21話 初デート
翌朝、今日の二人は機嫌が良い。アヤコさんは、魔法が使えるようになって喜んでいるのだろうけど、サナエさんは明日の俺とのデートが嬉しい事になるのだろうか?
そもそも、村の外に出るデートって誰情報なんだろう。
「さてと…今日の午前中は雑貨店の手伝いだったな」
雑貨店の手伝いは、主に日用雑貨品の補充である。補充と言っても、他店の品を取り揃えているわけではない。他店で取り扱っていない品物を取り揃えているのだ。
例えば、乾燥広葉樹の葉 (トイレットペーパー・ちり紙) 羊皮紙、ランプ用油、植物性石鹸、絵の具 (磨り潰した木の実と油を混ぜた物。色は赤・青・黄・黒・白のみ)、ボアの革靴等がある。
「おはようございます、モドコ店長」
雑貨店の店長モドコさんは、自分とさほど変わらない身長の大人の男性だ。ただし、横幅は俄然広いんだけど。
「おはよう、アラヤ」
「来たね、アラヤ君」
「あれ?村長も居たんですか?」
モドコ店長だけでなく、村長もカウンターから顔を出した。二人共、片手には微かに湯気の立つコップを持っている。香りからしてどうやら紅茶を楽しんでいたらしい。
「君がちゃんと働いているかを見に来たんだよ」
「俺の事より、ライナスさん達を見に行って下さいよ。最近、気が緩み過ぎですよ」
「まぁね。後でビシッと注意してやるさ。それはともかく、ちょっとアラヤに用があって伺ったんだ」
村長はちょいちょいと、耳を貸すように手招きをする。言われるがままに耳を貸すと、店長にも聞かれたくないらしく小声で囁く。
「アラヤあんたさ、鑑定の技能持ってるだろ?」
「な、何の事ですか?」
アラヤは驚いて距離を取ってしまった。村長はしたり顔で続けて言う。
「隠しても無駄だよ。昨日、あれだけの質の良い陶石を持ち帰ってるんだ。分かるに決まってるだろう?見本を見せたとは言え、陶石は素人が見分けるには難しい石だからね」
「ははっ、たまたま多く見つけただけですよ」
「別に脅してるわけじゃないよ。誰かに教えもしない。言いふらして得になるものじゃないからね」
どうやら完全にバレてるみたいだ。それもそうか。不純物ゼロの陶石ばかりを集めてしまったし。
「ただね、同じ技能を持つ者として、頼みがあるんだよ」
「頼み?」
「明後日、私とある山の調査に同行してもらいたい」
「何故、山の調査ですか?」
「その山はまだドワーフ達にも手付かずでね。先に行って、私達で宝の山を発掘しようって事だよ。あんたと二人での鑑定なら調査も早いだろ?護衛もあんたが一人で充分そうだからね」
「はぁ、まぁそういう事でしたら、別に構いませんけど」
「良し決まりだ。出発は明後日の早朝ね!それじゃ私は仕事に戻るから。あ、モドコ、紅茶ありがとうね~」
自分の用件が済んだと分かると、村長は瞬く間に帰っていった。
「どうやら話は終わったようだね」
「ええ。朝から何かすみません」
俺が謝るのもおかしな話だけどね。
「それじゃあ、今日も乾燥葉を集めてくれるかな?君が加工した乾燥葉は人気が高くて、在庫が直ぐに無くなるからね」
「分かりました。早速、採取に行ってきます」
店を出たアラヤは、いつもの場所に向かう。そこには落葉樹のホオノキが多くあり、拭き取り用として最適な葉の大きさをしている。
大体、葉は40センチ程の長さなのだが、長さは三分割に、横は切り揃えて整える。それを、パリパリにならないようにホットブローでゆっくりと乾燥させる。たまに湿度を与えてやると、肌触りの良い仕上がりになるのだ。
アラヤ以外の人が集める場合は、落ち葉を自然乾燥させるだけなので、この数と仕上がりにはならないのだ。
「よし、これくらいで良いかな?」
今回も大量の乾燥葉 (トイレットペーパー、ちり紙)ができたので、早速雑貨店に届ける。
モドコさんは、「うんうん、この肌触り」と、頬を乾燥葉でスリスリとしている。うん。毎日使う物だから触感は大事だもんね?
午後は製材所の仕事で、将棋の作り方と遊び方を教えろと大工職人達に頼まれて、そのまま将棋大会になってしまった。結果、素人相手なので優勝したけど、以前ガルムさんには完敗したからなぁ。再戦あるかもだし、もうちょっと腕を磨く必要があるね。
今日の訓練は、明日がデートという事もあり軽めにこなす事にした。アヤコさんは、グラビティの訓練に没頭していたので、俺達の様子には気付いていないようだ。
そして迎えた翌朝…。
いつものように仕事に出かける振りをして、村の入り口で待ち合わせをする。先に待っていたアラヤは、変わり映えしない服装だけではデートらしくないので、貰ったショートソードを帯刀してきた。
しばらくして、サナエさんがやって来た。
「ま、待たせたね」
「ううん、大丈夫だよ」
その格好は、朝自宅を出た衣装ではない。食堂で着替えて来たのだろう。可愛らしい麦わら帽子に、麻のフレアブラウスと長めのスカート。普段、動きやすい姿を好む彼女からは想像出来ない可愛いらしい姿だ。
「どう、かな?」
「うん、似合ってるよ!なんか新鮮でドキッとした」
「そ、そう?なら良かった」
「それじゃ、そろそろ行こうか。行き先は決まってるんだよね?」
「うん、任せて」
彼女は自然な流れでアラヤの手を握ってきた。ヤバイ、ドキドキが止まらないよ⁈
二人が先ず向かったのは、村から西に南下すると川に橋がかかった場所があり、そこを渡って更に西へと進む。
この一帯は草原地帯が広がり、魔物もスライムが出てくるぐらいだ。反応があれば近付く前にエアカッターで倒しておく。
「ねぇ、アラヤ。私達、この世界に来てからもうすぐで二カ月になるんだよね?」
「う、うん。そうだね」
「私、ダンスもそうだけど、体を動かすことが大好きでさ。今を生きてるって実感がするんだよね」
「うん、分かるよ。とても活き活きしていたからね」
「こっちの世界に来てから、アラヤのおかげでまた踊れてるし、生活も楽しくなってきた。本当にアラヤには感謝してるよ」
フフッと屈託無く笑う彼女に、アラヤは見惚れてしまう。こんな魅力的な女性と、生活できてるこっちが感謝だよって思う。
「この先に、光ヶ丘って場所があるんだって。確か、近くに目印になる大きな木があるって言ってたんだけど…あっ、あったよ!」
草原にぽつんと一本の巨木があり、その根元がちょっとした丘になっている。
二人は丘に近付くにつれて、その巨木の大きさに驚いた。樹齢2000年はあるのかもしれない。太い幹は力強く伸びており、四方に伸びる枝には青々とした葉が横に広がっている。
丘を登ると、上部には色々な花が咲いていた。どうやら人工的に並べて植えられているようだ。
「この花畑、よく魔物に荒らされていないね」
「この花畑を囲む黄色い花、パラライ草と呼ぶらしいよ。汁には強度の麻痺効果があるんだって」
思わず触ろうとしていた手を、サナエさんはすんでのところで引っ込めた。幾つか採って帰ろうかな。アヤコさんの吹き矢の痺れ薬として使えそうだ。
「ん?あれって…ひょっとしてブランコ⁈」
視界の隅で揺れていた物を見ると、巨木の枝から吊るされたロープでできたブランコだった。凄い高い枝からロープを吊るしてるけど、あの巨木に登った奴は命知らずだな。
「一体誰がこのブランコを?」
「フフフ、誰だと思う?」
「え?知ってるの?」
「私はね、この場所はベスさんに聞いたんだ」
サナエさんはブランコにゆっくりと腰掛ける。そして、当ててみ?という表情で見上げる。
「…ベスさんに聞いたという事は、まさかライナス?」
「ハズレ~!正解は、ゲーンさんらしいよ?奥さんとのデート時に作ったんだって」
「まさかのゲーンさんか!意外だなぁ」
「だよねー。それからは、村人達のデートスポットになってるんだって」
彼女のブランコを軽く揺らしている姿を見て、アラヤはニヤッと笑った。
「えっ?何、ちょっと!」
彼女の後ろに立ち、勢いよくブランコを押して自分も飛び乗った。そのまま立ち漕ぎの要領で勢いを伸ばす。
「ちょっと!怖いって!」
そのブランコが描く弧は、高い山々や何処までも続く森の海、その先に僅かな地平線まで見せてくれた。
「よく見てよ!俺達の来た世界は、こんなにも綺麗で、不便で、広大で、未知だ!だけど俺達は汚くて、ちっぽけで、夢ばかり見て、輝いてる!今を生きてるよ!」
「フフッ、何それ?ちょっと意味わからないよ?ちっぽけなのはアラヤだけでしょ?でも…そうだね、確かにそう思えるね」
その光景を、二人は深く心に刻んだ。うん、ここは確かに良い景色が見える場所だったね。
「そろそろ帰ろっか?昼食には戻らないと、アヤが怒るだろうからね?」
「そうだね」
二人は今しばらく景色を堪能した後に、村へと帰った。門の入り口まで来ると、彼女は繋いでいた手を離して向き直った。
「今日は楽しかったよ。ありがとうね!」
そして、少し屈んでのおデコにキスをした。アラヤはトマト並みに顔を赤くする。
「お、俺も…」
「そ、それじゃ、私は仕事あるから!」
彼女も顔を赤らめているのが分かったけど、俺の言葉を待たずに走り去ってしまった。入り口にポツンと取り残されたアラヤに、ライナスがやって来てポンと肩に手を置く。
「青春してるな?」
いや、そのドヤ顔は、めっちゃ殴りたくなりましたよ?ザックスの代わりにやっちゃう?折角のデートの余韻を、イライラとしながら終える事になりました。




