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20話 生ける炎

「……ましろ先輩?」

「っ……!?」


 隣から聞こえる震えた声に意識を呼び戻される。セーブ地点、とでも言うべきだろうか。ンガイの森に入った直後まで、時間が巻き戻っている。


(ボクは……、召喚した炎の化け物に捕食された筈じゃ……)


 懐中電灯を持ったまま、ぼんやりと立ち尽くすましろ。一度死んだ、という実感があまりないが、死んだ筈なのは確かだった。


(銀の鍵のおかげで、時間を巻き戻せてる……。でもこのお助けアイテムが、いつまで使えるかどうか……)

「っ……!」

「せ、先輩……!大丈夫ですか!?」


 魔力を大量に消費した感覚がましろの並行感を失わせ、めまいを誘う。どうやら銀の鍵の使用は、魔力を相当喰らうようだ。


(ダメだ。魔力が回復する暫くの間、戻れなさそう……)


 ましろは蹌踉ける身体を木の幹に寄せ、その場に蹲る。


「ましろ先輩!」

「あはは……。ちょっと無理しすぎたかもね……。ダメだ。全然ボクらしくない。平常心、平常心……」


 心の余裕の無さを感じ、ましろはポケットの中のスマホに手を伸ばすが、途中で手を止める。ノイズで遮断された時のことを思い出した。どうせ、電話をかけても無駄だ。


「……諦めるのが早すぎる。もう少し足掻いてみたらどうだ?」

「へ……?」


 暗闇の中から出てきたのは、ロングソードを携えた夜闇鴉。ましろはぽかんと口を開けた後、呟く。


「……本物?」

「ああ。本物だ。貴様を探すのにだいぶ手間取ったが」

「夜闇さんが化けているとか、そういうのじゃない?」

「夜闇さん……?……夜に吠えるものと闇に棲みつくものか?それはニャルラトホテプが化けた姿じゃないか?」

「そ、そんなぁ……」


 夜闇さんの正体を知り、ましろは背筋が凍りつくような気配がした。


「だが奴がそう名乗ったからこそ、オレはンガイの森に入れた。そんな気がする。望月たちは未だに普通の森の中を探索しているだろう」

「よく逸れて冷静でいられるね……」

「当たり前だ。どれだけホラーゲームをやってると思っている?それにオレには闇魔法と剣もある。何があってもそれなりに対処できるだろう。貴様もな……と言いたいところだが、その様子だとだいぶ参っているようだな」


 完全に身体から力を抜き、木の幹に体重を委ねているましろに対し、鴉は冷静に分析した。


「うん……。銀の鍵を自分で2回使って、魔力を消費しすぎたみたい。召喚の儀式でも魔力を使ったし……」

「召喚の儀式だと?貴様、何を召喚した?」

「なんだか炎に包まれた花のような怪物だよ。クトゥグア、だったのかな。ボクはそいつに捕食されて一度死んだんだ」

「馬鹿め!そいつはクトゥグアじゃない。イオグマヌッソだ!」

「イオ……?」


 鴉はましろに近づくと、その肩を担いで立ち上がる。


「別名、星々から宴に来て貪るもの。クトゥグアの召喚に失敗した際に現れる存在だ。クトゥグアの通り道となる次元に潜んでいるらしい」

「そうなんだ……。ボクはクトゥグアの召喚に失敗したんだね」

「……安心しろ。オレが来たことでイオグマヌッソを召喚する結末は変わるだろう」

「……だといいけどね」

「……せ、先輩……」


 ましろをそっと支えるように、すみれが近づく。ましろはその小さな手をギュッと握り締めた。


「すみれちゃん、今の会話も、これからの会話もあまり理解しなくていいから。ただ、ボクらの側から離れないで。いいね?」

「はい……」


 すみれはましろの手を握り返す。鴉はましろの肩を担ぎながら歩き始めた。


「目的地はどこかわかるか?」

「……この先の湖の側にあるロッジだよ」


 ◆◆◆


 魔力不足で動けないましろの代わりに木の根を剣で切り捨て、鴉は無理矢理ロッジのドアを開いた。

 古びたレコードをセットし、不気味なフルートの音と呪文、男の忠告を聞き終わる。


「呪文を唱える場所は、わかるな?」

「うん。夜闇さんに案内されたからね」

「……」


 鴉はゴソゴソとポケットを漁り、袋に入った何かをましろに投げた。ましろはそれを片手で受け止める。


「あ。カロリーメイトのメープル味だぁ……!」


 袋を見てましろは歓喜の声を上げる。今回、お菓子の類いを持ち歩いていなかった為、甘いものの恵みは大助かりだ。


「それでも食べて魔力を回復させろ」

「もっと早く渡してよー」

「うるさい。色々と考えていて忘れてたんだ。黙って食べろ」

「うん。おやつじゃないけどおいしい……」


 カロリーメイトをペロリと平らげたましろは魔力が回復し、1人で立てるようになった。


「さて。回復したなら行くぞ。クトゥグアを召喚できる地へ」


 ◆◆◆


 魔法陣が書かれている地へ辿り着いたましろ、鴉、すみれ。魔力が回復したましろが、魔法陣の中央に立つ。


「もう大丈夫なのか?無理であれば、オレが代わりに召喚呪文を唱えるぞ」

「うん。もう平気だよ。呪文の間違っていた箇所もわかったし、今度は大丈夫」


 ひとり増えただけでこんなにも不安が取り除けるなんて。ましろは心の中で夜闇鴉に感謝した後、召喚呪文を唱える為に息を吸い込む。


「ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅぐあ、ほまるはうと、うがあ=ぐああ、なふる、たぐん、いあ、くとぅぐあ。ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅぐあ、ほまるはうと、うがあ=ぐああ、なふる、たぐん、いあ、くとぅぐあ。ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅぐあ、ほまるはうと、うがあ=ぐああ、なふる、たぐん、いあ、くとぅぐあ」


 魔法陣が赤い光を帯びる。扉が出現し、中から現れたのは……。


「え?夜闇さん?」

「召喚した矢先に失礼な。夜に吠えるものと闇に棲みつくものはわたくしが嫌いなものの仮の姿でしょう?わたくしはクトゥグア。さあ、願いを言いなさい人間」

「まさかクトゥグアの人間形態に化けてイオグマヌッソを召喚させていたとは、ニャルラトホテプは趣味が悪い」


 炎を纏い、ニャルラトホテプに対する怒りを含み、豊富な胸を弛わせ腕を組むクトゥグア。ましろは怖けずに要件を伝える。


「この森を……ンガイの森を焼き払ってほしいんだ」

「それは、本格的にニャルラトホテプからの恨みを買うことに値しますが、よろしくって?もちろんわたくしはいいですけど、貴方は?」

「……森を焼かずにここから出る方法があるの?」

「いいえ。なくってよ」

「じゃあ仕方ないね。猫琉さんには悪いけど」


 クトゥグアが片手を上げて赤い焔を纏わす。炎を手のひらで握り潰すと、手のひらから溢れた焔が草木を焼いた。焔は暗黒の森を真っ赤に燃やし始める。


「おい、クトゥグア!森の出口はどこだ!?」

「上空から見渡したところ、あちらかと」

「ありがとう!クトゥグアさん」

「また縁があれば、召喚、お待ちしていますわ」


 ましろはすみれの手を引き、クトゥグアの指し示した道を走り出す。鴉も後に続く。

 暫く走り続けると、纏わりついた重たい空気が急にふわりと軽くなった。やっとンガイの森を抜けたのだ。


「ましろさん!ご無事でしたの!?」

『一時はどうなることかと思ったよ』

「ただいま。それはそうと、ラプス、早速物語ソネットの回収を頼むよ!」


 森の入り口で出会ったのはラプスを連れた来夢。事情を説明する間もなく、ラプスは崩壊するンガイの森の物語ソネットを回収する為、口を開いた。


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