48.裏切り
喜び勇んでメールしてみたものの、レイラから特に返信はない。
今日は部活動のある日ではない。学は今日の内に小宮のことを伝えようと思い、昼休みに二年生のフロアへ向かった。レイラのクラスを覗いたが、彼女の姿が見当たらない。
「藤咲さんは今日登校してますか?」
通りがかった二年生に問うと、登校しているという答えが返って来た。
「いつもは教室でお弁当食べてるけど、今日はどこへ行ったんだろうね」
学にも心当たりがなく、とぼとぼと自身の教室へ帰ることにした。ふと二階の窓から中学の校舎を見ると、裏手の奥まった場所に見知った人影があった。
レイラがいる。スマートフォンを手に壁に向かい、何やら通話をしているようだった。
学は勇んで階段を駆け下り、中学校舎へ向かう。建物の影に隠れ、レイラは尚もスマートフォンを離さない。学が肩を叩こうとしたその時、少し緊迫した声でレイラは言った。
「お願いだから、もう連絡して来ないで」
学は驚いて足を止めた。レイラは忙しく手を動かし、スマートフォンを制服スカートのポケットにしまう。そしてくるりと振り返り、壁にもたれて額を手の甲で押さえた。その苦悶の表情に、学もすぐには声をかけられなくなる。少し間があって、レイラは顔を上げた。
「!市原君」
学はごくりと唾を呑んだ。レイラは顔面蒼白になっている。
「あの、朝のことをお知らせしたくて」
学が小さくそう言うと、レイラはびくりと体を震わせた。様子がおかしいと思ったその時、レイラはへたりと地面に崩れ落ちてしまった。学は大慌てでレイラの腕を取る。
「大丈夫ですか」
「ごめん、市原君」
レイラは学に引っ張り上げられ、何とか立ち上がった。
「ちょっと、今日は気分が悪くて……」
よく見ると、目も充血しているようだった。
「藤咲さん、保健室へ行きますか?」
レイラは少し考えて頷くと、すがるように学を見上げる。急を要するかも知れない。学はレイラの脇に付いて、保健室へ連れ立って行った。
保健室に着くなり、レイラはふらふらとベッドに横になった。保健教諭は席を外していて、いないようだった。レイラは掛布団にくるまってからもぞもぞと動き、スマートフォンを枕元に置く。それきり彼女は動かなくなった。
「先輩、今日はこれで」
学は病人に気を遣わせるのも良くないと思い、早々に立ち去ろうとする。すると
「待って」
くぐもった声がして、布団からひょこりとレイラが顔を出した。
「保健室の先生が来るまで、いて欲しいの」
「でも俺、まだ弁当」
「お願い」
うるうると涙を溜めた視線で目を射抜かれた時点で、学にはもう去る選択肢などなかった。丸椅子を引き壁にもたれると、学はレイラの寝顔を横目で眺めた。
すぐに寝息が聞こえて来る。レイラのそばかすだらけだがつやつやしている頬に、学は目を奪われている。と、彼女のスマートフォンの画面が急に光った。
メッセージが届いている。
学は何の気なしにそのウィンドウディスプレイに目を移した。送信主のメールアドレスが瞬いている。学ははっと息を呑んだ。
「goto-××××-……」
アドレスの文字列がある。後東?とすぐに置き換えられ、学の頭は真っ白になった。
〝急に何なんだよ。もういい、そっち行くわ。別れるなんて許さない〟
同時にメッセージが見える。学の心臓は彼の体ごと揺らしにかかり、体中の血液が煮えくり返る。
(どういうことだ?後東、別れる……)
別れてはいなかったのか。合宿中には、去年の秋に別れたと言っていたはずだ。
嘘をつかれていた。
二人はずっとあれからも繋がっていたのだろうか。
学は小宮の笑顔を思い出した。あんなに頑張って、奪われそうになった曲目を奪い返した。
(その最中、藤咲さんはこんな……)
学はそっと立ち上がった。
罵倒の言葉すら浮かばない。保健室を出るとひどく悲しくなって来て、学はとぼとぼと廊下を歩き出した。
(何も、感じない)
学は心の中で念じた。
(何も、感じなくなればいい)
念じれば念じるほど、頭の中はそればかりになって行く。学は自分の馬鹿さ加減を呪った。




