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第4章.文化祭

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56.私のこと、好き?

 学は車椅子から降りると、保健室のベッドでゆっくりと横になった。その隣に椅子を引き、レイラが腰かける。


 学は深呼吸して両腕を胸元で合わせた。天井を見上げ、呼吸を確かめるように、何度も胸を上下させる。


 レイラはその様子を黙って見つめている。


「……お昼食べに行って下さい」


 学は気を遣った。が、彼女は首を横に振る。眠ってしまえばきっと離れるだろう。そう思い、学は目を閉じた。


 ……と、自らの組んだ手に何かが触れる。


 レイラの手だ。


 驚いて目覚める。彼女の手は学の左手をそっと握っている。


 何事かと思う。学が視線を移すと、レイラが思い詰めた様子でじっと学を見つめていた。


「市原君」


 囁くような、か細い声だった。


「私のこと、好き?」


 心臓が止まるかと思った。


 学は何も言えず、ただぽかんとレイラを見つめる。


 レイラは固まる学を見、両目から大粒の涙をこぼした。学の手を握っているので拭おうともしない。学はその泣き顔を見てなぜか物凄く不安になった。


 学の中にはある確信が芽生えていた。これは告白させようとする誘導尋問などではない。


 彼女なりの安い罪滅ぼしだ。


 何か隠している。その後ろめたさから、安直なゴールに向かって走っているのではないだろうか。好き、嫌い、どちらの返答によっても、彼女の気が済む、というだけのような気がする。しかも今、学は怪我人だ。明らかにお互い対等な立ち位置にはいない。


「今はその質問に答えたくありません」


 学がきっぱりと言い、レイラは顔を上げた。


「先輩、変ですよ」


 レイラはそう言われ、目を点にしている。


「私、変?」


 学は彼女を力なく見据えながら、答える気力をなくして行く。


「変です。見ていられない。辛いです。悪いけど、もう寝かせてくれませんか」


 そう細切れに述べると、学はすうっと眠ってしまった。


 レイラが呆けていると保健室に明日菜が入って来た。


「レイラ!市原君の様子はどう?」


 レイラは涙を拭っている。


「寝てるんだね。ね、皆でお昼食べようよ」


 明日菜が手招きし、レイラは保健室を出た。


 学は安らかな寝息を立てている。



 その頃。


 安は施設に戻り、ヒロの乗った車椅子を押していた。施設側の人間だと言うだけで、あっさりと解放されたのは意外だった。私立の学校というものは、とにかく問題を表面化させたくないらしい。その大企業のような消極性に助けられた形だったが、安の表情はまるで晴れなかった。


「ねーキヨ、ハンドベル見たいよ」


 安は無視した。


「ねーね、ハンドベルハンドベル」


 安の脳裏に、学を探しにやって来た少女の顔が浮かぶ。外国人のような顔立ちの、美しい背の高い少女。二人はハンドベル部だと言う。その少女をハンドベルの入ったケースで殴り付けようとした自分。とっさに彼女をかばった学……


 けっ、と安は毒づく。


「ハンドベルハンドベル」


「うるせーよ!」


 安はヒロの乗った車椅子を蹴った。異変に気付いた施設の職員が駆け出し、安を覗き込む。


「弟さん、どうなさったの!?」


 どうもこうもない、と安はうめく。更にヒロの胸ぐらを掴んで高く持ち上げ、揺さぶり出す。安の怪力を見せ付けられ、職員は青ざめた。


「ふざけんじゃねーよ、お前のせいで俺はどんだけ苦労したと思ってるんだ!自由に言いたいこと言いやがって、気楽にハンドベルなんかやってんじゃねーぞ!二度と見せねえよお前なんかに!」


 すると、ヒロは爪で安の顔を引っ掻いて反撃に出た。きーきー言いながら怖じけず、何度も引っ掻いて来る。安は慌てた。


「キヨなんか嫌いだ!」


 安の手から力が抜ける。


「あっち行け!キヨなんか大っ嫌い!」


 ぐらりと足がもつれた気がする。安が手をゆっくり下ろすと、ヒロはゆっくり車椅子に戻った。


「……そうか」


 気付けば安は職員に取り囲まれていた。誰もが恐怖に引きつり、次の挙動の行方如何では攻撃も辞さないという構えで、肩を怒らせ安を注視している。それを悟った瞬間、安の脳裏に学の声がよみがえった。


ーー安君、かわいそう


「そんな目で見るなよ」


 安は職員に訴えかけた。


ここで第4章終了です。明日から第5章に突入します。

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