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第3章.夏合宿

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39.嫌われたくない……

 一方その頃。


 レイラはロッジの外壁にもたれている。はあとため息をついて、鼻をすする。涙がどんどん溢れて来る。自身の感情の変化に戸惑うように、彼女は次々溢れ出る涙を何度も拭った。


 その時、明らかに自分のものではない、鼻をすする音がした。驚いてその方向を見ると、ひとりの女子がしゃがんで声を殺して泣いている。自分に向いていた感情はどこへやら、完全に気がそちらへ移ってしまった。レイラはそっと彼女に近付いた。


 びくりとして相手は顔を上げる。レイラはその顔に見覚えがあった。


 昼食の席を同じくした、小宮だった。


「……どうしたの?」


 平静を装い、声をかける。小宮は唇を震わせた。


「下手なんです、私」


 ひっくと小宮はしゃっくりをした。


「皆の足を引っ張るな、迷惑だって言われました」


 言いながら、彼女は何故か笑っている。


「みんな上手くって……私、あそこにいたら迷惑みたい」


 レイラは何度も繰り返される言葉に打ちのめされた。


ーーメイワク。


 レイラは時計を見た。休憩時間はあと二十分ある。


「ねえ、ちょっとコンビニ行かない?何か買ってあげるわ。気分変えよう」


 小宮はハイと素直に答え、レイラに同行した。


 レイラはコンビニまでの道すがら、振り上げた拳を下げられなかった自分に苛立っていた。


(いじめられている原因を話せだなんて……)


 苛立ちや不満を自分の中で抱え込み、隠してしまおうとするから解放されない。彼女の悪い癖だった。かといって打ち明けるのは、もっと無理な話だと思う。


(嫌われてしまう……)


 ふと心に浮かんだ言葉に、レイラは戸惑った。


(……誰に?)


「えーと、ベル部の部長さん?」


 はっとしてレイラは小宮を見た。気が付けば二人はコンビニに入っていた。小宮がペットボトルのジュースを手にしている。


「それに決めたのね?」


 小宮はなぜか恥ずかしそうに頷いた。落ち込んでいる小宮にそれを買ってあげようと、レイラはレジに並ぶ。会計を済ませると、


「これ飲んで、元気出して」


 自分に言い聞かせるようにレイラは言った。


 レイラ自身も色々と買って、外へ出ようとした。あれ、と小宮が呟く。


 外は雨が降り出していた。



 ……嫌われたな、と学は思った。

 いいや、好かれていたわけでもないだろうと思い直す。思考がぐるぐると回る。


 西田と岬は唯一事情を知っていると思われる明日菜を注視している。彼女は黙秘を貫いていた。


 追いかけたはずの末続が戻って来た。たまりかねて西田が言う。


「もー、一体どうなってるんですか。俺ら付いて行けないっすよ」


「心配いらないわ。頭を冷やして来るつもりなのよ……多分」


と末続はなだめる。


「藤咲先輩の受けていたいじめと部員減と、何か関係があるんですか」


 岬の率直な疑問に末続はたじろいだ。


「皆落ち着いて」


「藤咲さんが言う気ないなら、今ロッジにいる二年に聞いて回ってもいいんだけどなー」


と西田が言う。


「それだけはやめてあげて……お願い」

「藤咲さんの頑ななところを治して行かないと、部としてまとまることは出来ないと思うんですが」


 学が低い声で呟く。


 末続は畳みかけられて、はあーっとため息をついた。そして斜め下に視線を落とすと


「君達はそう言うけどね……あの子、君達がいるからあそこまで自分をさらけ出せているの」


 男子らは何を言われているのか良く分からない。末続は言い足した。


「レイラはあなた達に甘えているのよ。すっごく不器用な形で……これでも去年より格段に進歩したわ。この春までは気安く声もかけられないほど張りつめていて、本当に可哀想だった……」


 声を詰まらせ、末続は涙ぐんだ。明日菜が顔を上げることはない。


「そう、市原君が来てから、随分変わったのよあの子は……」


 西田と岬は驚きを持って学を振り返る。


「俺が?」


 学はいよいよわけが分からない。


 雨がロッジに降り込んでくる。岬は開け放っていた窓を慌てて閉めに行った。


「雨ですね」


 岬が呟く。末続は学に向き直った。


「レイラに傘を持って行ってあげなきゃね!」


 随分と台詞じみている。部員はそろりと学に視線を向けた。ええ?と学は声を上げる。


「レイラ、実は甘えん坊だから誰かに迎えに来て欲しいって思っているハズよ!」

「嫌です」


 学は意地を張った。


「コーチが車で迎えに行けばいいでしょ」

「何よう」


 末続はいじけた。


「レイラがまた四月のレイラに戻ってもいいって言うの?一番四月のレイラを相手して、困ってたのは市原君じゃない!」


 学はむっとした。原因はこちらにはなかったのにあのような対応をされていたことに、今更怒りが込み上げて来る。


「いいです。困るのは先輩でしょ」


 鶴の間はしんと静まり返る。ぽつりと西田がひとりごちた。


「意地張っちゃって……」


 岬が頷く。


「僕も考えたんですけど、コーチの言う通り、今が藤咲さんを変えられるチャンスじゃないですか?」


 学が要領を得ないでいると、明日菜が立ち上がってにじり寄って来た。


「お願い。多分今、レイラが一番信頼しているのは、君なの。彼女が一番無理を言ったのも君だし、彼女に一番無理を言ったのも君だわ。この関係、今崩れて欲しくないの」


 全員の期待が注がれている。全員に押されると、さすがの学も断り切れない。押し出されるように、学は傘と共にロッジを追われた。


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