少しずつ 染めあっていくの
今日は、少し 寒いかもしれない。つめたい風が 髪を一層 冷やして流れていく空の下
「マジかー、分かったぁ~」
電話の相手は、ちょっと困った伝達だった。
今日も いつもの口癖を返す。それも、勤めて明るく。
「何とかするわ、また 連絡する!」
連絡、ありがとね。そう最後に答えて 電話を切った。
物流センターで 運営の実務責任者やってて思う。
「自分が思い通りに出来ること」なんて、たかが知れてる。
配下が100人も居ると、いろんな想定外が起きる。
朝に立てた計画が、午前中で崩れたりなんてザラ。
人間だから、間違いも起こすし、天文学的な奇跡も起こす。
分かってはいるけど、自分の理解を超えることが繰り広げられると、発狂したくなることもあるのよね。
そういう時、この言葉を使う。
「マジかー」
困ったときは、正直に 困ったと言おう。相手のためにも、自分のためにも。
一声を上げないと、気持ちは 踏み切れない。
「分かったー」
でも、受け入れなきゃ。受け入れなきゃ、全て始まらない。
だから、これは 自分への、相手への決意宣言。
「マジかー」困ったことになったねぇ、どうするよ? でも、心配してても始まらんさ。
「分かったぁ~」アタシが何とかするから、アンタは気に病んでいいさ。
誰に教わったでもない口癖だけど、ね
アタシが、何度も口にしているうちに、「アタシの口癖」として いつの間にか、みんなが「でた、いつもの。」「また言った」知るひとつとなっていた
仕事が終わると、いつも 彼氏:リュウイチに電話をする。
忙しいと出てくれないから、そのまま 留守番電話へ吹き込むけど。
結構、律儀なのよ、あの男。
必ず、折り返しがくるの。もし、折り返しが遅くなるときは、「会議中だから、○○時になる」メール来るし、可能な限り、「悪い、掛けなおす」とりあえずは出てくれる。
「はい、柏木です」
お? 今日は、珍しく電話に出た。
「もう、終わったか?」
淡々としたリュウイチの声が聞こえる。キーを叩く音が電話の向こうから聞こえる…あっちもまだ 職場なんだ。
私自身も、うん、といいつつ 事務所の電気はついたままだし、パソコンだって、動いているまま。
後ろで、カシャン。とFAXが動き始めた。チラッとみたら 『追加の出荷依頼』… 着日回答:明日の午前中、か。じゃあいいや。明日やろう
「リュウイチは?」「まだ少し掛かりそうだな」そっか。
仕事終わりのなんとなくグテグテな ひと時。その短い10分が、実は とっても好きだったりする
愚痴を言ったり、小さくささやかな嬉しかったことを話したり。
ほとんど、私が一方的に話して、自分の都合で電話切ることが多いけど… 自分の声を聞いてくれる相手がいるって、すっごくすっごく有難いことだと思う。
「…っていうわけなの。笑っちゃうでしょ?」
そうだな、といいながら ふふふと笑う声が、聞こえる。
お、機嫌がいいのかな。やわらかく笑うゆっくりとした声。滅多に聞けない貴重なモノな気がして、私も嬉しくなる
「ねぇ、そういうわけで 今度会う時でいいから」続きを言おうとしたところで、リュウイチが「マチコ」さえぎった
「なに? リュウイチ。どうかした?」聞き返すと、「なんでもない。続けて」さっきと同じように静かに笑う声がする。
やだ、続きがいえないじゃない。こんな仕切り直しされたら。
「(思いっきり、思いっきり 抱きしめて。)」そんな、甘え台詞、改めて言えるわけない。
気恥ずかしくて、急に 言えなくなっちゃった。
「どうしたんだ? 『今度会うとき、』俺は何をすればいい?」
こいつ、絶対分かってる。わざとこうなるのを見越して、言わせようとしてる!
顔が真っ赤に逆流してる。血で。急激に上がった血圧で、血の気が引けたのか増したのか 脳が良くわかんないことになってる。
「バカ! 言えるわけないじゃない。改めて!!
思いっきり、ぎゅっとしてナデナデしてよなんて、改めて言わせないでよ。コッ恥ずかしい!!」
はっ
我に返ったときは 時 すでに 相当に遅し。
心の声を ここまで馬鹿正直に言ってしまったアタシは どんだけ阿呆なんだろう
案の定、リュウイチが電話口の向こうで、クスクス笑ってる。
そりゃね、好きな人が…それも、いつも難しい顔して仕事してる人が… 自分と話すことで少しでも笑ってくれるのは 嬉しいよ?
嬉しいけど、そんな流れで笑われるのは、結構悔しい。
「からかわないでよ! こっちは真面目に言ってるのに。」
もぉぉう!
「マジか」ちいさくそんな声が聞こえたきたして、「分かった。 悪かったな。」
不意に、優しくて甘やかすような声音になった。
もう。と、表向きは、まだ怒った声になるけど、ホントは、染み入るような低くて なだめるような優しい声に 機嫌なんか直っちゃってる。現金で単純すぎるアタシの感情。
「ずるい。そういう言い方して、アタシを丸め込むんだから。」
「そうか?」
リュウイチはまだ かすかに笑ってる。
「今のは、元々 お前の口癖だろ? マジかー、分かった~ってやつ。」
さっきの、そうだっけ? まぁ、確かに元々はそうだけど。
「元々、お前を丸め込めるとは思ってない。 まして、お前の口癖を真似したところで、無理だろう?」
ん?どうおもう?と 静かにそうやって、諭されると 何もいえなくなる。
「お前は、いい言葉を沢山持ってる。見たこともない世界が見れて面白い」
ホントに、そう思ってる?
「あぁ。出会えてよかった」
もう、本当に ずるい。
こんな言い方されたら、何も返せないじゃん。
人を泣かすのが、上手いんだから。
「バカ。なんか、安心して 涙でそうになるじゃない。どうしてくれるのよ…事務所から出れないわよ」
「それは、俺が悪いわけじゃないだろう?」
笑ってる。笑われてる。こんなところで、私が怒っても、また笑われる。でも、くすぐったくも、こうやって 意地っ張りなアタシを 甘やかしてくれるのが、格別嬉しかったりもする。
「マジか。まぁ そうなんだろうな。俺が悪いのか。分かったよ。少し 違う話でもしよう」
バカ、なんで またそんな事いうのよ。
言葉には詰まるけど、涙が出る。また、じんわりと。
今度は 違う涙なの
だって、そうじゃない?
貴方の言葉の中に、私が写っている
貴方がふと紡ぐ言葉に、私の言葉が宿っているなんて、さ。…互いの気持ちが 絡まり染めあってるのを すごく分かる
こんなとこで、ロマンチックなこと 言わないでよ。
ますます、泣いちゃうじゃない。
「マチコ?」
「なんでもない」
「分かった。」
今夜、何度目かに聞いた「分かった」は、深くて 優しくて あったかい…そして、一番甘い響きがあった。
「じゃあ、気を付けて帰れよ。またな」
うん、またね
電話を切ってから、しばらく天井を見た。
涙が、落ちないよう。気持ちが、あふれすぎないよう。
私たちの付き合いは、こうして静かに 少しづつ 染めあっていくのかしら。
どちらかが、一方的に染まるのでなく、互いに織り交ざるように、染めあうのかしら
どうしよう、わくわくするくらい…幸せ。
貴方の色が私に入って、違った色が私に生まれる嬉しさと、貴方に私の色が混じって 新しい貴方と付き合える。
それってホント 幸せな恋愛
さっき、リュウイチから聞いた殺し文句を 今度はもう一度 一人で唱えた
これは、今度…いつか、貴方に直接言うわ。そして、面食らった貴方をみて 二人で笑うの。
「出会えてよかった、貴方に」




