嫉妬の理由
どこにも逃げようがなくて、私は桃胡さんからキスを受けている間、只々ぬいぐるみを抱きしめていた。
「いーねー、それ……俺に買ってもらったの?」
「とっ……桃胡さんにじゃありません……」
私は口を突いて出たように否定した。
もちろん桃胡さんが言っている“俺”が、フロアマネージャーのことだっていうのは解っている。でも、あの視線を逸らしたフロアマネージャーの顔が不意に浮かんできて、つい私は言葉にしていたのだ。
なのに桃胡さんは、変に思うどころか嬉しそうに微笑んだ。
「そうだよ莉羅ちゃん、俺じゃない」
「桃胡さん……?」
「何でこのぬいぐるみ、俺にも触れるんだろう……ねぇ退かしてよ莉羅ちゃん。そんな大切そうに抱えてないで……」
桃胡さんは切なそうな顔でそう言いながら、私の腕の上に手を置いた。じっと向けられる真っ直ぐな視線。熱を帯びたその瞳に思わず閉じ込められていると、ぬいぐるみ越しに自分と桃胡さんの重みが胸へと響いた。
桃胡さんの手が優しく円を描き始め、私は視線が揺らいでしまう。
「このぬいぐるみを見る度に、この服を着る度に、俺がしたこと思い出せるね……」
桃胡さんは力の入らなくなった私の腕からぬいぐるみをそっと取ると、シューズボックスの上に乗せ再びキスを繰り返した。
「前から思ってたけど、莉羅ちゃんってキス……弱いよね……俺が支えないと立てなくなってるの、本当可愛い……」
桃胡さんの手が段々と私の足に伸び、長いワンピースの裾をたくし上げる。撫でるように触る手が、私の太ももに直接触れた。
「ねぇしたい……今日したい……だめ? だめ莉羅ちゃん?」
「め……っ、だめ……です……っ」
「なんで? 夢の中ではしてくれたのに……っ」
余裕が無くなる桃胡さんの手の動きと合わせたように、私は短く息を漏らしながら首を横に振って答えた。
けれど桃胡さんは止まらなかった。桃胡さんの手が下着に触れる。焦った私は、桃胡さんの指の動きに呼吸を乱しながらも、何とか声を振り絞った。
「きょ、今日の桃胡さんおかしいです……っ」
「おかしい? だって莉羅ちゃん……っ、俺を忘れて、あいつの前でずっと可愛くて……っ」
「まっ、待ってください。今……私は今……誰のことでいっぱいですか……? 心の声を聞いてください……っ」
私の言葉に桃胡さんは反応した。コードの繋がる、私の腰を支えていた左手に視線を移し、それからこちらへと向いた。顔が真っ赤だった。
一方で支えを失った私は、ぺたんと力なく床に着いた。はぁはぁと息を整えるのもままならなかったけれど、真っ赤な顔をして見つめる桃胡さんに私は続けて話した。
「それに水族館でも……っ、私はフロアマネージャーのことだけを考えていましたか……? す、水族館ですよ? ナポレオンフィッシュを観た時はお父さんを思い出しましたし、カクレクマノミを観た時は映画のことだって思い出しましたっ……。お土産だって、その……私がどうしてあのぬいぐるみを選んだのか知っていますよね……?」
こんなこと、言うつもりなかったのに……。
「うん……出掛ける前に俺が……エイ観るの楽しみって言ったから……」
も、もぅ……。
「ご、ごめん莉羅ちゃん……感情に任せて襲っちゃいそうになっちゃった……。でっ、でも、したいのは本当だよっ?」
「は、恥ずかしいこと言わないでください」
私は桃胡さんから視線を逸らし、四つん這いになりながらも逃げるように玄関を上がろうとした。しかし桃胡さんに捕まってしまう。
「ひゃっ」
「怖がらせちゃったお詫びに、ベッドまでお運びします」
お、おおおお姫様抱っこなんて私、初めてなんですけど――!?
「い、いいですっ、お断りしますっ」
「遠慮しないで莉羅ちゃんっ」
なんか語尾に音符が付いた言い方してるんですけど?
あぁもう、いつも通りになったらなったで困るなぁぁ……。
「続きしようよ……?」
「つ、続きって……だめですってば、下ろしてくださいっ」
「いっぱいキスしてあげるからね」
「んんっ。待って……言ったそばからしないで……んっ、くださいったら。も、もぅ……何で桃胡さんはそんなに、その……えっちばかりなんですか? 楽しいことって他にもありますよ?」
「え?」
なけなしの私の言葉の抵抗に、桃胡さんは立ち止まる。
そして意外そうな顔で驚いた後、桃胡さんは慈しむように私を見つめながら言った。
「何でって……そんなの決まってる。だって俺、莉羅ちゃんのことすごく好きだから……」




