Ep.68「門前」
〝神都市〟エデンは聳え立った壁に囲われている。外部からの攻撃に対する備えだという。だから外からエデンの全容を知ることはできない。
壁の周囲は深い森に覆われており、その一部分が船着き場として開拓されているようだった。
船着き場には既に、軍服を纏った兵隊たちが一列に並んで待っていた。彼らは一様に目元を隠しており、首輪をしていた。いずれも機械である。だがひとりだけ目元を露わにしている。服装も他のひとと違って、マントのようなものを身に着けているし、ズボンではなくスリットの入ったロングスカートだ。
ボクらが船を降りると、そのひとが真っ先に近づいてきた。ボブヘアの、目つきの鋭い女性だった。
「雅知佳様より案内を仰せつかっております、『都市軍』<第三機動部隊>隊長、ソナカベイオリでございます。エデンの中では武器の所有が禁じられておりますので、これからひとりひとり身体検査を行わせていただきます」
ソナカベさんは全員を見渡しながら、説明した。視線に敵意が垣間見える。彼女もまた、男性に対して嫌悪感を抱いているのだろうか。ソナカベさん――彼女は律義に身分証を見せた。革張りの手帳で、上下に分かれているものだ。上の部分に顔写真、下には紋章が刺繍されていた。
蘇中部庵、と書くのか。
蘇中部さんの視線とボクの視線が交錯する。
「……あなたが梵遊兎都、ですか」
「はい、そうです」
「……」
ボクが答えると、蘇中部さんはボクを頭のてっぺんからつま先まで睨みつけた後、「随分と、頭が高いですね」と言った。
そういえば凛彗さんに抱き上げられたままだった。
「凛彗さん」
「……」
凛彗さんは警戒しつつ、ボクを下ろした。
「失礼いたしました。ボクが梵遊兎都です」
「あなたが、あの方の……」
「え?」
ボクが聞き返すと、蘇中部さんは咳払いをした。
その仕草は、余計なことを言ってしまったのを誤魔化しているように見えた。
「……いえ。こちらへ」
あの方? あの方って、雅知佳さんのことだろうか。
疑問に思いつつも、ボクらは指示に従った。
◇
身体検査のために通された建物は、それ専用に建てられたもののようで、検査に必要なもの以外は何もなかった。
頑丈な鉄の壁に覆われていて、あちこちに監視カメラが取り付けられていた。監獄みたいな場所だった。長く伸びた廊下の反対側は鉄扉が並び、果てにも鉄扉があった。そこに蘇中部さんが立っている。
ボクらはそれぞれ隊員に付き添われ、個室に入った。中に入るとすぐ、身に着けているものすべてを脱げと告げられた。脱いだ服は鉄製のカゴに入れられ、壁の一部が開いて、カゴは吸い込まれていった。金属探知機にでもかけられるのだろう。その間、ボクのほうの検分になる。隊員はボクの足の指先から手で触れて、何か隠されていないか隅々まで確認した。
一通り終わったタイミングで、壁が開いてカゴが戻ってくる。問題なかったようだ。
服を着るよう言われて、身体検査は終了した。
だが部屋から出る許しはなく、待機を命じられた。ボクは隊員に睨みつけられながら、扉の前に佇みその時を待った。
結構しつこくされるのかと思っていたので、意外にあっさりしていて驚いた。
ああ、でも雨汰乃さんが言っていたっけ。
――雅知佳は俺たちを捜していた、だから妙なことはしねえ。寧ろ気持ちが悪いくらい歓待されると思うぞ
だからこの身体検査もたぶん、形式的なものなのだろう。慣例として一応はやっておく、みたいな感じで。特例を認めない部分はあのひとらしいな、とも思う。
そもそも、雅知佳さんが欲しているのは『三大規格外』と呼ばれた凛彗さんたちの力だけ。ボクらが必要なのは、単に操縦桿が必要だから。四人ともひとの言うことを素直に聞くようなタチじゃない。だから、言うことを聞かせるための、〝手段〟としてボクらが求められるのである。要するに人質だった。
――嫌悪する対象を圧倒的権力で支配、洗脳し、自身の理想のために自在に使う。
見つけ次第即座に殺さないあたり、雅知佳さんのやり方はかなり穏便な復讐方法だろう。
それに、雅知佳さんは間違ってはいないと思う。
統治する者としては利用できるものは利用するのは当然だ。――だからといって「はい、そうですか」と凛彗さんを明け渡すわけにはいかない。
自身の幸福と誰かの幸福。天秤にかけて後者を選べるほど、ボクは善人じゃない。
女王は誰かの幸福のために、簡単に自分を犠牲にはしないのだ。
「……まあボク、男なんだけど……」
独り言に隊員が反応して、首ごと動かしてボクを見遣ったので口を噤んだ。
ほどなくして部屋から出るよう言われ、鉄扉が開いて廊下に進むとちょうど全員が出てくるタイミングだった。これを待っていたらしい。一列に並んだボクらは場所の雰囲気も相まって、収監された囚人たちのようである。
「危険物は認められませんでした。つきましては、『都入り』を許可いたします。『都入り』する前に、皆様。――腕をお出しください」
蘇中部さんの指示で全員が腕を出すと、眼前に立っていた隊員が、腕輪を取り付けた。それは一見すると金属のブレスレットのようだった。かなり小さくて、そう目立つ代物ではない。かち、と音がして『認証サレマシタ』と腕輪がアナウンスした。
「そちらは『特定顧客証明書』です。エデン内でのあらゆる場所を無料でご利用いただくための特別なものです。エデン内でそれは外れません。また、腕輪に対する破壊行動が確認された場合、腕輪本体が爆発する仕組みになっておりますのでご注意くださいませ」
淡々と蘇中部さんが説明した。
利用するときは専用の読み取り機に腕輪をかざすだけでいいという。
隊員たちのしている首輪の代わり、か。爆発とは物騒だな。
「ナニコレ。うざ」
「雨汰乃。これは食っていいものか」
「いいわけねえだろ」
「えーこれずっとつけなきゃいけないわけー? やだー俺ちゃん、自由を愛する自由人なのにー」
「全くだ」
「……頼むから、静かにしていてくれ……」
御しきれぬふたりの言動に、雨汰乃さんが額を押さえていた。その様子を兄弟は楽しげに見ていた。わざとなのかもしれない。
翠君もうんざりした顔で、皇彌さんはただ眼鏡に触れただけ。凛彗さんは無反応。
蜜波知さんは、ちょっとうれしそうだった。
妹さんの――愛瑠々さんのことを思い出しているのだろうか。中に入ったら会えるといいのだけれど。
いろいろ考えているうちに、蘇中部さんが「では『都入り』でございます」と宣言し、くるりと踵を返した。
一番奥の扉が開き、締め切った部屋に空気が入ってきた。
懐かしさは全くなかった。




