102話 ソーリンの挙式
侍女達が掃除をしている王宮の通路を、すまないと平謝りしながら小走りで走る1人の衛士がいた。
彼は一室の前で止まると、扉を軽くノックする。
「リッセンでございます」
「入って良い」
中から可愛らしい声が聞こえて、扉がゆっくりと開かれた。
中では、大きなソファに腰掛けて紅茶を楽しんでいるミネルバ王女が居た。その脇には専属侍女のマーレットが、焼菓子を出す準備をしている。
「どうした?今日は非番であっただろうに。そんなに休まず働きたいの?」
「ミネルバ様の為なら、それはもう…って、そうではなくてですね。先程、冒険者ギルドの知り合いに聞いたのですが、今朝、ミネルバ様宛の封書が届いて王宮に届けたと。私は伺ってませんよ?」
「おい、リッセン。お前にはミネルバ様に届いた物まで知らせなきゃならないのか?」
同僚のエドガーが、呆れたという表情でリッセンの肩を掴んで部屋から出そうとするが、リッセンはその手を振り払う。
「王女様の護衛としたら当然の事だろう?」
「エドガー、もうよい。こ奴には何を言っても無駄よ」
王女は溜め息をついた後に、一枚の手紙をリッセンの前に置いた。
「読んでも良いわよ?」
「ミネルバ様、流石にそこまでさせてはなりません!」
「では有り難く」
エドガーが止めるよりも早く、リッセンは手紙を拾い上げる。
「送り元は、バルグ商会のアラヤ=グラコよ」
『拝啓 ミネルバ=レニナオ王女様
陽が沈むのが早くなり、少し肌寒い季節になりましたが、いかがお過ごしでしょうか?
座談会に招かれましてから、早くも一月が過ぎてしまいまたが、貴女様との楽しい会談がつい先日の様に思われます。
近頃、貴女様より戴きましたものの、置き場所がようやく決まった次第です。そのものの貴重さ故に、人目を避けた場所に保管しようかとも考えましたが、手元に持ち歩くのが一番だと気付いたのです。
おかげ様で、より楽しい日々を過ごしております。
些細な近況報告ではございましたが、貴女様の記憶の端に、覚えていただけたら幸いです。
それではまた、楽しい土産話を御用意できたら、文を書かせていただきたいと思います。 敬具
アラヤ=グラコ』
「ふむ、ただの近況報告ですね。他には何も無かったのですか?」
「ええ、それだけよ。満足したかしら?」
リッセンはしばらく考えた後、頭を下げて手紙を返した。
「はい、出過ぎたマネをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「ならば、貴方は休暇に戻りなさい」
リッセンは反省を述べた後、素直に部屋から出て行った。
「全く、リッセンは困った奴ですね」
「まぁ仕方がないでしょう。流石に同封してあったハンカチーフは、見せるわけにはいかなかったですけどね」
一見するとただのハンカチーフだが、質感の肌触りが通常の糸では無いと分かる品だった。此処に鑑定士がいたら、魔力粘糸によるハンカチーフだと分かったかもしれない。
このような贈り物を、リッセンなら没収しかねない。
「しかし、カオリも息災の様で何よりだわ。彼が側に置くというのなら、いずれまた会えるかもしれないわね」
ミネルバ王女は、ハンカチーフに刺繍されているメガネと本の絵柄を撫でて微笑んでいた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
デピッケルのバルグ邸の一室。そこはかつて、ソーリンの成人式があった場所だ。
そこにアラヤ達の他に、ヤブネカ村からメリダ村長とナーベ、モドコ店長が来ていた。
もちろん彼女達が呼ばれたのには訳がある。
「今日は、皆様お集まり頂きありがとう。これで晴れて私も、デピッケルの商工会会長の任に付けるというもの」
ガルムさんが葡萄酒の入ったグラスを片手に、演説が始まった。ヴェストリ商会が不祥事により、商工会会長から退任した。その後任を、副会長だったバルグ商会が引き継いだのだった。
「ガルムさん、話が長いよ。主役達が待ちくたびれてしまう」
メリダ村長が、これからの方針を語り出していたガルムさんの話を中断させる。
「おお、そうだね。では御登場願おうか!」
ガルムさんの合図でメイド達が扉を開けると、ソーリンとナーシャさんが、正装姿で現れた。そう、今日は2人の結婚式なのである。しかし、披露宴を後日行う予定で、今回の挙式の来場者は近しい者達だけに留めている。
「ナーシャ、うん、私に似て綺麗だわ」
ナーベさんが潤んだ涙を拭いながら、ナーシャに向かって手を振っている。彼女が着ているウェディングドレスはシルクで作ったあのドレスである。ナーベさんが持って来てくれたのだ。
ソーリンは成人してまだ10歳とはいえ、ドワーフの生涯は短いから、結婚するには充分な年齢だ。
デピッケルに来てからの、彼女のアピールは、経験が少ない彼にとってとても胸が高鳴ったらしい。故に結婚の決断も早かった。
「にいやも、早く決断して欲しいんだけど…」
後ろから、カオリさんの不満が聞こえてきたけど、アラヤは聞こえない振りをする。
「さてと、そろそろ始めますか」
メリダさんは、羽織っていた上着を脱ぎ、白のローブと赤のストール姿になる。アラヤ達の時に着ていた司祭の服装である。
「デピッケルには、フレイア大罪教の支所があるのではなかったかね?村長が出ずとも、司祭を呼べば良かったのでは?」
モドコ店長が不思議そうにしているけど、それはソーリンとガルムさんが気を使ってくれたからだ。
「ソーリン君が、ナーシャさんをヤブネカ村から連れて来たので、せめて村と同じ様に、司祭となった村長に誓いを立てたかったらしいですよ」
本当は、アラヤやカオリの存在が、教団にバレることを防ぐためなのだ。特に今は、ゴウダが魔王でなくなった原因を教団側が調べていて、バルグ商会も監視されている状況なのだ。
最も、アラヤ達はマークされていないようだけど。見た目が子供だからだろうか?ゴウダも何故か黙秘を続けているらしいし。
「…それではここに、紅月神フレイアに2人の結婚の誓約は果たされた。ソーリン=バルグ、誓いの証になる物を伴侶となるべきナーシャに捧げよ」
メリダさんが、装飾された木箱を取り出す。ソーリンが、メリダさんに依頼した指輪が入っているらしい。
木箱を開けると、赤く光るルビーの指輪が見えた。ソーリンが、ナーシャの薬指へとゆっくりと嵌める。
この世界では薬指に結婚指輪を嵌める習慣は無いのだけど、ソーリンはアラヤ達に習い、同じ様にしたいと考えたのだ。ナーシャさんも大賛成なのは当然だ。彼女も、アヤコさん達が指輪を嵌めるのを見ていたからね。
「私達の時を思い出すね」
サナエさんが、優しい笑顔でそっと手を握ってくると、アヤコさんも反対の手を握ってくる。
「ご主人様、カオリ様と私にも、いつかはこのような瞬間が来るのでしょうか?」
クララは、今日はメイド服ではなくナーシャさんの正装を借りて着ている。改めて見ると、彼女もとても素敵な女性である。
「2人とも、おめでとう‼︎」
ナーシャとソーリンが祝福される中、メリダさんがアラヤ達の下にやって来た。
「さて、アラヤ。決心はついたのかい?」
「そうですね。お願いします」
アヤコさんとサナエさんが、サッとアラヤから離れる。
「カオリさん、クララ。コッチに来て?」
「「えっ⁈」」
2人は突然の事に、おずおずと前に出る。メリダさんも3人の前に立つと、スッと手を上げた。周りにいたモドコ店長達も注目する。
アラヤは2人に向き直り、深呼吸した後でゆっくりと告げる。
「ごめん、2人共、もっとちゃんとしたタイミングで言うべきだと思うんだけど、この場を借りて言わせてもらうよ。…カオリさん、クララ、この俺と結婚して下さい!」
「えっ⁈本当に?」
「ご主人様⁈よろしいんですか⁈」
「ああ。今の俺には、2人も無くてはならない存在だよ。返事を聞いても良いかい?」
「も、もちろん、オーケーよ。断る理由が無いわ」
「ご主人様、一生この身を捧げます」
プロポーズが上手くいき、モドコ店長やナーベさん達も拍手喝采する。
「貴方達は簡略化して悪いけど、今日のメインはあの子達だから我慢してね?」
メリダさんは3人を並ばせると、再び聖書を開いた。
「今から、紅月神フレイアに3人の結婚の誓約を執り行う。新郎、アラヤ=クラト、新婦、カオリ=イッシキ、新婦、クララ。3名は、病める時も健やかなる時も、愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「「「はい、誓います」」」
「誓いの証となる物が無い場合は、キスを誓いとして皆に見せなさい」
2人はアラヤの両頬にキスをする。再び沸き起こる拍手喝采。アヤコさん達も、今回の事は先に相談していた。2人は、カオリさんとクララを潔く受け入れてくれた。それもあって、アラヤは遂に決心したのだった。
こうして、アラヤは新しい家族が増えたのだ。
指輪は、近いうちに準備する事にしよう。母さん、これからの俺達をどうか見守っててね。
アラヤは4人の嫁に囲まれて、人生で一番の笑顔を見せたのだった。




