告白からのエピローグ…初デートがんばります!
* * *
「お~~い殿下ぁ、アンドリュー様あ~~」
辺り一面、見渡す限りどこまでも広がるカボチャ畑で、間延びした声に呼ばれ、僕は顔を上げる。
収穫期には夥しい数のカボチャに埋め尽くされ圧巻ものだが、時期的にこれから種を撒くところなので今はまだ土があるだけ。でも、牧歌的でとてもいい眺めだ。
質素な野良着を着て、つばの広い麦わら帽子をかぶった僕は、鍬を振るって土をかき混ぜつつ、畑に畝を作っていたところ。
こんな姿を見て、僕を元王太子だと気づく人なんて、きっと一人もいないだろうなあ。
「その辺にしといて、ちょっと休憩しようやぁ」
土手に立ち、両手をぶんぶん振りながら呼びかけてくるのは、部下というか同僚、農業においては師匠のシチゾーだ。
もうすぐ七十歳になる気のいいお爺さんで、半年前に僕がここ……パクストン領に移り住んだ際に、パクストン公がよこしてくれた世話係なのだが、生活面も農業でも本当によく手伝い、教えてくれて、感謝してもしきれない存在だ。
しっかり休憩をとるのも農業においては大事な作業の一つ。僕は首に巻いていた手拭いで額の汗を拭い、シチゾーの元へ向かう。
「どうだい、僕の農夫っぷりは?なかなか板に着いてきただろ?」
古い麻布を敷いた土手に座り、隣のシチゾーに訊いてみると、苦笑いされてしまった。
「いやあ、まだまだお上品だべぇ。まあ来たばっかりの頃に比べりゃあ、ちょっとはマシになったかな」
「ええ、厳しいなあ」
こうやって素朴なおじさんと、水筒のお茶など飲みながら談笑していると、王宮で暮らしていた頃が嘘のようだ……
僕がメアリーべスに求婚した勢いで王位継承権を放棄し、宮殿を出てこちらに来た後も、向こうでは色々大変なことが起こっているらしい。
シャーリーはまた婚約者のいる大貴族の息子を略奪して揉めてるそうだし、ファンテーヌは無事に王太子となった弟と婚約する話が進んでいるけど、盗賊に攫われたり暗殺されそうになったりしているとか。
二人とも忙しいみたいだけど、まあ元気で何より。さて僕とメアリーべスがどうなったかといえば……
「殿下ぁ~~~」
また呼ばれて振り向くと、畑の間の砂利道を走って、こちらに向かってくる幼い少女が見えた。
シチゾーの孫娘、今年十一歳になるハナだ。子供ながらパクストン公の居城で奉公しており、メアリーべスの小間使い見習いをしている。
彼女がここへ来たということは……
「はいコレ!!姫様からだよう」
息を切らしながら渡してくれたのは、茶色い背表紙の日記帳。
そう、僕らの純な愛の証、交換日記!
一日置きにこうやってハナが届けてくれるんだけど、早いものでこれでもう六冊目だ。
「ありがとう、ハナ」
ポチャポチャした小さな手から日記帳を受け取り、さっそく開いてみる。いそいそとページをめくる僕を、ハナはにこにこしながら見つめている。
「ええなあ……ウチも大きくなったら、アンドリュー様みたいな、素敵な王子様にプロポーズされてぇな」
目を細めてうっとりしている孫娘に、シチゾーはガハハと笑う。
「おめえ、そりゃよっぽど頑張らねえとなあ。姫様みてえにお上品でお可愛らしくて頭も良ぐねえと、王子は寄ってこねえぞぉ」
「笑うでねえよ、おじい!!ウチだってこれから勉強いっぱいしで、レディになるだ!!
顔だって……うーーん……年頃んなりゃ、もーちょっとマシになるっぺや!!たぶん!!」
「ハナはそのままで、充分可愛いよ」
無神経な祖父に怒っているハナをなだめつつ、日記に目をやる。
いつも通り、メアリーべスの少し丸くて温かみのある字が綴られているが、内容のほうはいつもと少し違う。
パクストン家の家紋がスタンプされた、白い封筒が挟んであったのだ。
これは……招待状、かな?
落とさないよう封筒を片手に持って、日記に目を通すと、心躍るようなことが書いてあった。
―――親愛なるアンドリュー様。今日もお元気でお過ごしでしょうか。
この地での暮らしが、あなたにとって心安らかなものであるよう、私は毎日心よりお祈りしております。
さて、来たる満月の晩、今年も豊作を祈願する『金色の土のお祝い』を、お城の前庭にて開催する予定です。
よろしかったらアンドリュー様にもぜひご列席していただきたく、僭越ながら招待状を同封させていただきました。
お酒、お食事など、同席の方10人までは充分におもてなしできるようご用意しておりますので、ぜひお誘いあってご来訪ください。父と共に、楽しみにお待ちしております。
メアリーべス―――
すごい……彼女から、パーティーのお誘いだ!!
「うわ、ど、どうしよう」
真心の籠もった招待状を片手に、僕は大いに焦っている。
なに着ていこうか、手土産はどうしようか、彼女とお父さんに挨拶する時、一言目はどんな言葉がいいのか。さっぱりわからない。
下手なことして嫌われたくない、と怯える反面、信じられないくらい浮かれて、ドキドキしている。
舞踏会とか祝賀会とか、さんざん出たことあるのにこのザマだ。これが真実の恋だというならば、僕には過ぎるくらいの幸せだ……
君を好きになって良かったよ、メアリーべス。僕の大事な人、永遠を誓えるただ一人の女性……さて。
浸ってないで、初のお呼ばれ、粗相のないようにアンドリューがんばります!!
まずは当日着ていく物を探すよ、畑仕事が終わったらね!!