190話 横穴
翌朝、村人達が見守る中、浮遊邸はその名の通りにゆっくりと地上から浮き上がる。
最終的に、グラビティの巨大魔鉱石は10箇所に設置され、上昇気流に安定させる為に少量の重さが残る様に設定してある。
「おおっ‼︎本当に上がったぞ⁉︎流石は大精霊エアリエル様だ!」
村人達は、これは神にも勝る奇跡だと興奮し騒いでいる。村人達を見下ろし手を振るエアリエルは、満足そうに笑っている。
「高度良し!それじゃあ皆んな、結界を張るぞ!全属性精霊結界
浮遊邸の端に居る7属性の精霊達が拠点となり、七色の光の膜が巨大な球体を形成して浮遊邸を包み込んだ。
「消えた。隠蔽の不可視効果か…いや、雲が透けて見える。これは透明化効果だな。素晴らしい!あの結界ならば全く視認できない上に、感知される事も無いだろう」
下から見上げるファウンロドは、誰よりもその結界の凄さに感心していた。
エアリエルは、住居棟の最上階に設置された管制塔に、壁を擦り抜けて現れた。
そのまま、彼女専用に用意された玉座に腰を下ろした。
部屋の中央には、地中に埋められた全ての魔鉱石に繋がる魔鉱石があり、この管制塔から魔力供給のオンオフを操作できる。
壁にも世界地図(カオリの資料を元に作成した)が張られている。
『それで、先ずはどの方角を目指すのか、決まっておるのか?』
「先ず候補に上がっていますのは、ラエテマ王国の始まりの村、ヤブネカ村。鉱山とカジノのある街デピッケル、クララの家族が居る。ですね。目的は知人との再会と、食料や素材調達です」
アヤコが、技能のメッセージを応用した巨大画面に地図を表示すると、そこに現在地と候補地が点滅している。
『これはまた面妖な技能だな。ふむ、されども分かりやすい。精霊やエルフ以外とは関わらずに過ごしてきた我としては、其方達と同行する事自体が楽しみである。故に行き先を選ぶのは其方達が決めよ。我が瞬く間に連れて行こうではないか』
「瞬く間は、怖いので流石に御遠慮下さい。それでしたら、先ずは…」
結界があるとはいえ、風圧にどれだけ耐えれるかは検証していない。精霊体で移動する様な音速に近い速さで移動して、空中分解という怖い想像をしてしまう。
『分かった。では出発する!我が愛しき眷族と優しきエルフの民よ、暫しの間さらばだ』
エアリエルからの念話が村人達に伝わり、その存在は見えないけれども、村人達は空に向かって大きく手を振り続けるのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
レニナオ鉱山の最奥地。つい先日、勇者チームによる古竜討伐が行われたその一帯は、岩盤が崩れない様にする補強工事の真っ最中である。
この補強が終わらない事には、採掘作業に取り掛かる事ができない。しかし、このところ続いた雷雨の影響で、進行は遅れ気味だった。
「うう、早く掘りたいのぅ!」
「ああ、全くだ。太古から手付かず鉱脈地だ。きっと鉱石の宝庫に違いないからな!」
補強工事には、鉱夫達が多く駆り出されており、背中にマトックを担いでいる者もチラホラ居る。こっそりと掘る気満々である。
「あそこが竜の寝床だった場所か。何やら温かい風が出て来るが、炎の海にでも繋がっている穴でもあるのかの?」
鉱夫の1人が、少し窪んだその寝床に降りて行く。
「ん?上からは見えなかったが、横穴があるんだな」
風が来るその横穴は高さこそ低いものの、横幅は広い。この奥にもきっと鉱脈があるかもしれない。
「おい、抜け駆けするなよ?作業に戻るぞ」
しかし返事が無い。横穴に半身を入れたままに動かない同僚に駆け寄る。
「おい、どうした⁉︎お…」
突如、視界に影が入り見上げると、鋭利な剣の軌道が真っ直ぐに振り下ろされるところだった。
「おい、遺体を退かして入り口を広げろ。速やかに鉱山を制圧し、デピッケルを占拠する」
剣に着いた血を振り払い、鞘に収めたのは黒に染められた革鎧姿で肌色も黒い男だった。斬り捨てられたドワーフの遺体が、直ぐに引っ張り出されて退けられる。
「ラズエル少佐、デピッケルには囚われの強欲魔王が居るとの事ですが、どうされますか?」
「既に技能を持たぬと報告があった。もはや奴に利用価値は無い。消して構わん」
「了解しました」
かつて帝国で捕らえた若造は、奴の配下を殺すと簡単に命乞いをしてきた。大罪教団の話から魔王と分かった時には、使える道具を拾ったと思ったのだが、大した働きもせずに囚われるとはな。
「魔王と言えども、所詮は人間という事だな」
ラズエルの横を、次々と兵士が通り過ぎ、横穴の拡張を始める。彼の背後には、ズラリと帝国兵が控えていた。どの兵士も革鎧姿で、音を立てない様に静かに待機している。
ラズエルは振り返り彼等を見据える。
「長い地下通路の旅も此処で終わりだ。アルローズ攻略開始の報せが入り次第、左翼部隊として我々は王都を目指して叩く!先ずはこの街の占拠から始める。軍隊でも無く精霊が使えないドワーフなど、ただの力自慢の連中だ。鍛え抜かれた我々帝国軍の力を見せつけてやれ!」
広げられた横穴から、次々と兵士達が飛び出し、坑道へと走って行く。部隊数は200の中隊。モザンピアの地下通路のおかげで見つからずに行軍できたとはいえ、帝国からの移動だけでもかなりの時間が掛かった。
これから先は隠れる必要は無い。虚を突かれて慌てふためく奴等をただ蹂躙するのみだ。
その光景を想像したラズエルは、自然と笑いが込み上げて来るのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
連日続いていた雷雨も終わり、久々の快晴の日。
沖に出て漁をしている漁船の上で、漁師達が網を引き上げが終わり休憩を取っていた。
「おい、聞いたか例の噂」
漁師の1人が、最近巷で話題になっている噂を持ち出した。
「ああ、伝説の古竜を倒したという勇者の話だろ?」
「違えよ!半月程前に、このドネチア港からズータニア大陸に渡航した勇者の話だよ。居たろ?自分を勇者だと言い、多くの傭兵を集めていた奴がさ」
一同は、そう言えば居たなぁと思い出した。その自称勇者は、中々人が集まらないので、誰彼構わず金で雇っていた全身鎧の男だ。
「その自称勇者がよ、魔人族の王と同盟を結んだって話だ」
「なんだそれ、別にどうでも良い話じゃないか?」
「おいおい、魔人族の王って言ったら、最近代替わりしたばかりの王だぜ?しかも、自称勇者はその王を倒すと豪語していたのに、蓋を開ければ同盟だぞ?おかしく無いか?」
しかし、他の漁師には大した興味が湧かないらしい。
確かに、一個人が仮に成り立てとはいえ国王と同盟関係を結んだという事は、信じられない話とは言える。元々、単独での同盟が無理だからこそ、傭兵を雇っていたのかもしれないと思えてくる。
「そもそもの話、勇者ってのも美徳教団だけが語り継ぐ架空の英雄じゃねぇの?何でそんなに居るんだよ?」
「知らねぇ。俺の家系は特に、どちらの宗教の信徒じゃないからなぁ」
「俺の家もだ。冠婚葬祭の時にだけ、どちらも利用するくらいだな」
違いねぇなと笑い合う漁師達。すると、突然大きな波が漁船を揺らした。何事だとマストや手摺りに掴まり辺りを見ると、いつの間にか大型帆船が近づいていた。その通過する際に起こる波で、漁船は激しく揺さぶられる。
「うわっ‼︎危ねぇじゃないか!」
必死に掴まりながら船を見上げると、帆船の甲板から見下ろす人影が見えた。
「あの姿は、自称勇者じゃねぇか…?」
見覚えのある全身鎧の男は、漁船を一瞥しただけで奥へと消えて行った。代わりに、複数の男達が現れる。その姿からして、傭兵達だと思えるのだが、カクカクと動きがぎこちなく見える。
「おいおい、奴等武器を構えてないか⁉︎」
傭兵達は弓を構えて、明らかにこの漁船に照準を向けている。
「うわぁっ‼︎」
躊躇う事無く放たれた矢の雨に、漁師達は堪らず海へと飛び込んだ。別に彼等の生死を確かめるでも無く、大型帆船はそのまま港へと向かう。
「急な天候悪化でだいぶ遅れたが、ようやくドネチアに着くな」
寛容の勇者たるユートプス=モアは、目前に見えるドネチア港を見ても無表情のままだ。
「モア様、本当にこの様な非道な計画に乗るのですか?」
彼の配下らしき男が、不安そうな面持ちで尋ねる。それに対し、彼はフンと鼻で笑った。
「君の言う非道とは、誰基準で決めたものだい?君が思うこれは、確かに非道であり帝国としては必要悪とされるものかもしれない。けど僕には関係無いよ?善も悪も、人としては当然の行為で、許される事なのだから」
この勇者の考えを、自分は理解できる事は無いだろう。ただ、この寛容の勇者の行動を、一配下である自分に止める事は出来ないという事だ。
配下の彼は腹を括るしか無かった。この帆船に乗る200人近い傭兵達は、既に勇者の指揮下にあるのだから。




