8.西田君と岬君
次の日。
学はがらんどうの教室に立っていた。
まだ誰も来ていない。体操服を取り出して着替える。
学が着替え終わった頃、教室の扉から二人の男子がやって来た。
「おいっすー、お前がC組の市原?」
学の中で、男子の名前と顔は既に一致していた。
入学式に声をかけて来たこの軽率そうな男子がB組の西田隆聖。少し色の抜けた髪に派手な顔立ち。女子に人気で、誰にでも何の臆面もなく軽妙に話す。
もうひとり、眼鏡をかけているのがA組の岬亮司だ。岬は西田より線が細く背が高い。常に微笑んでいるので、柔和な印象を周囲に与えた。
女子の体育は選択科目ごとに分かれて行うそうだが、男子達は問答無用でゴルフのみを選択させられた。少数派の男子には、科目の選択肢は与えられないようだった。
学がとりあえずの愛想笑いを浮かべると、
「おーい、君ぃ」
西田はそう言って学の脇腹に人差し指をねじ込んだ。
「入学式でよくも無視しやがったな?」
学はどきりとし、すくんでしまう。すかさず岬が助け舟を出した。
「分かります。西田君、とっつきにくいタイプだから」
「えー、俺が?そう?」
会話の印象から、西田は思ったよりもおっとりした性格をしていて、一見大人しそうな岬の方がシャープな物言いをする、と学は思った。
「ええと、西田君と岬君、だっけ」
「うん」
「二人とも仲良いんだね」
学の言葉に、二人は顔を見合わせる。先に吹き出したのは岬の方だった。
「あはは別に仲良くないですよ!さっきそこで声かけられただけです」
さらりと言ってのけるので学は呆気に取られた。
「お、お前何言ってんの?そこはイエスでいいだろうが」
「僕、嘘をつくのは嫌いなんです」
やはり仲が良さそうに見えた。
「そういやさ、お前ら昨日の弁当の時間、何してた?」
話題を変えようと意識した西田の言葉だが、学は何となく黙ってしまった。岬はというと
「教室で、ひとりで食べましたよ」
と答えた。
「うわ、まじで?」
「だって野郎単独で女子の集団に話しかけるとか無理じゃないですか」
「あ、そう。市は?」
勝手にあだ名で呼ばれたが、
「同じく……」
気にせず学は簡単に答えた。
「お前もかあ、俺、お前らが羨ましいぞ!」
「?」
昨日女子に囲まれてまんざらでもなさそうだった西田がこんなことを言い出したので、学は驚いた。
「俺さ、急に女子に囲まれて中庭で一緒に食べようって言われてさあ!断れない性格じゃん、行かざるを得なかったわけよ。本当は別のクラスに行って男子諸君と食べたかったんだけどさあ」
学は自分の想像と全く違う状況に西田がいたことをようやく知った。好き好んで女子といるわけではなかったのだ。
「だからさあ、今日はみんなで飯食わねえ?よっしゃ、言えた!」
西田は誘いながらガッツポーズした。しかし、
「あ、僕は遠慮します」
すぐに岬が断った。ホワイ?と西田がふざけて問う。が、目は笑っていない。
「僕、食べながら本を読むのが好きなんです」
あ、そう……と言って西田は学に振り向く。
「お前は、一緒に食べてくれるよな?」
学は勢いに押されて何も言えない。それをどう解釈したのか、西田は
「オッケー!」
と言って学の両肩をがしっと掴んだ。
「じゃ、今日の昼は教室まで誘いに行くから。よろしく!」