無事であることを確かめるように、もう一度その顔を見つめた。
リュウジィはミライを抱きしめたまま、彼女の背中に手を添えていた。ミライも彼の胸元に身を寄せ、しばらくそのまま動かなかった。やがて二人はゆっくりと体を離し、互いの顔を見合わせた。
結晶兵が崩れ去った場所には、もう何も残っていなかった。砕け散った結晶の破片も、空中を漂っていた光の粒も、すべて消えている。その向こうには山道が続き、先ほどまで巨体に遮られていた道の先まで、遠く見渡せるようになっていた。
「通してくれた、のかな」
ミライが道の先を眺めながら口にした。
「そうかもしれないな。ただ、あいつが何のためにあそこにいたのかは分からない」
リュウジィも山道の奥へ目を向けた。結晶兵が消えたことで道は開けたが、この先に別の魔物が待ち構えている可能性もある。戦いが終わったからといって、ダンジョンの中で気を抜くわけにはいかなかった。
「とりあえず、先へ進んでみよう。何かあれば、そのとき考えればいい」
「うん。さっきみたいなのが、また出てこなければいいけどね」
ミライの言葉に、リュウジィは道の両側に並ぶ結晶へ目を向けた。午後の陽光を受けた結晶は、先ほどまでの激しい戦闘などなかったかのように、白い光を反射している。
「さあ、行こう」
リュウジィが歩き出すと、ミライもすぐ後に続いた。二人は目の前に続く山道を進み始めた。結晶の輝きに彩られた道は、さらに山の奥へと伸びていた。
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