180話 平和的な治療
アラヤは、ディニエルの耳を確認する。髪をかき上げると、エルフ特有の長耳が変形して小さく折り曲がっている。
「ちょっとだけ我慢してね?」
「あうう?」
アラヤは、彼女のパクッとその耳を甘噛みする。
「ちょっ⁉︎」
「大丈夫だよ、ほら?」
慌ててファウンロドが確認するが、噛んだ耳の部分だけが、正常のエルフ耳に直されていた。
「ちょっと技能の【生命変換】で作り直したんだよ。代償に彼女の生命力を少し使ったけど…って、ちょっと皆んな目が怖いんだけど⁉︎」
アヤコ達がジト目でこちらを睨んでいる。あれ?俺、何か悪い事したかな?
「ま、まぁ、とにかく、後はアヤコさんから超聴覚と言語理解、後は初めは上手く喋れないだろうから、念話も付けてもらうといい」
「それはできません。先ず、彼女とは主従関係がありませんし、私達が初対面の方にそこまでする必要がありますか?」
アヤコは乗り気では無い様で、ディニエルとファウンロドを見た後、アラヤの手を両手で掴んだ。
「アラヤ君、慈善事業はダメです。技能を与えるのは、世間的には奇跡に近い行為なんですよ?何の見返りも無しに、約束しないでください」
「そうよ、にいや。あんな羨ま…じゃなくて、体組織を作り替えるなんて事、世界中の整形希望の女性達が噛んでくださいって殺到するわよ?」
「カオリさんの視点とは違いますが…、その技能を求める人は多いでしょうね。大体、この村に居る障害者を持つ家族達も、噂を聞いたら来る事は間違いないです。来た人全員を治療するおつもりですか?」
「う、うん…。ちょっと軽率だったかな?」
確かに彼女達が言う事も分かる。しかし、彼女は既に耳の整形は終わっている。後は技能を与えれば治ると思うのだが、誰もタダじゃ納得しないだろうなぁ。
ん?タダ?アヤコさん達、ひょっとして…?
「ち、ちょっと待ってくれ!妹の障害は普通の治療じゃ治らないんだ!今、治療に見合った何か用意するから!頼む!治療を続けてくれ!」
ファウンロドは、縋る様にアラヤの服を掴む。その後ろで、イシルウェも一緒に頼むと頭を下げた。アラヤは振り返ってアヤコ達を見ると、微かに彼女の口角が上がった事に気付いた。
「では、治療に見合った報酬として、結界術をアラヤ君に教えて頂けますか?」
「け、結界術を?」
「はい。別に教わる以外にも、奪う(アラヤの弱肉強食)や複写(カオリの愛欲見返)する方法を用いれば早いのですが、後の問題がいろいろと多いので。平和的に進めるなら、教わるが報酬としては妥当なんです」
「結界術を覚えるなら、精霊との契約が必要だが…」
「ファウンロド、それは心配ない。彼は6属性の精霊と契約している」
「何だと⁈それは凄いな!」
素直に驚くファウンロドに、イシルウェはウンウン分かるよと、自身も体験した心情を思い出してて頷いた。
「それならば何も問題無い。治療の報酬として、結界術を教える事を約束しよう」
ファウンロドが強く頷くと、アヤコも笑顔で頷いた。この瞬間、取引が成立したので、ファウンロドの商品扱いとなるディニエルとも、主従関係が生まれた。
アヤコは、この関係を待っていたのだ。
アヤコよりディニエルに与えられた技能は、【言語理解・精霊言語・超聴覚・念話・身体強化】である。
彼女の耳の障害により変形した部分は治してある。今ならば、しっかりと音を受ける事ができる筈だ。後は初めて聞こえた音や声を、自分が発する事ができるかどうかだ。
「どう?喋れるかな?」
ディニエルはコクンと頷くと、車椅子から立ち上がりファウンロドと向かい合った。
「お、おにちゃ、あ、ありごとう」
「おおっ⁉︎うん、うん!良かった!」
まだ言葉が不慣れではあるが、言葉の意味を理解しているだけあって、初めてにしては流暢だと思う。
「上手くいったね」
「そうですね。おかげで結界術も習得できますし、良かったですね?」
何かアヤコ達の笑みが怖い。これは、プチ整形希望かな?いや、それだけじゃ無さそう…。
『お客さんだよ~!』
突如、水晶玉が光ると、中から光精霊がちょこんと顔を出してファウンロドを呼ぶ。なるほど、呼び鈴はこうなるんだね。
「ファウンロドさん、治療の事は内密にお願いしますよ?」
「ああ、分かっているよ。さて、誰かな?」
『もしも~し、ファウンロド居る~?』
光精霊が声色を変えて伝える。その声を聞いたイシルウェは後退りした。身振り手振りで、ファウンロドに自分達は居ないと合図する。
「これは村長、どうされました?」
唯一過去を知るファウンロドは、大丈夫だと合図を返す。
『ちょっと結界の強化をお願いしたいのよ~』
「強化ですか?それはどの様な?」
『外出禁止的な効果が良いのだけれど』
一同は青ざめる。イシルウェが村から出ない様にする考えなのか?
「すみません。認識阻害等の侵入妨害なら容易なんですが、侵入禁止ですと風精霊では無理がありますよ?」
『そう…。分かったわ。じゃあ、他の手を考えるわ。あ、そうそう、弟が今帰って来てるのよ』
「えっ!そうなんですか⁉︎」
中々の演技力だな。今知りました感がしっかりと演出されている。声だけで認識するなら、先ず所在は分からないから大丈夫だろう。
『それでね、朝彼に会いに行ったんだけど居なくてね。片っ端から村を探して周ってるの。それでね、貴方の家が最後なのよ?』
あ、これってバレてるやつだ。アラヤは、アヤコ達に目配せする。こうなったら、この家に長居は無用だ。テレポートで逃げるべきかな。
「さぁ、家には来ていませんが?途中で入れ違いになったのでは?」
『ウフフ、まぁいいわ。もしも会ったなら、【暮れの大火の森】で待つと伝えといてくれるかしら?』
「分かりました。そう伝えますね」
すんなりと引き下がるアルディスに、ちょっとした違和感を感じるも、ファウンロドは了承して光精霊を帰らせた。
「ビックリしたな。上がってくるかと思ったぞ?」
「イシルウェ、まだ油断は出来ない。警戒はするべきだよ。『オードリー、望遠眼で確認できるかい?』」
『はい。風精霊を連れて帰って行きますね。とりあえずは大丈夫そうです』
玄関外から下階段を監視していたオードリーが、彼女と風精霊が帰るのを確認した。
「ファウンロド、今日は泊まっていいかな?」
「ああ、もちろん構わないさ。だけどどうするんだ?【暮れの大火の森】で待つって言っていたが、行くのか?」
少しだけ、イシルウェに迷いが見えたが、結局首を横に振る。
「いや、行かない。君とはまだ会っていないという事にすれば良い。そもそも、そんな恋人が会うスポットに行ったら、無理矢理に既成事実を作られてしまうだろう」
デートスポットだったのか。名前的に何か、良からぬいわく付きの場所かと思ったよ。
「あの、我々も泊まっても?」
「もちろん、構わないよ。あ、ベッドが足りないので床になるけど、それで良ければ」
「はい、寝具は一通り自前があるので、それで大丈夫です。それよりも、対策の為に結界術の習得を急ぎたいですね」
そう言った後に、アラヤの腹がグゥーと鳴った。気がつけば、もう昼前だったんだね。
「分かった、だがその前に昼食にしよう。腹が減っていたら、覚えも悪いだろうからね?」
少し恥ずかしいが、鳴るものは仕方ないよね。
アラヤには少し足りない量の昼食だったが、賑やかなファウンロドと笑顔のディニエルを見ていると、空腹も少し満たされた気がしたよ。




