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暫くの間、あまりの惨状に呆然と鏡に映るアビゲイルを見詰めていると、またドンドンと強く扉がノックされた。
そして勝手に扉が開かれると、先ほどと同じ赤毛のメイドが苛立ちを隠せないといった出で立ちで声を張り上げる。
「アビゲイルお嬢様!? お嬢様がいつまでもいらっしゃらないから呼んで来いと執事長に言われたんですよ! 余計な仕事を増やさないでいただけますか!?」
そのメイドに声を張り上げられた瞬間、アビゲイルの心臓はどくどくと嫌な音を立て始めた。嫌な汗が背中を伝う。
こんな姿にしておいて何を言っているのか問い質してやりたいのに、アビゲイルの口から反論の声を出すことが出来ない。
「行くって、こんな格好でどこに──」
「はあ?」
思いっきり顔をしかめて、メイドはアビゲイルの腕を掴んで立ち上がらせた。容赦なく引っ張られたので、アビゲイルの腕がきしむ。
「朝食の時間だと言っているでしょう! 毎日毎日繰り返していることなのに今更何を仰っているのですか!?」
「わ、わかったから、手を放して……痛い……っ」
胸を押さえながらなんとか絞り出したアビゲイルの訴えを聞いて、メイドはフンと鼻を鳴らしながら腕を離した。掴まれた手首には握られた赤い跡がついている。
メイドはその跡を目にしたものの、謝罪をすることもなく、「早く付いて来てください」とアビゲイルを睨みながら部屋を出て行った。
仕方なく、先導する赤毛のメイドの後をついてダイニングルームに向かい長い廊下を歩いている。
道中会話はなく、メイドは子供の歩幅も考えずにずんずんと進む。アビゲイルは付いていくのに必死だった。
何人かの使用人と擦れ違ったが、皆アビゲイルに折り目正しい挨拶をするものの、特段驚いた様子はなく、アビゲイルはますます混乱する。
──このお化粧、どう考えてもおかしいと思うけど、もしかしてこの世界だとこれが当たり前だったりするの……? アビゲイル以外の人は普通なんだけど、子供だけとか……?
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「わあ……!」
ダイニングルームに辿り着くと、焼き立てのパンの香りが鼻腔をくすぐった。
控えていた使用人に促され、食卓につく。広いテーブルに1セットだけ朝食の用意がされていた。いつの間にか、赤毛のメイドはいなくなっている。
用意された食事を見て、アビゲイルは驚いた。数種類のパンにバター、苺のジャム、蜂蜜、クロテッドクリームまで添えてある。他にも色鮮やかなサラダにベーコンエッグと至れりつくせりだ。
思わずのどが鳴り、そっとパンに手を伸ばす。礼儀作法などは分からなかったので、出来るだけ丁寧に食べることを心掛けながら、ゆっくりと咀嚼した。
アビゲイルはサラダを少しずつ口に運びながら考えた。
正直、朝の赤毛のメイドの態度からアビゲイルはいじめを受けているのだと思った。だがどうやら違うように感じる。アビゲイルにきつく接するのはあのメイドだけで、廊下ですれ違った使用人たちも、料理を配膳してくれた者もみな丁寧に接してくれた。
──それより、状況が何もかもわからないんだけど、本当に私がアビゲイルの身体に入ってしまったのなら、本物にアビゲイルの精神はどうなっているんだろう。
う~ん……と、うなりながら最後の一口を平らげると、それを見計らったようにメイドが声を掛けてきた。
「アビゲイルお嬢様、本日は紅茶はいかがなさいますか……?」
アビゲイルがメイドに目を向けると、メイドはあからさまに肩をビクリと震わせた。そばかすが目立つ、茶色い髪をおさげにまとめた若い女性だった。
「ええっと、じゃあ、いただきます」
「──えっ!?」
「だ、だめでしたか?」
「い、いえっ、滅相もございません──!」
メイドは震える手付きでティーカップへ紅茶を淹れてくれる。アビゲイルはメイドの態度を不審に思いながら、カップにそっと口をつけた。
「……美味しい」
それは、心の底からもれた感想だった。紅茶を淹れてくれたメイドにお礼を言おうと彼女を見て、アビゲイルはぎょっとした。
──メイドがぼたぼたと涙を流していたのだ。
「ど、どうして泣いてるの──!?」
「ア、アビゲイルお嬢様が私の紅茶を召し上がってくださったのが初めてで……っ、お、美味しいと言って頂けて……嬉しくて……っ!」
メイドはごしごしと涙を拭いながら、お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません、と必死で謝り続けている。
戸惑いながら、やはりこれは何かがおかしいと確信した。
ゲームのアビゲイルの印象と、このアビゲイルへの違和感──人によるアビゲイルへの態度の違い、あのメイドに対する時の心臓の痛み──。
──突き止めないといけない気がする。アビゲイルの身体に入る前は謎解きゲームだってたくさんプレイしていたのだ。その為にまず私は、疑われないようにアビイゲルになりきらないといけない。
「──あなた、お名前は?」
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