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坂本の道  作者: 鈴夜
7/8

第三次世界大戦勃発

1976年9月6日午後1時頃

大日本帝国上層部が大混乱に陥る事件があった

ソ連の最新鋭戦闘機が

日本領空を侵犯

大日本帝国海軍と空軍は総力をあげ、索敵と迎撃に当たったが

結果、函館空港に強硬着陸を許してしまった


軍と警察による、指揮権の取り合いが起きたが

軍が先に押さえたため

軍主導の聴取の結果 亡命と判明


情報統制を厳としておき


機体は、亡命パイロットと一緒に百里に移動

そこから、パイロットは二日間横須賀にある米軍基地に保護され

事態は秘密裏に終わろうとしていたが


パイロットの米亡命の二日後

ソ連が事態を把握(米滞在の中国系スパイから)

大日本帝国に宣戦布告(mig29奪還もしくは破壊作戦として)

大日本帝国も竹島、佐渡、千島列島、南樺太に防衛拠点を設立

ソ連は、総力をあげ 11月には南樺太を強硬制圧し、交換交渉を狙ったが

イギリスが欧州共産連邦に宣戦布告し


資本主義と共産主義の戦争に発展


不幸中の幸いなのは

核兵器の実用化がまだなされていなかったことだった

第二次世界大戦中に、アメリカは、参戦の機会を失い

原子力兵器を製造する正当性がなかった

さらに、多くの科学者達が放射能問題を恐れ

開発を中止するべきだと言う運動がおき


アメリカでの原子力計画はすべて闇に葬られた、

無論、ソ連に把握されないように


ソ連や欧州共産連邦、大日本帝国、大英帝国も核兵器の実験は行おうとしたが

ソ連や欧州共産連邦は、技術者の逃亡や自決

大英帝国は、アメリカの圧力

大日本帝国は、実験場所の確保

の都合上、開発を断念した


ノーベル平和賞ものであるが

そのノーベル賞は、1944年の赤十字国際委員会の平和賞を最後に

スヴェーデンの欧州共産連邦併合により消滅した


日米英は技術はあるが製造リスクで造れなかった


戦争は8年に及び

大英帝国はフランス、北欧、スペイン、ポルトガル、イタリアをアメリカと共に自由の道に解放した


一方、アジアでも激闘が繰り広げられ

大日本帝国は1978年に極東ソ連海軍を一掃

南樺太奪還どころか北樺太まで制圧

朝鮮満州攻防戦では、史上最大の銃撃戦、砲撃戦となり

数万人の屍ができた

1984年5月に

ソ連で革命がおき、シベリアとヨーロッパロシア地域を除くすべてが

欧州共産連邦やソ連から独立革命を起こし

ソ連は、中国とスイスを通じて講和を打診

日米英は、それを受領

ソ連は、領域を大幅に縮小した


続く




うまくいけば、年内完結もありえる

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