61.クリスマス礼拝
夜、考え出すと眠れなくなる。
彼女に事情を話して欲しいと請うたのは自分だ。なのにいざ語られ、相談されても、混乱したのみで会話を打ち切った。あの日突き放してから、まともな会話もしていない。
(俺って、何がしたいんだっけ?)
眠れない。
けれども朝は来る。
日が差してきた。部屋のカレンダー付き時計は十二月二十四日朝六時を知らせる。
今日は午後二時までに教会へ集合、午後四時まで練習、午後五時から礼拝。
レイラの顔が浮かぶ。
(今日、藤咲さんは新横浜で……)
遅い朝食を頬張りながら、学は急に動悸が激しくなる。
(俺、何がしたいんだっけ)
寝不足の体を引きずって教会に着くと、もうベルは並べられていた。今日、末続はいない。山下は牧師の部屋で控えている。今日は指揮はなく、生徒の力のみで本番に臨む。
「ねえ、西田君はこの後デートなの?」
噂好きの一年女子がきゃあきゃあ騒いでいる。西田はしかめ面だった。
「会わないことにした」
急に場が冷える。女子らは顔を見合わせた。
「どうして?」
「君らに言っても分かんねーよ」
ぷいと西田は顔を背けてしまった。取り付く島もない。
そこに、二年の二人が入って来た。ひとしきり挨拶し合ってから、
「藤咲さんは、今日イブの予定とかあるんですか?」
興味がそちらに移る。レイラは困ったように笑うと
「ちょっと、ね……」
女子は皆「いいなー」と声を上げた。学はそのレイラの言い方、振る舞いにいちいち胸を刺された。その時、学の肩が叩かれた。
振り返ると岬が微笑んでいる。
「どうしました?怖い顔して」
どきりとした。岬は続けて言う。
「最近市原君、ベルのテンポが大分早くなってますよ。気付いてますか?今日は指揮者不在ですから、調和を心がけて下さいね」
「……ごめん」
学は素直に謝った。最近は自分のことばかりで、全く周りが見えていなかった。
「好きなら、もっと大切にしないと」
ええ?と学は聞き返した。
「……何ですか?ベルの話ですよ」
呆れ顔で言う岬に、学は赤くなった。
「西田君、このあとどっか食べに行きませんか?」
岬は今度は西田に声をかけている。西田は急に晴れやかな顔になり、何のかんのと話に花を咲かせている。岬の方が周りが見えている。学は恥ずかしくなった。
練習時間はあっという間に終わる。いざ開場すると、教会にどっと人が流れ込んで来た。その中にはなんと末続がいる。部員はざわついた。スーツ姿の男性をひとり伴っている。
「あ、みんなお疲れ様!」
ぽかんとする部員達に構わず続ける。
「紹介するね。彼、私の婚約者なの」
男性は初めましてと頭を下げる。部員らも恐る恐るお辞儀をした。
「私の教え子よ。皆、とーってもいい子なの!」
彼にしなだれかかって大変ご機嫌な末続に、生徒らは苦笑いするしかなかった。
次々教会の席は埋まった。その内訳はほとんどカップルばかりで、部員には白けムードが漂っていた。
開演前に、生徒らは教会裏手に下がった。牧師がやって来て、彼らに言った。
「いやあ、こんなに教会に人が来るのは、一年でこの日だけだよ!」
痛快な物言いに、こわばっていたクワイヤの顔もほころんだ。後ろの方で山下も、ほら笑顔笑顔と言い立てている。
牧師が中に入って行き、続いて部員達も中に入り、ベルの前に並んだ。讃美歌の伴奏が流れ、全員で合わせて歌う。ほとんどの人がその讃美歌を知らず、歌声はスカスカだった。更に牧師の話が始まると、寝てしまうカップルが続出した。
(これ……本当に演奏聞いて貰えるのかな)
生徒らは一様に不安になる。
お祈りが行われ、次にハンドベルの演奏がある。緊張して部員らが待っていると、ふと教会の扉が小さく開いた。部員らはそちらに気を取られる。
学ははっとした。
扉から滑り込んで来たのは、安だった。




