47.小宮、正面突破
「あの!」
成り行きを見守っていた学が割り込んだ。
「なあに、市原君」
「その、今藤咲さんが行くのは得策じゃないと思うんです」
レイラは不貞腐れたように頬を膨らませた。
「何ですって」
「火に油だと思うんです」
西田が加勢する。
「そりゃそうだ。嫌いな奴の頼みなんて誰も聞きたかないよな」
レイラは肩を怒らせたままゆっくり席に腰を下ろす。空気を読んで黙っていた小宮が口を切った。
「私、行きますよ」
ん?と全員の頭上にハテナが浮かぶ。
「っていうか、えーと、一年生全員で」
全員の頭上にイクスクライメーションマークが飛び出す。
「きっとみんなで押せば言うことを聞いてくれると思います。人数が多ければ多いほど、成功の確率は高まると思うんです」
甘い考えだ、と封じ込めてしまうのは簡単だった。が、それより良い方法があるかと言われると、ないように思われた。レイラは頭を掻きながらひとつ息をつくと、
「……お願いして、いいのかしら」
「もちろんです」
小宮は胸を張る。学は小宮の横顔をしげしげと眺めた。
次の日の登校時間。
職員室に石室がいるという連絡を受け、一年生全員が職員室前に集合した。ホームルーム前の職員室周辺は生徒と教師でごった返している。
「で、小宮さん。これからどうするの?」
周囲を見回し、不安げに岬が問う。
「ディズニーの曲と、サウンドオブミュージックの曲を礼拝堂でやらせて下さいお願いします!って言います」
その返答に、小宮以外全員が頭を抱えた。そんな安直な言葉で石室の了承を取り付けられるのだろうか。
職員室内は騒然としている。八人で中に入ると、職員室の狭さが尚のこと感じられた。石室女史を探すと、いつもの席に座って何やら採点作業を行っていた。八人は恐々石室を取り囲んだ。
「あのっ、石室先生!」
一番に声を出したのは小宮だった。石室はゆっくりと振り返り、ハッと生徒達を見上げた。小宮は更に声を張り上げた。
「ディズニーの曲と、サウンドオブミュージックの曲を礼拝堂でやらせて下さいお願いします!」
そしてさっと頭を下げ、礼をする。つられて学達も体を折るように頭を下げた。
「ちょっと、どういうつもり?」
石室は明らかに慌てている。周囲の教師や生徒らも、異変を嗅ぎ取ってこちらを覗いている。尚も小宮は繰り返した。
「ディズニーの曲と、サウンドオブミュージックの曲を礼拝堂でやらせて下さいお願いします!本当に、お願いです!」
小宮以外はずっと頭を下げ続けている異様な光景に、職員室内はざわざわと騒めき始めた。一部生徒が「えー、出来ないの?」と疑問を呈している。
小宮と石室が無言で睨み合う状況になってしまう。学は焦った。
(やっぱり駄目なんだ)
諦めそうになった時、ふと石室の隣の席の、オケ部顧問の笹塚が声を掛けた。
「あれ、小宮達じゃないの」
小宮と荒井達が笹塚を見る。笹塚は石室と小宮を見比べながら、
「この子達さあ、オケ部辞めてまでベル部に入った子達なんだよ。好きな曲やらせてあげて欲しいなぁ」
と笑顔で言う。石室は真っ赤になった。小宮は口を真一文字に結び、冷や汗をかきながら二人の教師を注視した。
「駄目なものは駄目です」
石室がそう突っぱねると、
「いいじゃない、減るもんじゃないでしょう、牧師先生」
向こう側の席の教師、学と小宮の担任である関谷からも声が飛ぶ。石室は居心地悪そうに腕を組んだ。
「だって去年はディズニーメドレーとかやってたじゃないですか。何で今年は駄目なの?」
「讃美歌よりは客受けいいじゃないですか」
「讃美歌は寝ちゃうよね。聴く人に合わせて選曲しなきゃ、先生、誰も礼拝堂なんか来てくれないよ」
「ハンドベル見て入る生徒も多いわけだから、信仰心も大事だけど宣伝効果も考えた方が」
「ただでさえ少子化なんだからね、生徒入って来なきゃ学校自体がお終いですよ」
関谷と笹塚が次々と畳み掛ける。思わぬ援軍の登場に、学と小宮は顔を見合わせた。
石室は苦しそうに青ざめると、周囲の視線に気付いて狸寝入りのように目をつぶった。そして再び目を開けると、
「しょうがないわねぇ……」
と折れる。小宮は飛び上がった。
「やったー!石室先生、ありがとうございます!」
小宮は石室の手を無理矢理に取ると、ぶんぶんと振った。石室はどこか恨めしそうに小宮を見上げ、フンと鼻を鳴らした。
職員室から出た一年生らはようやくホッとして互いの顔を見交わした。疲れたのか、言い出しっぺの小宮はこと切れたように荒井にしなだれかかる。
「や、やったな」
お辞儀で血が上った紅ら顔で西田が呟く。
「小宮さん、一応勝算があったんですね。職員室の席順に活路があったってことですよね?」
そう言って岬が小宮を覗き込むと、小宮は首を横に振った。
「ないです。席順なんて知らなかったし、運が良かっただけです。でも……」
小宮は学に向かってこう言った。
「意地悪に勝つには人数が必要だと思ったの。あとは、藤咲さんに味方がこれだけいるよって、石室先生にも藤咲さんにも伝えたかっただけ」
学は目を見開いて小宮を見つめる。小宮は分かっている、という風に微笑んだ。
「じゃ、二年生に連絡よろしくね!市原君」




