甘々系って 褒め言葉だっけ?
「行きたくなーい」
職場の更衣室で 一人呟く
作業着だったのが、スーツに着替え、乗りきり祈願の必勝願掛けアイテム(今回から導入)を手にとった。
アタクシ 蕃昌真知子(30)
曲がりなりにも 物流センターで チーフやってまふ!
チョイ前から 本社の営業会議に出るようになった。
決算月と繁忙期の前後だけだけど。
これ、本来は 営業の支店長と重役とかの会議だけど、
忙しい期間の物量と特徴くらいは読めるようになりたいから 頼んで 参加させてもらってる
でもって 今日は、その 会議の日。
中間管理職って スッゴい嫌
一応、チーフの役職付いてる。だから 質問された返答は、全て 物流センターの意思として受け取られてしまう
仕方ないっちゃー 仕方ないよね
だって アタシが 実質 物流センターの指揮官だもん。
まあね、やらかした時 謝ってくれる上司はいるんだ。
「ケツは俺が拭いてやらあ。好きにやれ」って 見送ってくれる 心強い上司が。
そうはいっても ね、たまに思っちゃうのよね。
同年代の女の子…たとえば 事務職の女の子だちとかって、こんな 数字と言葉で勝負するような場面に臨んだりするのかなって。
決算明けの会議になると、お偉方の前で 言わされるのが、結構いや。
「輸送経費の内訳は?」「営業がせっかく稼いだ利益を、こんだけ下げてしまった理由、言いなさい」とかさ。
運賃と工賃の話出されると 言葉に詰まるわ。
アタシたちに やってもらってる分際で 素人が文句言うなって思うけど。
あーあ
甘々系な愛されガール、なーんて ファッション誌とかで見かけるけど、縁がないまま30になっちゃったわ
人生、真面目に頑張るしかしなかった分、ちょっと 損してるかもしれない。
アタシって。
冒頭に戻るけど、今回 使ってみる「必勝アイテム」は 香水
柄にもなく オーデコロンとか 買っちゃった
常に スッピン、月に数回の本社会議以外は 化粧もしないアタシなのにね、笑っちゃうでしょ
マジ ご乱心ってやつかしら?
でもさー 人によってあったりしない?
「勝負パンツ」とか「戦友的コスメ」とか 「同志的文房具」とか。
アタシ、言葉に詰まると 髪に触るクセあるんだけど、その時に 少しでも 気が紛れるアイテムが欲しかったんだぁ
正直ね、現場のチーフ組んだりがさ。 本社の営業会議にしゃしゃり出て来る時点で、やり過ぎたかなあ? とか、思うときはあるよ、そりゃ確かに。
でもね、やっぱり思うの
アタシは 言われるのを ただ待ってるだけで そのまま ノウノウと振り回されるのは 嫌。
取れる情報は 全部取って 抱えてる配下100名のパートたちに情報を落としてあげたい
『ごめーん、来月は 忙しいかも!』『皆で頑張ろうね!』声を出せる人間でありたい
まずは、アタシの直属:現場のパートのリーダーたち。彼らは、アタシを信じて付いてきてくれてる
そして、彼らもまた 自分たちの下に 各20名前後を抱えてる。
彼らのためにも、末端の子たちの為にも、アタシは 頑張るべきだと思うんだ。
だからね、今回 買ってみたの。
『アタシは アタシ』っていう 強さを教えてくれる感じの香りを。
テンパったときも、付けてるだけで 頑張ろうって思える。背中、押してもらえる『カッコイイ』香りを 買ってみた
甘々系って アタシは 褒め言葉だと思わない。
いい年したとき、カッコ悪い女にはなっていたくない。
そのためにも、今は 頑張ろうって 決めているんだ。
会議は、まあまあ 大体何となく終わったわ
今日ね、遂に 言ってしまった。
「やれっていうなら やりますよ。
でも、売り上げ取れてない、予算回して貰ってない。なのに 処理件数だけ投げられて、経費掛けるなってのは 話としておかしいですよね?」
結構 言いたいこと言ったから スッキリした~
まっ 会場、固まってたけど、さ。
後でどうなるか 若干怖いけど しーらない
本社物流部へ 会議報告行って「当月予算、上げる稟議書 出してください」ニャゴりに行った時だった
部屋の内線が鳴った。
内線を取った事務のオッちゃん(窓際戸締り役 係長代理サマとこっそり呼んでいる)が みるみる青ざめていくのを、横目で見ていた。
相手、誰なんだろ? 電話を ペコペコ謝りながら切って、すぐこっちをみてきたから、用件の中には 私が 関わってるらしい。
なんだろな?と思ったら 窓際戸締り役 係長代理サマと目が合った。
「蕃昌さん、秘書課が 呼んでる。すぐに来てだって。柏木チーフが さっきの会議の件を聞きたいって」
…会議で何を言ったの? オロオロしてる
いやあ、大したこと 言ってないわよ
「売上も取れてないからって 予算回さないクセに 面倒な仕事だけ ブン投げてくるなって。」
本社の置物タヌキ(ここの社員たちね)が 絶叫した気がした
どうやら、アタシは 相当の問題発言をしたらしい。
事情聴取込めて 重役がいる秘書課に呼ばれたわ。面倒くさいなぁと思って 行ってきたわよ
本社の事業部連中が 祟りのように怖れる柏木チーフ様の元に。
「聞かせてもらおうか? 物流センターとしての見解を」
アタシの物議を知った重役たちは、とりあえず 事情聴取役を 柏木チーフ殿にブン投げたらしい。
重厚な 秘書課の面談ブースに 堂々と座るこの男。本社の男連中が コレを相手に、超卑屈になって怖がるのか、分かる気はする。
見た目も 仕草も スマートで 完璧。
冷ややかな言い方も、輪を掛けて 迫力を添える
黙ってそこに座ってるだけで 存在感あるわー
でもね、アタシは 平気なのよね~ 実は。
「営業連中の方が、分かってないと思ったの。
そもそもさ。誰のお陰で 商売出来てると思ってんのよ? その発想のスタートが 違うから、今回 怒ったの、私。
アタシだって、ビタ一文 手を貸さないとは言ってないわ。手伝ってあげるって言ってるんだから、仲間だと思って大事にしてくれって話よ」
コイツは、理解力はある。オマケに 公正な判断力と一通りの対処法と正確な決断スピードも持ってる。
話の筋に理不尽がなければ、必ず助けてくれる。
「…分かった。
関係する稟議を出せ。内容に不備が無ければ、俺から 各部署に 根回ししてやる。」
ほーらね
「…だが やり過ぎだ。利益を出すのが『会社』だ。次は 気をつけろ。チーフ職で 現場で 女だから。この条件が揃ったから、これで済んだ様なもんだ」
何かとズケズケ言うけど、いい奴だとおもう。ちゃんと、心配してくれてる。
そいでもってね。
「頼むから 無理をして 身体壊さないでくれよ。」
こうやって たまーに 甘やかしてくれる。
「キツイ時は、助けを求めろ」
優しいのは、 実のところ アタシの彼氏様ってのも あるのかもしれないけど…(爆)
秘書課を出て「コーヒーでも飲もう」言われたときだった
ふと 気がついたように 呟かれた。
「なんか 違うな…」
じっと 私を見て言った。「香水つけたか?」
やっぱ 分かるんだ、結構 さりげなく付けたつもりなんだけど。
お察し鋭いのは「経歴柄?」いっちゃ難だが、本社の重役秘書やってりゃ、アタシと知り合うまでは さぞや 妙齢の美女たちとヨロシク過ごされていたんだろうな…と想像が付く。
案の定「嫌な聞き方してくるな」と返事が帰ってくる。
この男、ムカつく言い方ばっかするけど、嘘と社交辞令はない。信用できるのよね。
周りに人が居ないのを確認して、下の名前で呼ぶ。
「だって リュウイチって 秘書課の在籍でしょ?」
アンタの配下もまた、重役とかが厳選した美女集団とかなんでしょ?
「朝礼で指示だけ出したら ほとんど 会話しない」
あら意外。
社内の男には めっぽう厳しいと思ってたけど、ヒラの女の子には 若干でも優しいだろうなと思っていたのに。
…むしろ、「役に立たない」とかなんとか、切り捨てて適当にあしらってると思っていたのに。
「話さないんだ。勿体無い。」
リュウイチだって、男だもん。きっと、綺麗か可愛いの洗練された女の子と話す方が、楽しいと思うし。
「真知子」
エレベーターを待つ、ほんのひと時。誰も居ない静かな廊下で。
真正面から話しかけられた。
「俺が 今 目の前でみているのは、自分の恋人だ。…他でもない 一人の女の子。」
違うか?
静かに、訊ねられた。
「いつも、気に掛けてる。…モノは、踏まえて言え」
失礼な、と 吐いたため息交じりに諭された。
ご、ごめん…
言いかけた言葉を続けるまもなく、目は 会話は続いた。
「クセがあるな。お香か スパイスの香りがする」
ほっ、よかった。怒ってはないらしい。若干、気まずいなと思ったけど、勤めて明るく言ってみた
「エキゾチックに セクシーな感じが気に入って買ってみたの」
フッ 鼻で笑う声がした
なにそれ! んー 笑うことないじゃない!
あーもう、我慢だ自分。怒らない、怒らない。この男が 鼻で笑うときは 照れ笑いか忍び笑い。
この男に、嘘と社交辞令はない。愛想笑いじゃない。正直に、返事してくれただけ 感謝しようじゃないの。
「もっと 甘い方が似合う」
「甘い方が?
甘いだけの女の香りって 私自身が嫌いだし、リュウイチも 嫌がると思ってた」
今回ね、とにかく、甘いあやふやな香りだけは 絶対に論外だったの。
『アタシは 他でもない アタシ』
皆と同じじゃない。
その辺の女の子とアタシは 同じじゃない。
甘くて可愛いだけの女の子とアタシは 同じじゃない。
どうせね、所詮ね、 似たようなモンだとはおもうの。
けどね、でも どこかで 決定的に違う。自分ではそう思ってる。
せめてね、分かる人だけでいいから 『違う』でいたい
いたいと 思っていたのに。
念のため 聞いてみた
「今の香り、似合ってないってことね?」
「オブラートに包んだ嘘が聞きたいのか?」
似合ってないんだ。
…そっか。
甘い香り、似合っちゃうんだ私。
ちょっと…ショック。
無言になった私たちの前に、エレベーターが着いた。
無言のまま 静かに開くドア。がらんどうの空間に二人で乗り込んだ。
今もなお、無機質な空気が漂う空間の中、最初に話し始めたのは リュウイチだった。
「なあ? 日用品の香りって 何で無いんだろうな」
ん?
「ドラックストアにある ボディローション、シャッカロール、柔軟剤…あの手の香りが そのまま 香水になればいいのにな」
あ、分かるかも。
あの甘さなら 好き
控えめで 柔らかくて、ただそこで静かに佇んでる
動じず騒がず ただただ ゆったりと 優しくたゆたっている 自立した存在感のある甘さ
甘いのに、その存在感が それはそれでアリだと思わせる。
お母さんの背中っていうのかな、甘い香りだけど、カッコいいとおもう。
「そういう香り」好きなんだと言い掛けて 先に、さえぎられた。
「似合う」
キッパリとした言い方だった。
「日用品の香りが似合うなんて。」
「何だ?」
「いや、愛情感じたわ」
何かね、勘違いかもしれないけど 直感で思ったの。
貴方の中で 私は 随分 身近な存在になっていたのね、って。
香水ってさ。
なんか 尊く気取った存在じゃない?
女性淑女の憧れであり 神秘であり、印象への味付け。そんな類いだと思ってた
だから、香水に日用品の香りは 存在しないんだと思ってたの。
リュウイチは、そんな香水を見るような目で、私を みないでいてくれてる
ただ毎日、隣で過ごす存在だと 思ってくれてる
物思いにふけって、そのまま ニヤニヤしていたかもしれない。
「よく分からんが 納得したならいい」
私を フフフ、とまた 鼻で笑いながら見ている
エレベーターが 目的のフロアに着いた
「今つけている香水、まったく 似合ってない訳じゃない」
リュウイチの声が、開く扉にかき消されようとしている
「ただ、俺が…」
その先は、上手く聞き取れなかったけど。
確か、合っていれば こんなようなことだったと思う
『ただ、俺が 見てきた『真知子』とは、違うだけだ。
色仕掛けを纏わなくても、傍に居る。』
シレッと言った 貴方の甘い言葉。
その横顔もまた、会議で見るような ごく真面目な日常の表情で。
知れずと勝手に上がってしまった体温を感じた片隅で、別なことを思った。
…リュウイチが、日常で私を見る目は、甘かったんだなって。
今のアタシは、それを、動じず受け止められるくらい、男女の甘さには慣れてないけど。
私、貴方の前では 素直に 甘い香りが似合っちゃってもいいかな、と思った
そんなことを思った、今日の本社会議の後
必勝祈願のアイテムは、違うところでも 勝ちました?とさ。