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第6章.そこにある光

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69.あなたが気付かせてくれた

 晴れた冬空の下、ハンドベル部員達は末続の車にベルを搬入していた。世界こどもフォーラムで演奏する時間は午後三時。部員達は高校に一時に集合し、電車で移動する。


 学は電車内でも原稿に目を落としている。撮影までされるとなると間違えられない、と体全体が固くなっていた。岬と西田が両脇に立ち、原稿を覗き込んで来る。


「はぁーなるほど。うまくまとまってるじゃん」


 学は素早くピーコートのポケットに原稿をしまい、心の中で暗唱する。そんな中、西田が


「で、藤咲さんとはどうなったのか早く話聞かせろよ」


と囁く。暗唱は途切れた。


「い、今?」

「協力してやったじゃん当たり前だろ」

「あれ、協力って言う?藤咲さん滅茶苦茶怒ってたんだけど」

「ほうほう、それで?」


 西田があまりに押すので岬が吹き出している。隠すことでもないので、学は簡単に言った。


「付き合うことになったよ」


 西田は満足そうな顔をした。


「やっぱり?何か市の顔からして、そんな気がしてたんだよ」

「顔?」


 学は自らの顔をさする。西田と岬は笑った。


「ああいうのって、自分じゃ気付かないものなんだな」

「顔、変わりましたよ。雰囲気というか……もちろん、良い方に」


 自分ではよく分からなかったが、二人が口を揃えてそう言うのだからそうなのだろう。


「その割に藤咲さん、市に話しかけに来ないよな?俺、まだ無視されてるのかと思ったぐらいだもん」

「ああ、それは……藤咲さんと二人で話し合って、やっぱり藤咲さんがまた噂になったら負担だろうから、校内では極力お互いを避けることにしたんだ」

「それ、お前から言い出したの?」

「うん」

「お前、ほんといい奴だな……」


 西田は呆れたように笑った。


 レイラはそれを聞いているのかいないのか、こちらから少し離れた席に座って、必死に原稿を黙読している。それを眺めながら、学はレイラと一週間前にした、原稿の話し合いを思い出していた。



「ハンドベルが神の道具である、という石室先生の哲学は、半分当たっていると思うの。演奏の最中、大多数の誰かを讃美してるような気がするから」


 冬の冷たい雨の日に、学とレイラは喫茶店にいた。町を展望出来る駅ビルの高層階。あの日彼女を突き放した場所で、二人は並んでいる。


「皆で奏でている時、皆を讃美していたの。仲間には音を合わせてくれて、お客さんには聴いてくれて、ありがとうって。最近、気付いた。部長の癖に」


 レイラはメモ帳にペンを走らせながら、くつくつと笑う。学も同じことを考えていたので嬉しくなる。


「複数の人の音が合うのって、誰かのために合わせているからですよね」


 遠い目で呟く学を、レイラの緑の瞳が親しげに覗き込んだ。雨音に紛れ、レイラの手が学の手を探して触れる。


「それを、私に気付かせてくれたの、市原君が。そうでしょう?」



 思い出しながら、背中をじりじりと焼くような多幸感が押し寄せて来る。学は我に返って、レイラを横目に見た。座席に座っていたレイラもこちらを見ていたらしく、にっこり微笑んで来る。気付くと、一年女子達も一様に薄笑いを浮かべて学を見つめていた。学は慌てて仏頂面をする。


 休日のみなとみらいは人でごった返していた。潮風が人並みをもろともせず無遠慮に吹き付けて来る。コーチの車を待ち、 ベルの黒革のケースを降ろす。部員で手分けして持って、パシフィコ横浜の搬入口から入って行った。


 会場に入り、開場前にベルを並べておく。コーチは音響担当と話しながら、マイクの位置を決めている。部員達はそこまでやって、再び舞台袖に引っ込んだ。


 開会と同時に、小学生の集団が歌い出す。その後は様々な分野の専門家がやって来て、教育に関する専門的な話を始めた。


 レイラと明日菜は緊張の面持ちで出番を待つ。


「最後の大仕事だね」


 明日菜が呟いた。


「実質これが、最後の課外活動になるわけね」


 レイラも頷いて、天井を見上げた。


(最後……)


 学は少し寂しくなった。また春が来て入学式が終われば、レイラや明日菜とはもう演奏が出来なくなる。学の頭は浮かれていて、大事な事実がすっかり抜け落ちていたらしい。


「みんな、準備はいい?はい、笑顔」


 末続がパンと手を叩き、集まった皆はぎこちなく笑う。それを見て末続は言う。


「笑顔も演奏なのよ。演じて奏でるの」


 部員達は互いに顔を見合わせて笑った。オッケー!と末続は笑う。


「市原君にレイラ、原稿は頭に入ってるわね?」


 二人は頷いた。学がガチガチに緊張していることに気付いたのか、レイラの手が暗がりでそうっと彼の手に触れた。学の体がほんの少し緩まる。


「間もなく出番です」


 部員は整列して、袖から舞台へ出て行った。

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