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第6章.そこにある光

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71.星を集めて

 冬の夕暮れ。すっかり暗くなったホール脇で、生徒らは末続の車にベルケースを積んだ。


「では、今日という今日は、夕方からお別れ会を開きますので、六時半までに中華街駅に集合してね」


 小宮が言い、一年生達はしらじらしくはーいと返事をする。生暖かい視線の先には学とレイラがいる。


「詳しく話聞かせてもらうから!」

「私達のおかげなんだから、せめてちゃんと話してよね」


 学とレイラは曖昧に頷く。


「じゃ、一旦解散!」


 恋バナにありつけると聞いて、飢えた高校生達は意気揚々と解散した。


 車を出す直前、エンジンのかかった状態で末続は学とレイラに声をかける。


「あなた達の発表、とても良かったわ。レイラ、部長お疲れ様。市原君、来学期もよろしくね!」


 ウィンドウが閉められ、車は出発する。吹きすさぶ風の中、学とレイラがその場に残された。


「ねぇ」


 レイラが学の袖をつまむ。


「ちょっと時間あるから、あっち行かない?」


 レイラの視線の先に、山下公園が見える。


「何もないですよ、あそこ」

「いいから、いいから」


 公園はまだまだ人が多く、催し物の帰り道などで人通りが激しい。二人で何をするでもなく、黙って暗い海を眺める。海は潮風にたぷたぷとさざめき、どんどん風が冷たくなって来る。そろそろどこか屋内へ……と学が口にしようとした時、


「最初、部員は二人だけだったのよね」


とレイラがこちらに顔を向けた。はい、と学は笑顔で応える。


「二人でやった曲、覚えてる?」

「覚えてますよ」

「どうなることかと思ったけど、案外上手く行ったよね」

「先輩、演奏後によく頑張ったわねって言ってくれたんです」

「私が?そんなこと言ったっけ?」


 レイラは覚えていないらしい。でも、学の方は今でも鮮明に思い出せる。


「俺、あの言葉がなければきっと部活辞めてました」


 二人は照れ臭そうに笑い合った。あの日、今の二人がこんな風になり、部員が急増するなど誰が予想出来ただろう。


「……私もきっと、辞めてた」


 レイラの言葉に、学は耳を疑った。


「このままひとりなら辞めようって思ってたんだ。満足行く演奏をしたいなら、ひとりじゃ無理だから……でもそんな時にあなたが入って、辞められなくなっちゃった」

「でも藤咲さんは俺を」

「ええ、追い出そうって思ったわ。もう自暴自棄で。……でも不思議なことが起こったの。二人での初演奏があんなに上手く行くとは思いもしなかった」

「きっとチームワークが良かったからですよ」


 学は自信あり気に言い切った。が、レイラは首を横に振る。


「いえ、多分あの時は……あなたが頑張ったからよ。だから私もつられて練習したってことなんだと思う」


 学と少し見解に相違があるようだった。


 けれども今はその違いすら、思い出すのが楽しい。


「ねえ、ベルって不思議ね。打つ分には何のテクニックもいらないけど、自分ひとりで演奏するようには作られていなくて、人数と連携あるのみ。誰かが欠けたらもうおしまい。完全な足し算の楽器よね」


 学はひとりでベル演奏をしていた彼女を思い出した。


「今思えば、そういう部分に惹かれたのかも知れないです。俺、本当に、中学時代はひとりぼっちだったから」


 レイラはくすりと笑う。


「ひとりか……私も春はそうだったな」


 日が落ちた冬の空に、星が出始めている。暗闇から浮き出るように、星はその数を徐々に増して行く。


「ひとりぼっちのリンガーが、リンガーズになって、今やクワイヤになったの。全部、あなたが連れて来たわ。皆、あなたを見て入って来てくれた」


 そう言うと、レイラは人目もはばからず学の腕にしがみついた。学はどうしようかと戸惑いながらも、素直に嬉しくなる。が、


「ね、ちょっとキスしようよ」


ここまで言われるとさすがにうろたえた。


「ここ、外ですよ?出来ません」

「そう?じゃあ人目につかないところに行こうよ。それだったらいいでしょ?」

「だから、それも外でしょ」

「フランスではみんなしてるわよ」

「ここは日本です」

「いいじゃん!こっちこっち」

「あー、もう……」


 学はレイラに強引に腕を引かれ、暗がりを求めて入り込んで行った。


「暗いところなんて、ありませんよ」


 学の声が遠ざかる。


「どこだって明るいですよ。暗いところなんか、見付かりません」


ここで第6章終了です。次回からエピローグ〜完結となります。

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