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5話-B 加瀬森彗菜という人間


「…どういうつもりだ、お前」


 部屋から出るなり、飄々とした顔の加瀬森を問い詰めた。


「どうもこうもありませんが…私にはどうして木場警部があそこまで憤慨しているのかが分かりません」

「本気で言ってるのか?それ」

「こんな大切な時に冗談を言ってどうするんですか?」


 ホントに話にならなかった。


「…お前がなんで一課から外されたかやっと理解できたよ」

「そうですか?」


 資料室に戻り、椅子に倒れる様にもたれかかる。初仕事がまさかこんな形で終わるとは思いもしなかった。


「元気がありませんね、志原先輩」

「どうしてだと思う?」


 加瀬森は少し考える素振りをして言った。


「煙草が切れたからでしょうか…?」

「…ちげぇよ。仕事をしくじったからだ」


 強ち間違いではなかった。現に胸ポケットには昨日増田から貰った煙草の空箱が入ったままになっている。

 ヤニ休憩でもすれば今ある悩みが消し飛ばせるかもしれない。だが、そんな事で自分の無能さが露顕してしまったと事実など消えない。


 要するに、ただのその場凌ぎの逃亡にしかならないということだ。


「……クソ」

「先程の事を悔やんでいるのであれば大丈夫ですよ、志原先輩。全て私が責任を肩代わりします」

「そりゃ助かるよ…じゃあクビになった後の仕事でも探しといてくれ」


 突っ伏している俺に加瀬森が変わらないトーンで言う。コイツなりの慰めのつもりなのだろうが、その無機質な声色は何のフォローにもならないどころか、心労を増幅させるのには十二分だった。


 だが俺は何故ここまで自分が凹んでいるのか理解ができない。

余計な仕事が削減された事を今は喜ぶべきじゃないのか?

 バカみたいな事が引き金で無職街道に迷い込むのが単に嫌なのか、それともただ単に羞恥から来る苛つきに耐えかねているのか。

 あの時の様に、被害者に責められるのが怖いのか。


 …クソッタレが


 悪態をつきながら顔を上げると、加瀬森がコートを着ていた。


「どこへ行くんだ?」

「現場です」



 コイツはバカなのか?

 それとも単純にイカれてるのか?



「加瀬森、頼むから今は大人しくしてろ」

「何故ですか?」


 耐えないといけない。もうこれ以上面倒ごとに首を突っ込みたくない。そしてただでさえ余計な仕事が増えた今、労力を費やしたくない。


「断言しておくが、厄介事をお前は必ず作ってそれを持ち帰ってくるからだ」

「厄介事とは先ほどのような事ですか?」

「そうだ」

「なら安心して下さい。先輩を巻き込むような事はしませんので」


 加瀬森は自信に満ちた声で言った。


「…行くな」

「何故でしょうか?」

「行くなと言ったら行くな」

「だからそれは何故ですか?」


 自分の中での線が切れる音がした。いや、昔から沸点は高い方じゃないと分かってはいた。


「いい加減にしろ加瀬森!」


 出来る限り耐えたつもりだった。だが、臨界点だ。


「お前の行動はお前だけで完結するんじゃないんだぞ!」


 加瀬森に向けて怒鳴りつける。

 職業には与えられた役目がある。そしてそれを果たすのが社会人であり、働くというものだ。普通の警察なら今すぐにでも、こんな辺鄙な部屋に引きこもっていないで、事件に尽力すべきだ。

 だが、俺もコイツも普通じゃない立場だ。共に自分自身を過大評価している。それも過剰なまでに。

 そんな脳カラがやれる事はただ1つ。

有能な奴に迷惑をかけない、それだけだ。


 それだけが、唯一俺らが貢献できることだ。


「迷惑を被るから、ですか?」


 沈黙の後、加瀬森は重い空気に逆らい口を開いた。


「…分かってるなら今すぐ席に着け。そして仕事しろ」


久しぶりに叫んだせいか、喉が裂けるように痺れる。


「迷惑かどうかで事件を解決するかどうか判断するのですか?それに私達は現場に行くことのほうが…」

「違う。俺たちにはそんな能力無いんだよ。仮にお前にはあったとしても、俺のはもう錆びれて使い物にならない」


 俺たちは過信している。自分の能力を。

だが、コイツはそれを自覚していない。お前が持っている"ソレ"は鈍かもしれないというのに。

 加瀬森は手に持っていたコートをソファに投げ捨て、俯く俺の前に立ちはだかった。


「私はここに世間を学びに来たのではありません。昔、一課にいた何事件を絶対に解く英雄的な刑事の助力になれると思い、ここに来たんです」

「絶対に…解く、ね」


 絶対では無い。俺は結局失敗したんだ。


「先輩はこんな所で折れるべき人材じゃありません」

「……もう折れてんだよ」


 掠れた声で返事をする。


「分かりました、先輩」

「そうか…分かってくれて嬉しいよ」

加瀬森は黙って俺の前から退いた。漸く諦めてくれたのだろう。


「1つ、聞きたいことがあるのですが」

「なんだ」

「処遇中に勝手に行動をするとどうなりますか?」


 嫌な予感がする。


「良くて停職、悪くて懲戒処分だな。だから大人しく…」

「先輩、一度でいいです。一度だけ、私に先輩の手助けをさせてください」


 冗談だろコイツ。


「ダメだ。頼むから命令を聞いてくれ加瀬森」

「今の私達にはまず三課の木場さんや他の人たちからの信頼が必要なんです」

「…その為にお前は俺の過去の威光を利用するってか?

「その威光は錆びれてしまったのではなかったのですか?」

「…あ?」


 加瀬森は突き放すように言う。鼓動が早くなると共に、苛々が底から湧き上がる。


「お前、いい加減…」

「志原先輩、一生のお願いです。今回だけでいいんです。どうか、お願いします」


 発散する前の怒りに蓋をするように加瀬森は頭を下げて懇願する。その様子は自分の心に罪悪感を育ませた。


 俺は利益を考えている。役立たずが仕事をした所で、事件の解決はより遠のいていく可能性すらある。

 かの有名なナポレオンの名言にもその類の言葉があったはずだ。


 だからこそ、俺より優秀な人間にやらせた方が皆に迷惑がかからないではないか。こんな30後半の捻くれ者の力を借りる必要など全くない。



 ただ、もし



 仮にもしその先で鎮座している真相に辿り着けるのなら。

前の様にその真相で人を助けられる可能性があるのならば。


 絞りカスのような、真相を解き明かしたい貪欲さが自分に残っているのなら


 大きな大きな溜息をひとつ付き、決断をする。


「…‥今回だけだ」

「ホントですか…?」


 落ち込んでいた加瀬森の顔に明るさが醸しだす。


「その代わり、もしお前が事件の解決を阻害する行動をした場合、俺は即刻降りる」

「…ありがとうございます。志原先輩」


 これで俺もコイツもクビになる一歩を共に二人三脚で踏み出したわけだ。

 もうじき40を迎えるジジイが、コンビニバイトで学生に頭を下げながら知識を乞う姿などこれ以上無い惨めな光景だろうから。


 家族に見られた日には終いだ。




 加瀬森は知らんが、俺は独身でよかったとつくづく思う。


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