181話 精霊結界の授業
昼食が終わると、アラヤはファウンロドに連れられて三階上の仕事場へと移動していた。
仕事場は、全方位が見渡せる展望室となっていて、村全体を見渡せる状態だ。
「ではアラヤ君、精霊術を教えるに必要不可欠なパートナー、契約精霊を呼んでくれ」
「分かりました」
アラヤが指を鳴らすと、火精霊達が一瞬で現れる。その姿を見てファウンロドは興奮に似た驚きを見せる。
「何と!全ての精霊が中位精霊じゃないか!本当に凄いな君は。これは私も負けてられないな。『さぁ、来てくれ、私の可愛い娘達』」
ファウンロドが柏手を一度鳴らすと、三体の中位風精霊が彼の周りに現れた。
「彼女達が私のパートナーの精霊達だ。彼女達が、この村の結界を全て担っている」
『村に来た時に、入り口で目が合ったよね?』
この村に入る直前に見かけた風精霊が、この一体ととても良く似ている。
『ウフフ、やっぱり分かっていましたか』
笑顔で行儀良く御辞儀をする風精霊に、風精霊はムッとして前に出ると、アラヤの頬を引っ張る。
『他所の娘にヘラヘラしないの~』
『ただの挨拶じゃないか』
頬を膨らますシルフィーはさて置き、アラヤは再びファウンロドに向き直る。今は授業中だからね。
「それじゃあ、先ずは結界の起動説明を始めるよ?」
「はい」
「結界を張るにあたって重要なのは、守る対象の大きさと精霊の数だ。例えばこの村の場合、村全土を対象にした結界は、三体の中位精霊を骨組み起点として、三角錐状の結界を展開している。その魔力必要量は体積に比例して…って、分かるかな?」
ファウンロドは杖を取り出すと、空気中に魔力の線で図形を描く。うん、心配してくれるのは分かるけど、その図形は数学的なもの中でも、前の世界ではかなり簡単な部類なんだよね。
それにしても、村全体の結界を張るファウンロドの最大魔力は321と、アラヤよりは劣るものの、消費状況は100弱程度で済んでいる。維持にはそこまで掛からないのかな?
「はい、分かります。続けて下さい」
「そうか?では次に、対象となるものを守る結界の効果を決める。これは精霊の属性に影響され易い。風精霊の場合は、風の壁を使った防護壁や幻惑草等の香りを用いた認知妨害を得意とする。入り口を隠す隠蔽には、光精霊と闇精霊に少し協力を貰った」
怠惰魔王の時は、空間と時間をずらして外部からの侵入を妨害していたと聞いたな。
「つまり、結界を張る手順は、先ずは対象の範囲を特定して、その周りに精霊を配置する。次に効果と持続時間を見積もり、精霊達の同意が得られたところで下準備完了だ」
「あの、持続時間で消費魔力はどの程度違うのですか?」
「う~ん、効果内容にもよるけど…私が現在張っている結界は、1年毎に継続で更新している。維持には毎日100程度の魔力をゆっくりと消費し、妨害や攻撃を受けると修復や強化に追加消費される。期間を長く伸ばした場合、1日当たりの消費量は減っていく傾向にあるが、効果の変更には解除が必要な為、持続期間はあまり長過ぎない方が良い。期間中は、解除しない限り効果の変更や追加は不可なんだ」
なるほど。ハイスペックな効果で結界を張る場合は消費が激しいが、期間を長くすれば多少の消費量を抑える事が出来るって事だな。
「下準備が終わると、いよいよ結界発動なのだが、これには細心の注意を払わなければならない。予定結界範囲の中心を特定し、精霊達と同時詠唱する。中心が大幅にズレたり、詠唱がズレると成功しない。更に、失敗しても発動時に消費した魔力は戻らない。因みに、村の結界の発動時には魔力200程消費している」
「ウーン、中心特定は【空間把握】の技能で大丈夫だろうけど、同時詠唱かぁ…。先生、良く合わせたな…」
あの無属性精霊の言語の遅さに、あの怠惰魔王が合わせて詠唱している姿を想像したら、思わず吹き出しそうになってしまった。
「詠唱する祝詞は、様々ある様だけど、私が知るのは【偉大なる大精霊エアリエルよ、其の同属の願いを聞き入れ、我が同胞を護りたまへ。精霊結界】だ。要は、どの大精霊の加護をどんな災いから守りたいかを唱えるんだね」
「えっと、大精霊って風のエアリエル以外には俺は知らないんだよね」
「そうか、君の場合は6属性の加護を選べるんだったな。だとすると、火の大精霊ムルキベル。水の大精霊アーパス。風の大精霊エアリエル。土の大精霊ゲーブ。光の大精霊ミフル。闇の大精霊プルートーが上げられるが、どの様な結界効果の概要は分からない」
「その都度、手探りでいくしか無いって事だね」
「ああ。あと、注意点として気をつけて欲しいのが、起点とした精霊達は結界から大きく離れる事が出来なくなるから。結界内は自由だけれどね。離れ過ぎた場合、結界は維持できなくなり消えてしまうんだ」
精霊が自由に動けないとは、使い所を考える必要があるな。
「ものは試しだ。君には精霊も居るわけだし、簡単な物で実践してみたらどうかね?」
ファウンロドは、練習用にと木製の置物を取り出していると、アラヤはポンと手を叩いた。
「そうですね。では、俺自身に結界を張ってみます」
「え?あ、いや…」
『皆んな、加護効果は隠蔽と浮遊で、期間は30分程度。感覚は共有するから言葉を合わせてね?』
『『『分かった』』』
『『『偉大なる風の大精霊エアリエルよ、其の同属の願いを聞き入れ、我が同胞を護りたまへ。精霊結界!』』』
魔力が一気に削られ、アラヤの周りを囲むシルフィー達が一瞬黄緑色に発光した。
「人体に結界って…。そんな発想は無いな…」
ファウンロドは、余りにも無駄で贅沢な結界に笑うしかなかった。
範囲が1人に、精霊6体の精霊結界。その強固たるや、並の結界とは比べ物にならないだろう。
「おおっ、少し浮いてる。隠蔽効果は室内だと薄いみたいだね」
フワリと宙に浮かび、精霊達にクルクルと回される。うん、まだ空中で止まるには練習が必要な様だね。
「ま、まぁ、成功と言えるかな?とにかく、精霊結界としての流れは成功したようだ。後は、魔法陣を用いた定着型結界や、結界を維持している間の、補強や修復の仕方を…」
その後も軽く実践を用いた授業を受けて、アラヤは結界術の基礎は身につける事が出来たのだった。
「あ、帰って来たわ」
アラヤ達が降りて来ると、チャコとアルヴェルにアヤコの言語授業が行われている最中だった。主に発声練習なので、アナウンサーの練習みたく見える。
「楽しそうにしてるね」
元気いっぱいに声を出すチャコと、自分が出す声が聞こえる事が嬉しくて堪らないアルヴェル。
その光景を見て、涙ぐむイシルウェとファウンロド。この調子なら、アルヴェルがちゃんと喋れる様になるのもそう遠くないと思う。
「あの、ファウンロドさん。【暮れの大火の森】って何処にあるんですか?」
サナエが、ファウンロドに小声でコソッと聞いている。イシルウェはチャコに夢中で聞こえてはいない様だ。
「ちょっとサナエさん?」
「だって、デートスポットなんでしょ?私達が行くには問題無い筈よ?」
「確かにそうだね。行くのは構わないけど、村長が居る可能性があるから、くれぐれもこの家にイシルウェが泊まっている事を教えないでくれよ?」
ファウンロドもコソッと道順を教えると、イシルウェに気付かれない様に再びアルヴェルの観察に戻る。
『まさか、私だけ置いて行く気ではありませんよね?』
笑顔で授業をしているアヤコから念話が届く。彼女も、超聴覚でちゃっかり聞いていたのだ。
『でも、授業を中断して行く訳にはいかないし…』
『アラヤ様、アヤコ様、ここは私達にお任せを!』
ハウン達がアヤコの横に立つと、ムシハ連邦国の地図を取り出した。
「さぁ、ここからは、イシルウェさんと私達で、この村の外にある世界についての授業を始めます」
「えっ?私もかい?」
「ええ。この村出身のイシルウェさん視点も取り入れた解説にしましょう。チャコさんにも分かり易いように」
「パパ、頑張って~」
「良し、やろう!」
ハウン達はイシルウェを巻き込んだ授業を始めた。これなら、外の世界を知らないファウンロド達にも興味があるだろう。
「確かにこれなら、少しの間は抜け出せるね。だけど、留守中も不安だから念の為に結界を張っておこう」
アラヤは、習い立ての結界術をこの家全体に掛ける事にした。火・水・土・光の4大精霊による4重精霊結界を、物理・魔法障壁、侵入・盗聴阻害効果で発動する。見事成功した様で、ファウンロドが少しオドオドして周りを見回している。
『皆んな、宜しくね?』
『シルフィーとエキドナだけついて行くんだから、留守番組は後で魔力玉を貰わなきゃな?』
サラマンドラの意見に、土精霊達もウンウンと頷く。分かったよと約束して、アラヤ達夫婦はファウンロド宅から抜け出すのだった。




