68話 護衛兵リッセン
「何ですの?バルグ商会の者達が揃った?ああ、いつかの手紙を書いたアレですわね?分かったわ。今日は都合が悪いから、明日にでも来るように伝えてちょうだい」
「ハッ!」
威厳というにはまだ足りない、おそらくは王妃様の真似事みたいな態度で、堂々と振る舞う可愛らしさたっぷりの王女様に、彼女の護衛兵であるリッセンは、つい笑顔でにやけるのを必死に我慢しながら敬礼をやり遂げ、その場から素早く退室する。
(ああ、今日のミネルバ様も何とも愛らしい事か!)
入り口扉の横には、同僚のエドガーと、ミネルバ様専属侍女のマーレットが待機している。
「私はミネルバ様の用事で離れる。後は頼むぞ」
「ああ、任せとけ」
「畏まりました」
防具を脱いで私服に着替えたリッセンは、バルグ商会に向かう為に王城を後にした。
(バルグ商会のガルム=バルグ。前回会った時の印象は、ドワーフの商人とは思えない程の物腰柔らかな人物だった。しかし監視者の報告では、ここ数日、王女の人柄や風評を調べていたらしい。商人としての下調べだと思うが、今回は彼以外の者達が来る。私が王女に会うに値する人物かを見極めてやる)
バルグ商会王都店。王都でもその名を誇る大型商店だ。ラエテマ王国内にある、品質の良い様々な商品を揃えており、王室からも信頼されている。
「いらっしゃいませ~」
店内に入ると、仕事をしていた店員達は作業を止めて頭を下げる。少々謙り過ぎな気もするが、悪い気はしない。
「すまないが、ガルム殿は居られるかな?」
「社長ですか?面会のご予約はおありでしょうか?」
「予約?ああ、すまん。予約は無い。だが、そちらの準備ができたと連絡が来たのでね。ミネルバ王女様からの伝言を伝えに来たのだ」
「王女様…⁉︎し、少々お待ちください。確認を取って参ります」
ガルム氏は、普段から様々な者達と面会しているのだろう。その対策で予約が必要なんだとは思っていなかった。
つい王女の名を出してしまったが、準備ができたという見解は、こちらの監視者からの報告であり、ガルム氏から面会を求めて来た訳では無い。
(明らかに監視してましたって思われたな)
程なくして、先程の店員が戻って来て、応接室へと案内された。
扉を軽くノックして開けると、そこにはガルム氏以外にも数人同席していた。
「これはこれは、確かミネルバ王女様の護衛をなさっているリッセン様でしたな?」
「ええ、突然の来訪申し訳ない、ガルム殿。どうやら面談中の様子、もうしばらく待った方がよろしいか?」
「いえいえ、彼等は商談相手ではありません。気になさらず彼等も同席でお話を伺わせてください」
「うん?」
よく見ると女子供ばかりで、ガルム氏の身内といったところか。
「ミネルバ王女様より、貴方方の製造販売している商品の数々に感銘を受けたので、是非お話を伺いたいとの御要望でございます。しかし、誠に申し訳ないが、ミネルバ様のご都合により、明日なら座談会ができるとの事です」
「なるほど、では謁見は明日がよろしいという事ですな?」
「そういう事です。是非ともミネルバ様の為にご足労願いたい。しかし、ガルム殿以外の制作に携わった人物が、王都に着いたと聞いたのだが」
ガルム氏なら誰から聞いたとかは、言わなくとも分かっているだろうから説明は省く。
「ええ、この方がそうですよ。最近の我が社の新商品の開発、制作を担当しているアラヤ=グラコ殿です」
紹介されたのは、落ち着いた雰囲気の子供だ。前髪の一部が白髪になっている点以外は、見た目は普通の人間の子供だ。しかし、苗字があるという事は、貴族の家系だという事か。
「初めまして、リッセン様。アラヤ=グラコと申します。この度のミネルバ王女様との座談会への御招待、有り難く承りました。因みに、許されるのであれば自分の妻も同席させたいと考えておりますが、どうでしょうか?」
「妻だって?」
おいおい、子供のくせに結婚してるのかよ⁈うらやま…いや、本当かは怪しいものだ。疑いの眼差しでアラヤを見てしまう。
「はい、自分はこのような見た目なのでよく驚かれるのですが、17歳と成人はしております。妻というのも、ここにいる彼女達です」
彼の左右に立ち並ぶ二人の若い女性が、笑顔で一礼する。
二人も居るのかよっ⁉︎思わず突っ込みたくなるのを抑え、笑顔を返してみせる。
「開発と制作に携わっているのであれば、お二人だけならば大丈夫かと思います」
「ご主人様、私も行きたい」
突然、少年の足元から銀色の狼が顔を出した。思わず帯刀している剣に手を添えていた。
(シルバーファング⁈しかも、喋っているだと⁈)
「ダメだよ、クララ。私だって行きたいのを我慢しているのだから」
その銀狼を宥めるように頭を撫でるのは、ガルム氏に似たドワーフの青年だ。シルバーファングは魔物ではないが、野生の狼としては頂点に君臨する程の知能と攻撃力を持つ。この中にシルバーファングを従える調教士が居るのか?
「そ、それでは、四名での出席という事で宜しいか?」
「はい、よろしくお願いします」
「では、王女様にはそのようにお伝えします」
内心驚くばかりで、この少年がどういう人物かを結局見極められなかった。影達に再び監視を指示するかなと、リッセンは席を立って部屋から出た後に、中から聞こえた会話に足を止める。
「ガルムさん、自分はちょっと冒険者ギルドに顔を出してきます」
「ああ、トーマス殿に顔見せかね?無理に行く必要は無いと思うが、律儀だね」
(トーマス…冒険者ギルドのマスターか。どんな関係があるんだ?)
「私達も行こうかな」
「サナエさん達は遠慮してもらおうかな」
「え、何で?」
「だって、冒険者ギルドで女性を連れて歩いてたら、周りから反感買うのは目に見えてるからね。それに、顔見せとクララの従獣としての登録をしてくるだけだよ」
「アラヤ君、ソーリンは私の手伝いで一緒に行けないのだが、冒険者ギルドの場所は分かるかね?」
「道すがら、誰かに尋ねるので大丈夫です」
そう聞こえ、リッセンはこれだ!と商店の外に出て、物陰からアラヤ達が出て来るのを待った。
しばらくして出てきたアラヤと銀狼の後を、少し離れた地点から尾行して、アラヤが道を尋ねる素振りを見せたのを見計らって登場した。
「やぁ、アラヤ殿。一人で何処へ行かれるのかな?」
「あ、リッセン様。もう王城へとお帰りになられたのかと思っていました」
「お、王女への報告は代理に頼んだのだ。今日の私は午後からは非番でね。良かったら、王都の街中を案内するよ?」
「それは助かります!実は冒険者ギルドに行きたいんです。この子の従獣登録をしたいので」
「ああ、じゃあ冒険者ギルドに案内するよ」
よし、いろいろと探りを入れてやると考えているリッセンの後ろで、アラヤとクララは面倒だなぁと思っていた。彼が立ち聞きしていた事も、尾行していた事も気配感知で最初から分かったいた。
彼がアラヤ達を不審だと思うのは当然だろう。王女に怪しい人物を近づけるわけにはいかない。彼にはその責務があるのだから。
冒険者ギルドへと着くと、周りの冒険者達は少年に付き従うクララを見て驚いている。これが正常な反応だとリッセンは頷いていた。
「おお、来たかアラヤ殿!」
大きな声が聞こえ、アラヤ達の元へトーマスがやって来た。ギルマスが話しかけた事で、あの坊主何者だ?と更に注目を集めることになった。この場に、もしもサナエさん達まで居たらどうなっていたか…。思わず身震いしてしまう。
「とりあえず、こっちで話そう」
注目を集め過ぎている事にようやく気付いたトーマスは、アラヤを応接室へと案内する。その後に続くリッセンを見て、首を傾げた。
「この男は?」
「ミネルバ王女の護衛兵のリッセン様です。冒険者ギルドを案内して下さったんです」
「ほぅ、王女の護衛様ね…案内は済んだんだから、帰ったらどうだい?」
(まさか、アラヤを王家の護衛に引き入れるつもりか⁈そんな事はさせんぞ!アラヤはギルドに入ってもらう!)
「失礼な物言いだな。彼には街を案内すると約束してる。同席するのは当然だろう」
(このギルドマスター怪しいな。この少年とどんな関係か暴かねば!)
何故か二人は、勝手に火花を散らしていた。そんな二人をアラヤは気にせず、先に応接室に入ると、クララのモフモフで癒されていた。




