第1話 ごっつ盛りと終焉
(モノローグ)
夕日に照らされ、旅客ターミナルのウィンドウに映ったその姿は、かつて夜の街でオーナーとして札束を数えていた男の面影ではない。安っぽい警備服に馴染んでしまった、くたびれた四十六歳の中年男のツラだ。
「はい!了解しました。……よし、交代だ」
無線に短く応じ、俺は重い足取りで詰め所へ向かうため、広い旅客ターミナルを歩き出した。
空港警備員。響きはいいが、実態は過酷な肉体労働だ。
世間じゃ「綺麗なCAさんに毎日会えていいですね」なんて能天気なことを言われるが、笑わせるな。こっちは元・キャバクラ経営者だ。CAなんて、美人ほど愛想よく挨拶を返すが、ブスほどこちらの挨拶をシカトする。あの制服の魔力に騙されるほど、俺は馬鹿じゃない。
今の俺にとっての死活問題は、CAの笑顔ではなく、休憩時間の短さだ。
休憩は六十分。だがこのクソ広い空港、詰め所までの往復で二分は消える。トイレを済ませ、自由に動けるのは実質三十五分しかない。
この貴重な時間を、俺は『ごっつ盛り』のカップ焼きそばに捧げている。
なぜか警備員という人種は、揃いも揃ってカップ焼きそばを愛している。短い休憩、削られる体力。安くて、早くて、暴力的なまでの塩分と炭水化物。
借金まみれの四十六歳にはこれしかない。最近は物価高のせいで、スーパーの棚から消えるのが異常に早いのが悩みだ。
(……悲しくなってくるな。俺、一時期は一晩で数百万円動かしてたんだけどな)
頭の中にある日付の目盛りは、唯一「給料日」という聖域のためだけに刻まれている。
借金を返し、生活費を削り、残ったわずかな小銭を握りしめて向かう月一回の『和幸』の上ロースカツ定食。あるいは『かっぱ寿司』のカウンターで、一皿百数十円のビントロを五皿だけ、誰にも邪魔されずに咀嚼する時間。
それが、今現在における唯一の「勝利の味」だ。
だが、今日は給料日前だ。
当然、そんな贅沢は許されない。俺は今日も、棚から消えるのが異常に早い百数十円のジャンクな塊に、午後の立哨を乗り切るための命を繋いでいる。
そんな自嘲を浮かべながら、お菓子の特設コーナーを横切る。この裏側のトイレは穴場で比較的空いているのだ。
トイレに入る前、羽田名物『東京ばな奈』の売り子の声が聞こえてくる。
ここの掛け声は独特で、ディズニーシーのジャングルクルーズ並みにテンションが高い。
「東京名物、東京ばな奈! 東京ばな奈! 甘くて酸っぱい東京ばな奈、いかがですぁー!」
ちなみに正式名称は『東京ばな奈「見ぃつけたっ」』だ。
この売り子の姉ちゃんは、販売員の休憩スペースでは苦虫を噛み潰したような顔でスマホをいじっているのを俺は知っている。わかるよ。無駄に明るいテンション、疲れるよな。
――異変は、トイレから出た、その瞬間だった。
誰かの悲鳴とともに視界に飛び込んできたのは、目を充血させた天然パーマ気味の、小太りの男だ。ダウンベストに赤のチェックのシャツ。
距離にして二メートル。
その男はこちらを振り返り、俺を射抜くように睨みつける。
男の手には、ひどく安っぽい、だが殺意だけは本物の銀色の筒があった。
改造拳銃だ。
「は……?」
犯人の男は、狂気に染まった目で俺を凝視していた。
後でわかったことだが、別れ話に逆上したストーカーが、他の男と旅行に行く女を待ち伏せしていたらしい。パニックに陥った男の脳内では、俺の警備服は自分を捕まえに来た「邪魔者」にしか見えなかった。
「邪魔すんなよ! どけよ! 死ねぇぇぇ!!」
ツッコミを入れる暇もなかった。
乾いた破裂音。
腹を焼火箸で抉られるような熱さが走り、視界がごっつ盛りのソースより濃い赤に染まっていく。
(……クソ。まだ焼きそば、一口も食ってねぇのに。俺の四十六年は、こんな人違いの弾除けみたいな幕引きで終わるのか……?)
意識が、泥の中に沈んでいく。
次に目を覚ましたとき、俺を待っていたのは『病院の天井』じゃなかった。
「初めまして、九条竜二です。カクヨム、アルファポリスでも連載中ですが、なろうでも公開を始めました。楽しんでいただけたら嬉しいです!」




