嫉妬は、分かりやすくお願い致します
色気も愛想もない、別段 美人でもない私だけど。
「この後 ゴハンしませんか?」
出入りの業者の営業くんとかに、誘われることぐらいある。
私みたいに、中間管理職の役職ついてると、出入りの営業くんの相手をするのも、仕事のひとつ。
「近くまで来たので」挨拶がてら 訪ねて来られると、さすがに 邪険に出来ないしさ。
軽く世間話して、適当に手土産的な話を持たせて帰してる。
イチオウね、わかってはいるのよ…? どうせ シャコジって。
最初の頃は、「もしかして、おでぇと的なお誘い?!」とか、勝手にドキドキしちゃったけど、さ
いたいけなる純粋な女子だったら ドキドキするわよね?しても許されるわよね?いいわよね?
だって、お誘いいただく自体が嬉しいじゃない?
こんなアタシだけど、「女の人」として扱ってもらえるって、やっぱ嬉しい。
…喜んでも、いいよね?
大丈夫、どうせ、社交辞令って分かってる
一瞬でいいから、夢だけみさせて。
今、目の前にいる営業くん、商談終了したので見送るところだった
「この先に、旨い店あるんすよ。どうっすか?一緒に」
結構な回数、誘われているけど、でも、毎回 断ってる。
「何言ってるのよ、ここで アタシが急に抜けたら 皆に殺されるわ。」
笑って じゃあね、と 手を振った。
「じゃあ、ケータイ教えてくださいよ」
ん?ちょっと待て。
「あれ? 社用ケータイ 教えてなかった?」
「個人のメルアド、教えてください。二人で今度 飲みましょうよ」
ばーか。私は、もう一度笑いなおした。
こうやって、誘われて断って、懲りずに誘われ直すやり取りを、ここ最近ずっと続けている。
いつもの慣れたじゃれあいみたいなもの。
「昼ぐらいは、時間合ったら 付き合うけど、夜は勘弁して。」
どんなに断っても、また誘ってくるんだから、元々 断られなれてるんだろうな。もう、私が断ること自体がネタみたくなってる…んじゃないか、って思う。
「さっさと帰って アタシが頼んだ見積り、出してちょうだい。頼むわよ?」
適当にあしらって、そろそろ帰そうと思ったのに。目の前の営業クンは、ニコニコ笑ったまま切り返してくる。
「じゃあ、見積もり1発OK貰えたら、ご褒美ランチ! どうすか?」
あぁあぁ、何がご褒美だ。全くもう…呆れたため息が漏れた時、社用ケータイと私用ケータイが同時に鳴った。
ディスプレイには、リーダー二人の名前。
フッと笑みが込み上げてきて。
「悪いわね、呼ばれたから ここで失礼するわよ?」
営業クンに「気をつけて、帰ってね!またよろしく!」今日はありがとね、って 手を振ったら背を向けて、その場をはなれた
はぁ…
世の中の営業外回りさんって、あんな感じなの、多いのかしら?
全部が全部じゃないと思うけど… 真面目に仕事しなさいな
「個人のメルアド、教えてください」「飲みに行きましょうよ」って… 客先の取引先相手に、ナンパまがいしないでよ。
呆れて、わら…
事務室に戻る途中「蕃昌さん モテるね」ふと話し掛けられて、物陰から 出てきた顔に 笑いが止まらなかった。
「サンキュー! クマ吉、リン兄」
ケータイに表示されていた名前は 「熊澤 弘毅」「大林 貴紀」
この物流センター ツートップのリーダーたちだった
「助かった! ありがとう!」
捕まってたところに気が付いて わざとケータイ鳴らしてくれたんだ。
「俺らとしては、そのまま お昼に出掛けて貰っても構わなかったけどね。」そっけなく言う大林さんこと リン兄をフォローするように
「あの営業サンじゃ、蕃昌さんのお相手は、役不足ですよ」熊澤さんことクマ吉が、ウヒヒと笑う。
「ねえ、蕃昌さん?」
ニコニコと笑う クマ吉。ゆるいパーマが掛かったフワフワの髪の毛と、クリクリした目、鼻。まるで本当に 仔クマみたい。…熊澤さん、男だし、アタシより年上なんだけどなあ、可愛いんだよなぁ…
元々クマ吉は、見た目にそぐわず、結構 有限実行な男前発言するし、負けん気が強くて度胸もあるタフな人。
孤高の一匹狼なリン兄も、クマ吉だけには、いい笑顔を見せる…腹割って信じてる、っていう笑い方で。ちょっと、いつもジェラっちゃう。
「午後の出荷、ある程度、俺たちで段取り着けちゃいました。」
こういう言い方してきたときは、だいたい「お願い」があるとき。
滅多にないクマ吉の「お願い」は、極力、聞くようにしてる。てゆーか、「クマ吉のお願い」には、アタシ滅法弱い。天然で、無邪気に笑うという毒気の無さだけに、結構クるのよね。
なんの「お願い」だろ… もしや、早退させてください、とか、午後出荷割振り、ノルマ減らしてくださいとかかなぁ。
早退は、出来たら勘弁して欲しい。クマ吉に抜けられると、結構イタイんだけど、言ってきたら、言ってきたらで、仕方ないよね。いつも、嫌な顔ひとつしないで助けてくれるし。
腹をくくって「ん?どうしたの?」と笑顔完全キープで聞いた。
さあ、なんだ!何が望みなんだ!好きに言ってくれい!!
「たまには、一緒にゴハン行きましょうよ」
え? そっち?
一気に気が抜けた私は、いつの間にか リン兄が「俺はパス」その場から居なくなっていたことすら 気がつかなかった
今日の仕事も終わり、彼氏:リュウイチと約束した場所へ向かった。
今日の待ち合わせは、本社。リュウイチがいる秘書課。
秘書課は、日中の(上下関係的な)居心地は 超最低だけど、実は 景色も日当たりも抜群。
夜行くとね、夜景がキレイなんだ。だから、ひそかにお気に入り。
しかも、秘書課は、基本 部外者立ち入り禁止だからさ…世に言う「密会」には、丁度いいんだよね
秘書課に行くと、リュウイチは 報告書を読んでいた。
声を掛けると「コーヒー、飲むか?」
私用にと、リュウイチがコッソリ用意してくれていたマグカップが 現れる。
この男、無口で、分かりづらいけど、ちゃんと分かってくれてる。
それが、リュウイチ
ほどなくして 静かな部屋にコーヒーの香りが、そこはかとなく広がった。
スルスルとブラインドを巻き上げて、眼下に 色とりどりのネオンが広がった。地平線を挟んで、暖色の発光色をぶちまけたキャンバスが 下に広がる一方で、上は、紺からそのまま濃紺へと天上に続いていく単調な一枚のグラデーションが存在する
。
その対比が、いつみても 飽きなくて ずっと眺めていたくなる。
でもね~、男って 情緒ないわよね~
手元のコーヒーが半分ぐらいに減ると、リュウイチに飽きが見えてくる。「毎晩みているからな」だって
時間を潰すように、とつとつとその日あった事を、軽く話すのが いつものお約束。
今日の話は言うまでもなく…
営業クンが、懲りずに誘ってきたこと。
クマ吉とリン兄が助けてくれたこと。
久しぶりに、三人でゴハン行こうと思ったのに、リン兄が「俺はパス」ドロンされたこと。
「リン兄、あっさりし過ぎ! 呆気にとられちゃった」
他の男の話だけど、カラッと話してしまった。
どうせ…さ
リュウイチは、いつも放任というか 嫉妬とかするタイプじゃない。そして、束縛とかもしてこない。
要は、こっちが、アホらしくなるくらい淡白な男なんだもん。
たまに淋しくなるけど、もう 慣れてきた
ひとしきり話し終わって、顔を見た。
「で?」
いつもどおり、淡々と 手元のコーヒーを回して、次の言葉が促された。
「いや、それで終わりなんだけど?」
おっと? ノーリアクション?
「俺に、何を言わせたい?」
飲み終えた私のマグカップを 取り上げて ゆっくり隣のテーブルに置きながら、静かに聞いてくる。
…うわ、この神妙な空気、嫌あ~
「いや、質問に答えて欲しかったんだってば。」
取り繕うように言う。
「世の営業って、そうやってナンパしまくってるのかなぁっていう、質問に。
あとは、上手い断り方?とか 教えてもらえれば。」
最後は、尻切れトンボな終わり方だった。
リュウイチ、頼むから そこ、ツッコんでこないで。
笑って「そうなんだ」でいいじゃん
わずかな沈黙だったけど、妙に長くも感じた。
「最初の質問は、『人それぞれ』だ。 」
リュウイチが、ゆっくりと話し始めた。
「真面目に客先回ってる営業マンは、絶対数いる。
次の質問は、「上手い断り方」だったか?」
まるで、質疑応答。
「付き合いを断るのは、気を使うが… 乗るつもりがないなら、つまらない期待を持たせるよりは、ハッキリ断ったほうがいい。
他に聞きたいことは?」
適切すぎて、あっという間に終わってしまい、気まずい沈黙だけが しーん とまた流れた。
なんなのよ、なんなのよ。
素直に「ちょっと、嫉妬した」とか笑ってくれれば、全部 丸く収まってくれるのに…
「お前、本当に聞きたいのは、違うことだろう?」
はっと見上げると、マグカップを回すままのリュウイチがいた。
「それが本当に聞きたいのか?」
そして ん?と ちょっとだけ視線が重なる。
うっ 来た!直球!
こんな逃がしてくれなそうな鬼視線、どうすりゃいいですか?
今だけ 都合よく、女子に戻っていいですか?
言いづらい・恥ずかしいことは、察して貰っていいですか?
どうせ、アンタのことだから、言わなくても 分かってますよね?
いやーな沈黙が まだ続く中、ゆっくりと、リュウイチが飲みかけのマグカップを 置いた。
カタン、と物音が冴えて響いて聞こえた。
「このごろ、キレイになったよ。…そうやって、頑張ってるのは、知ってる」
うっ、クる! ずーん、いや ぎゅーん、か? 胸が苦しくて喉がカラカラになるくらい、嬉しい。
悔しいけど、それが聞きたかった…
言わせてる感、満載なのに、ね。それでもやっぱり 嘘でも嬉しい。
「俺が普段言わない分、そろそろ、言わせたかった…違うか?」
…!!
分かってるなら、ひどい。そんな優しい顔出来るんだったら、まどろっこしい手順踏まないでよ。
怒る私なのに、クスっと笑う声が、溶けて消えていくのを、こぶしを握り締めながら聞いていた。
「ナンパくらい、あしらえるようになれ」
…やだ そんな余裕綽々に言わなくたっていいじゃん。だから、言ってやった。
「イタイケで純粋なお姉さんは、何回 逢っても慣れないの。 逆に手馴れてても嫌でしょ」
リュウイチが、また笑った。
髪をクシャクシャとなでられる。リュウイチが無言でやるこの仕草、嫌いじゃない…ごめん、好き。結構 ツボに好き。
髪がサラサラと流れる音、地肌を摩られる音、いろんな音がして、悔しいけど ふにゃーんとしてしまった意識の向こうで、小さく声がした。
「毎回ナンパを珍しがるなら、まだまだだな」
ちょっとは 慌てて欲しかったのに…
「軽く話したつもりが、宿題落ちてきた。」
「話した相手が悪かったと思え」
ホントよ、ヤラレタわ。まっ、一筋縄でいかないのは 面白いけど。
「リュウイチ、どうせ、おモテになるんでしょ?『断る』のは、慣れてるもんね~?」
ちょっと不貞腐れた顔で 見上げてやると、腕組みの流し目で ニヤッとした視線とぶつかった
「なら、ハンデやろうか?」
「でた!なによ、ソノ 勘違い系目上目線!」
顔がいいからって、こういう冗談いえる贅沢、羨ましいけど、乱発したら いい死に方しないわよ?
まだリュウイチは、ふふふと笑って 髪をクシャッと撫でてくれた。
「『自分で断れない』まちこちゃんの為に、『男避け』でも 付けてみるか?」
! 絶句。
なにかしら、『オトコヨケ』って?
アタシの辞書には載ってまへん!!
誠に残念ですが、不相応です。私が付けたらお寒い限りです。絶対 活用頻度が 非常に少な…いやーん。 自分で言ってて、切なくなってきた~
あーあ いいよねー 美男で、出来る男は、さ。
指輪の一個やキスマークの二度ぐらい、有っても株があがるだけだもんね~
…どんなに 恨めしい顔でリュウイチを見上げても クスクスと笑ったまま 答えない。
その代わり、髪を撫でていた手が 首回りをなぞり、ゾクゾクとさせてくる。
「どんな『男避け』にする?」
まるで、どこにキスマークを付けようか…下調べかのような 彷徨い方。
「い、い、いい。いらない。」
へえ、と 声は冷ややかなのに、今度は 指の内側とか脇とか…指先が 舐めるように 触れていく
「せっかく、希望聞いてやるって言ったのに…な?」
素直じゃないな、って 言いたげにため息付かれても そんな切っ掛けでゲットなんて、アタシの主義に反するわ
「まあいい。いつまで強がれるか、見てるよ」
!!!
呆気にとられて 何も言えないアタシと 顔が急接近
もしかして、と すっごい期待して目をつぶろうとした…ら。
「帰るぞ」と一言浴びせられて。
ひどいっ!
「期待させといて、オアズケなわけ?!」
リュウイチは ニヤっと一瞥して 「お仕置きにならないだろ?」マグカップを洗いに 給湯室へ颯爽と消えていった
なんなの?!
なんか、アタシ一人が 一方的に好きで翻弄されてる構図じゃん!
腹立つなあぁ、こうも 手のひらで転がされると…
一人だけになった秘書課の机、さっきの会話を思い返して…あれ?
今「お仕置き」って言ってたよね?
流れ的に「お仕置き」って単語、合わなくないか?
あれれ? もしかして、もしかして?
…今の全部、リュウイチなりの嫉妬?
だって、今日の元々の話は、聞く人が聞いたら 逆ハーレムストーリーだもん。
自分以外の男に誘われて、違う男が 邪魔してきて、結局は ランチ出掛けてる。っていう
アハハ
全く違う笑みがこみあがってきた、そりゃもう、腹か胸かの奥底から。
あの男、ホントは嫉妬したんだ。そのくせ、ちゃっかり「男避け」の方法まで考えやんの。
表向き、けしかけた口調で「自分であしらえるようになれ」って 言ってるけど、ホントは…
しょうがないなあ。
口に出せない 優しい苦笑いが漏れた
今は 意地っ張りな貴方のために、スネちゃった女の子のフリでもしていてあげる
「キー」って ハンカチ噛んで引っ張って、泣きながら怒ってみせるわ。
だから、お願い
もっと 分かりやすく「好き」って 言って。
貴方が イジワルにならないよう、ちゃんと 断ってくるから…?