そりゃねえだろ
「疲れた」
俺は右手にぶら下げている小さな袋を見てため息をついた。
結局、一時間くらいかかってしまった。夕方からケーキの新作が販売されるなんてきいてねえよ。
そのせいでかなり並んだんだよ。レジに到着するまで二〇分もかかった。
憂さ晴らしもかねて新作の一つでも買って食べようと思ったけど、俺の前に並んだ人で売り切れだったし。ほんと最悪。陽花に頼まれたパンケーキしか買うことができなかった。
「それにしてもやけに騒がしいな。テストの順位発表でもあるまいし。なんで掲示板の前に人だかりが、ん? おお、海梨! そんなところにいたのか」
買い物のせいですっかり忘れていたけど、海梨発見。
海梨は掲示物を見ながら、あれ? なんでそんなに怒り狂った顔を?
海梨は俺の顔を見るなりキッと眉根をつり上げた。
「ユウ、これは一体どういうことだ!」
「な、何の話だよ」
「これだこれ!」
ビリッと勢いよく掲示物を剥ぎ取ったツンツンモードが俺の胸元にそれを突き付けてきやがった。
反射的に受け取り、それを見る。
朝日野海梨の彼氏は凶暴。
「はぁ!? なんだよこれ!?」
真っ先に目に入ったのは、チェーンソーを持ちながら学長に襲い掛かろうとしている俺の写真だった。
「どうしてチェーンソーの写真が出回っているんだよ!?」
「そんなことはどうでもいい」
「よくねえよ。だいたい俺はこんな危ない奴じゃ」
「新聞記事全体を見ろ。お前の部分はそこだけだ」
「え?」
題名を見る。
生徒会、書記特集ゥ?
順に目を通していく。最初に書かれているのは海梨のことだ。
ええっと、なになに。
「うわ、これは……」
普通の紹介文と思いきや、そうじゃなかった。
かなりの悪評。海梨を貶す紹介文ばかりじゃねえか。
おまけに俺を蹴り倒している写真まで張られている。海梨のことを知らない奴がこの紹介文を読めば、間違いなく危険人物だと判断されちまうぞ。
その次に書かれていたのは俺の紹介文。
こっちは、うん。悪評というかただの変態だな。海梨の恋人扱いされているのはいいとしても、チェーンソーで学長を脅すような人物だとか、海梨に踏まれることが大好きなドM野郎とか、嘘情報満載じゃねえか。
「ほら、あの人よ。チェーンソー大好きドM野郎は」
「おとなしそうな顔して物騒なもの振り回しているのかよ」
「でも彼女の前では足蹴りされてはぁはぁしているんだって。うわっ、きんっもー」
「お前ら、この記事は明らかにちがッ!?」
あらぬ噂をしている集団の中に、とある女生徒が嗤いながらこちらを見ていることに気付いて俺は固まった。
おい陽花、なんでお前がこんなところに?
しかもその手に持っている新聞記事って。
海梨がキッと陽花を睨んだ。
「どういうことだ、清水」
「どういうこともなにも、見たままよ。あなた、わたくしのことを信じていたのかしら?」
……誰だ、お前は?
初っ端に感じたのは違和感だった。陽花って、こんな喋り方だったっけ?
しかし陽花は俺の動揺を無視して海梨と向き合った。
「本当に面白いほど、あなたたちはわたくしの手のひらで踊ってくれたわ」
「手のひらで踊っていた、だと?」
「ええ。これで漸く生徒会から邪魔者を排除できるってこと」
「ま、まさか清水。生徒会長の仲間だったのか!?」
「生徒会長の? さぁ、それはどうかしら。あなたの想像にお任せするわ」
「貴様ァッ!」
ギュッと海梨が拳を振りかぶった。
「あら、いいのかしら? ここで暴力沙汰になっても。わたくしとしては大歓迎だけど?」
「おい海梨、やめろ」
「ユウ……わかっている、わかっているが、くぅ」
海梨はゆっくりと拳を下ろした。ふぅ、よかった。ここで暴力沙汰にでもなったら大変な目に遭うところだったぞ。
陽花はニヤリと笑みを浮かべ、海梨に複数枚の写真を手渡した。
「お利口さんね。そんなあなたにもう一つプレゼント」
「こ、これは」
「どう? 上手く撮れているでしょう? ツンツンモードの朝日野さん?」
「……なぜ貴様がそれを知っている」
「わたくしを誰だと思っているのかしら。こんなこと知っていて当然よ。それにしても、気持ち悪い。なにこの顔、デレデレしちゃって。普段のあなたからはとても想像できないわね」
「ぐっ」
海梨が拳を握りしめ、きゅっと唇を結んだ。
「おい、いくらなんでも言い過ぎだぞ。それにまさかその写真って」
「ごめんなさいね、霧崎さん。うずうずしてしまって。うっかり約束を破ってしまったわ。余っているし、あなたにもあ・げ・る」
裏ポケットから取り出した複数枚の写真を受け取る。
「この写真は――」
新聞部で起きた事件の一部始終だった。海梨が本棚の隙間に挟まった時の写真から始まり、俺の手を握っている海梨の写真やローションを胸元にぶっかけられた時の写真まで。まるでビデオ撮影でもしていたのかと疑ってもおかしくないくらいピンポイントな写真だった。
この写真を手にしている海梨はプルプルと震え、怒り、いや、怯えて、いる!?
あの、ツンツンモードが!?
「――ッ」
その姿を目の当たりにしてなぜか一気に頭に血が上った。
「安心なさい。これだけは他人に見せたりしないから」
「約束を破った奴の言葉を信じられると思うか!?」
「あらあら、すごくおかんむり。ま、あなたの言う通りね。でもあなたは信じるしかない。考えてみなさいよ。この写真をばらまくメリットがわたくしにあると思って? こんな記事を書いたのに?」
俺はくしゃくしゃに丸めてしまった新聞記事を見つめる。
「わたくしはあなたたちの手伝いをしているわけではないの。この学園の伝統を守りたいだけ」
「伝統、だと?」
「ええ。それを壊そうとする人間を排除するのがわたくしのお仕事。たとえクラスメイトであったとしても、ね。だから壊そうとしているあなた方に近づかせてもらったわけ」
「……友達だと思っていたのは俺だけだったのか」
「お友達ィ? あはっ、笑わせないで。あなたみたいな変態クズとお友達なんてやめてほしいわね。演技すら見抜けないくせに」
「演技……」
自分のことを天使と呼んでいた陽花。楽しそうに笑いながら学長を弄っていた陽花。生徒会長を倒すと宣言した時に見せたやる気に満ちた陽花。
どれもこれも、演技だったのかよ。
「さて、素敵な表情も見ることができたし、わたくしはそろそろ新聞部に戻るわ。まだまだ書かなければならない記事が残っているのよ。あ、そうだ、一つ忘れていたわ。霧崎さん」
陽花は、いや、裏切り者は俺から買い物袋を奪い取った。
「雑務ご苦労様。また何かあったらよろしくね」
そうして彼女は振り向くことすらせずにこの場から去ってしまった。
ざわざわとよからぬ噂をしている周囲の生徒たち。
海梨は、俯いたままだ。
俺は海梨のそばへ寄る。
「海梨、大丈夫か?」
「…………はい、大丈夫です」
「え?」
今こいつ、なんて言った?
です、なんて丁寧語を使わなかったか?
「何も、問題はありません」
「か、海梨? どうしちまったんだお前!?」
「どうもこうもしていませんよ」
彼女は握りしめていた写真を鞄にしまい、左手を差し出した。
「行きましょう。早急に対策を練らなければなりません。ほら、夕さん」
「さ、さん!? 本当に大丈夫か!?」
「だから大丈夫だと言っているじゃないですか。行きますよ」
グイッと手を引っ張られた。
「行くってどこに?」
「もちろん夕さんの部屋です。ここでは誰が監視しているかわかりませんから」
にっこりと微笑んだ海梨は、いや、何かは俺の手を引いて歩き出した。
勘弁してくれ。ただでさえ裏切られたことで頭がいっぱいだというのに。
そう。なんと海梨は新たな人格を生み出してしまったのだ。




